第13話

――マイアの記憶――


よし、何度見ても完ぺき…!これであとはクライン様との約束の場所に向かうだけ…!

鏡に映る自分の姿を見て、私は自信を確かなものとした。

待ちに待ったクライン様とのデート、絶対に良い印象を思ってもらわないといけない。

勇ましくて美しい剣士様の隣に立つにふさわしいのは、絶対に私なのだから…!

その未来をつかまないと、この約束を取り付けた意味がないのだから…!


「(…さぁ、気合を入れなさい私…!)」


深く深く深呼吸をし、心の中で覚悟を決めると、私は約束の場所を目指して家を出発したのだった。


――――


クライン様と落ち合う場所として選んだのは、美しい緑の自然が広大に広がる自然公園。

ただ公園とはいっても、実質的にはお父様の管理する場所であり、手入れはすみからすみまで行き届いていて公園と呼ぶにはもったいないくらいの場所だった。

空を見上げれば雲一つない快晴で、気温も心地よくて全く不快さを感じない。

まさにこれから新しい関係を築く私たちにとって、この上なくふさわしい場所だった。


「(はぁ…。気合入りすぎちゃって、かなり予定よりも早く来ちゃったわね…。なにかして時間をつぶそうかしら…?)」


公園には大きな時計台が置かれていて、それが指し示す時間は私たちが落ち合う約束をした時間よりもかなり早い時間だった。


「(…遅れて行くのは絶対に嫌だったからこれでいいのだけれど、いくらなんでも早すぎたかしら…)」


私はそう思いながら、公園の中心にある、この公園を象徴する大きな木を目指して進んだ。

本当にサイズの大きい木だから、遠目でもその存在感を感じられるほど。


「(さて…。クライン様はお仕事の途中に立ち寄ってくださるそうだから、あまり時間はかけられないわね…。短い時間で彼との距離を一気に縮めるには、既成事実を作っちゃうのが一番だけれど……。規律に厳しい近衛兵である彼にそんなことができるかどうか…。いやいや、今日はお話だけしてお互いの事を詳しく知るだけで十分だわ!無理に距離を縮めようとして失敗したら、私の事をはしたない下品な女だと勘違いさせてしまうかもしれないし…)」


あくまで私は、きれいでかわいらしく家族思い、それでいて心の優しい女の子なのだ。

クライン様に勘違いされることだけは絶対に避け……な……?。

…と、その時、私の目の先に一人の人物の姿が映った。

私は自分の目を疑った…。


「(…ク、クライン様…!?)」


予定の時間にはまだまだ早いのに、クライン様はもうすでにその大きな木の下に到着していた。

…なにかの見間違いじゃないかと疑った私は、その人物の姿を遠目によくよく観察してみる。

けれど、見れば見るほどにその人物はクライン様その人だと確信していった。

近衛兵にふさわしい凛々しいたたずまいでありながら、どこか寂し気な雰囲気を醸し出すその表情。

腰に携えた立派な宝剣は、ご自身が栄光ある近衛兵である何よりの証。

私は反射的に歩くスピードを上げ、一目散に彼の元を目指して駆けだし始めた。


「ク、クライン様!!」

「こんにちは、マイアさん」


彼は丁寧な言葉で、それでいて近衛兵らしい真剣な表情でそう言った。


「ご、ごめんなさい、お、お待たせしてしまいましたか…?」

「とんでもない。私が好きで早く来ただけなのです。お気になさらないでください」


彼は再び優しい口調でそう言い、私の心を気遣ってくれた。

そしてそのまま大きな木の方に視線を移し、言葉をつづけた。


「いい場所ですね、ここは。昔を思い出します」

「…昔、ですか?」


そう言葉を発する彼の表情は、どこか切なさや儚さを醸し出していた。

…彼のその表情が大好きな私は、さっそく自身の心臓の鼓動を一段と早くさせられる…。


「草木が芽吹いて、心地よい風が流れていって、大地には美しい花々が花を咲かせていて………まるで……」

「(…まるで?)」

「…いえ、なんでもありません。忘れてください」

「…?」


何かを言いたそうなクライン様だったけれど、結局私には教えてもらえなかった。

…ただその様子から考えるに、彼の言いたかったことを私は自分の中でこう推測した…!


「(…これはもう、私との距離を縮めたくて仕方がないんじゃ…!だからそんな思わせぶりの言葉を連発して、私の気を引こうと必死になっているんじゃ…!)」


考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなってくる。

よくよく思ってみれば、彼は恋愛になんて奥手なはずの近衛兵。

自分から積極的になれない性格であることなんて、誰が見たってわかること。

彼にその気があるのなら、後はもう私の方から寄っていけば簡単に……♪


「そうだクライン様!向こうにおしゃれなベンチがありますから、そこでゆっくりお話ししましょう!」


私はそう言うと、彼の手を引いてベンチの方へと向かって足を進め始める。


「(い、いきなり手を取るのはすっごく恥ずかしいけれど、向こうも私の事が気になっているのなら、全く問題なんてないはず…!)」


…歩きながらそっと、私は彼の方へ視線を移してみる。

私に突然手を取られた彼は相変わらずの無表情で、うれしそうな様子も、困ったような様子も浮かべてはいない。

…けれど、私にはわかる。

その内心ではうれしくて飛び跳ねそうなくらい興奮しているに違いない…!

私はそう確信して、心のドキドキを抑えるのに必死だった…♪

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