第18話

レベッカが侯爵家で体を癒していたその頃、王宮でもまた新しい動きが起こっていた。

窓越しに外の景色を見つめながら、何か考え事をしている様子の皇帝グローリア。

そんな彼の背中越しに、クラインが静かな口調で、それでいてどこか感情を押し殺したような様子で言葉を発した。


「…グローリア様、私はもうこれ以上我慢はで」

「焦ってはならん、クライン」

「で、ですが…」


グローリアは冷静な口調でクラインの気をたしなめる。

…が、そんなグローリア自身もまた心の中に焦燥感を感じずにはいられない様子。

しかしそれでも、ここで感情的になることの愚かさを彼は心得ている。

彼は今一度深く深呼吸をした後、クラインに向き合い言葉を返した。


「…本当だったら今頃私は、セシリアとお前と、さらにお前たち二人の子どもたちに囲まれて、幸せで満ち足りた生活を送っていたことだろう。…しかし、私はお前たち二人の未来を守ってやることができなかった…。そのことでお前は私を恨んでいるかもしれないが、だからこそ今は」

「そ、それは違います!!」


クラインは大きな声でグローリアの言葉を遮ると、その心の中に抱く本心をグローリアに向けて言語化した。


「決してグローリア様のせいなどではございません…。グローリア様からセシリア様を託された私が、未熟でしかなかったためにこうなってしまったのです…。謝らなければならないのは、私の方なのです…。光り輝いていたはずのお二人の未来を、私は…」

「もうよせ、クライン。悪いのはお前ではないのだ、そのように自分を責めるものではない」


グローリアはクラインの方をポンポンとたたき、体を少し震わせるクラインの心を気遣う。

二人の思いはともに共通しており、過去にセシリアの事を守れなかったことをずっと悔やみ続けている。

…互いに表情を少し暗くし、言葉に詰まっていたその時、一人の使用人がグローリアの元を訪れた。


「失礼しますグローリア様。進展がございましたので、ご報告に」

「来たか、聞かせてくれ」


その到着を待ちわびていたかのように、グローリアとクラインは使用人の元へ駆け寄った。


「該当地区でセシリア様に関する聞き込みを行ってきたのですが、怪しい家が一か所見つかりました」

「詳しく教えよ」

「はい。セシリア様の幼き頃のイラストを見せて、この人物を知らないかと該当地区の人々に聞いて回ってきました。すると、ほとんどの家から同じ答えが返されたのです」

「同じ答え??」

「…セシリア様のイラストを見せた時、決まって『それはレベッカではないか?』と聞き返され続けました」

「…レベッカ、だと…?」


期待する名前とは違う答えが返されたという事実に、グローリアはややいぶかしげな表情を浮かべる。

しかしその一方で、クラインの方はどこか納得したような表情を浮かべていた。


「(レベッカ…。そうか、彼女はあの時の約束を今もなお……)」

「ともかく、続けてくれ。怪しい一軒とはなんだ?」

「はい。その者たちは『それはレベッカではないか?』と聞き返すとともに、そのレベッカなる人物が住んでいる場所を教えてくれました。それを聞いた私はすぐさま、その家にも聞き込みに行ってまいりました」

「それで、結果は??」

「家の者は出てきましたが、『わからない』の一点張りでした。…ただ、おかしいですよね?」

「…確かに怪しいな。多くの者からそこに住んでいるという話があるのに、当人は『分からない』という答えを出してきたわけか…」

「ほかにもいろいろと…。その家の近くでレベッカなる女の子の姿が目撃されていたり、しかもその姿がどこか使用人のような振る舞いに見えたたという話も…。家の者たちはその子の事を”娘”だと説明していたようですが」

「……」

「……」


…自分たちにとって最愛の存在であるセシリアの事を、自分たちの娘であると言い張る…。グローリアとクラインはともに、怒りの感情を抱かずにはいられない…。


「さらに聞くとことによると、その”レベッカ”という女の子、そのあたり一帯ではそれなりに有名人だったらしいです。…なんでも、わがままで自己中心的で身勝手、一緒に暮らす家族に迷惑をかけてばかりいて、それはそれはろくな人物ではなかった、と…」


レベッカに対するそれらのイメージは、すべてあの3人によって作り上げられていったものだ。

それに反抗することなどレベッカには許されていなかったため、彼女は3人の望むとおりに行動するほかなく、その結果このようなレベッカへのイメージが完全として作り上げられてしまった。

…しかし、頭の鋭いグローリアとクラインは、そこに不自然さを感じずにはいられない様子。


「…グローリア様、これだけそろっていればもう十分でございましょう?一刻も早くその家に乗り込み、セシリアを救い出さなければなりません。…彼女は今も、あの家の一角に閉じ込められているのかもしれません…。だとしたらもう時間が…」


そう、例の家に関していえば3人の目撃情報は挙げられているものの、それ以外の者が”出入りした”という調査結果はなかった。それはつまり、あの家にもう一人の人物がもしもいるのなら、外に出ることを禁止されて閉じ込められている可能性が高いという事だ。

グローリアもクラインと同じく、その可能性を懸念している。


「よし、その家に我が近衛兵を乗り込ませろ。…ただし、絶対に失敗は許されない。突入するからには、必ずセシリアを救い出さなければ意味がない。もしも何も奴らに我々の調査をかわされてしまったなら、今度こそセシリアを救い出すチャンスは永遠に失われるかもしれないのだ。心してかかれ」

「はっ!!」


グローリアの命を受け、勇ましい様子で言葉を返した二人。

絶対にセシリアを守り抜くと誓ったクラインは、これまで生きてきた中で一番といってもいいほど気合を込めていた。

そしてその心の中で、彼はこうつぶやいたのだった。



「レベッカ…。もうすぐ君の名を、セシリアにもどしてあげるから…」

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