第12話

――マイアの記憶――


私は今、人生で一番胸を高ぶらせているかもしれない…。

何度も何度も自分を落ち着かせようと深呼吸をするけれど、全く意味をなさない。

鏡に向き合って顔と髪形を整えて、そのまま部屋の中をうろうろとして、そしてまた鏡の前に向き合って自分とにらめっこをして、その繰り返し…。


「(クライン様……。これから二人でお会いできると考えただけで、もう心臓ごと吐き出してしまいそうになります……)」


そう、私は一目会った時からクライン様に心を奪われていた。

年齢はまだまだ若いのに、近衛兵としてグローリア様にお仕えし、立派にその仕事をこなされている彼。

凛々しく美しいたたずまいでありながら、どこか哀しさや儚さを感じさせるその表情。

直接話をすることができたのはこれまでに数えるほどだけだけれど、私の心の中ではそれらの時間は、永遠にも感じられるくらい心地のよいものだった。


「(…そういえば、今日お父様とお母様はお姉様を連れて、絵画展に行くと言っていたわね…。私はクライン様との距離を縮められるかどうかの大勝負に臨むっていうのに、気楽でいいわほんと…)」


まぁ、私の服をお姉様に着させて、後からそのことを追求していじめるって遊びは楽しそうだからいいけれど♪


「(…もぅ!何度チェックしてもなんだか髪型がこれじゃない気がする…!)」


これだという髪型が定まらず、何度も何度もくしを通しては前髪と格闘を繰り広げる。

大好きな彼に、可愛らしくない私は一瞬も見せたくない。

それが勝負のかかる二人きりのデートであるなら当然。


ちなみに、どうして私がクライン様と二人でデートを行えることになったかというと、理由は単純。

彼は生活する上でのルーティーンかなにかなのか、毎週決まった曜日の決まった時間になると、教会前の広場にその姿を現す。

…何かを救うように、何かを捧げるかのように祈りをささげる彼の姿は絵画のように美しく、その姿を見るたびに私の心は彼でいっぱいになっていく…。

そんなある日の事、私は勇気を出して彼に話しかけてみることにした。

…というのも私の住む家から教会までは遠く、お父様の力を借りないと来られないから、彼との距離を縮められるチャンスは限られていた。

そして、勇気を振り絞って彼と話をした何度目かのときの事、私は運命を感じた。

その時彼が、今日私の家の近くを通りかかるのだと教えてくれた。

向こうが来てくれるというのに、私が会わないはずがない。

私はその場で彼と約束を取り付けた。

2人きりで一緒にデートをしましょう、と。

彼は少し驚いた表情を浮かべながらも、構いませんよと返事をしてくれた。

…これはもう、絶対に脈ありでしょう…!!


「(デートの誘いを受けてくれたのだから、クライン様が私の事を気になっているのはもう疑いようのない事実…!だからこそ、私は完璧に立ち回らないといけない…!可愛らしい私を前面に出すことができたなら、絶対に彼の心を掴むことはできるのだから…!)」


少しずつ自信が湧いてきたからか、心臓の鼓動は少し落ち着いてきてくれている。

…あのままの状態が続いていたら本当に死んでしまったかもしれないから、自分でも一安心…。


「(ふぅ…。メイクも終わったし、そろそろ出発しようかしら…)」


その時ふと、絵画展に向かった3人の姿が脳裏によみがえった。

私たちがお姉様を虐げているのではないかという、根も葉もない噂。

迷惑極まりない話だけれど、そんな噂が広まってしまったら私たちをみる目は日に日に悪くなっていってしまう。

それを阻止するための、今回の絵画展への参加。

お父様とお母様にはしっかり演技をしてもらって、私たちにかけられた誤解をしっかり解いてもらわないとね。

…仮にもそんな噂がクライン様の耳に入ってしまったりしたら、私の恋は音を立てて壊滅してしまうのだから。


「(お姉様には、まだまだ頑張っていただかないと…♪)」


そう、私は最終的にお姉様をだしにしてクライン様と結ばれようと計画している。

私がお姉様にいじめられていることにして、泣きながら私がクライン様に泣きついたらどうなるか…。

近衛兵になるほど正義感の強い彼なら、きっと私の味方をしてくれるんじゃないかしら?

そして私たちは距離を縮めて、最終的には…………♪♪♪


「(…私の恋が実るのは、時間の問題なのよ…♪)」

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