第10話
――クラインの記憶――
それは今からもう6年近く前の事だから、はっきりとすべての事を覚えているわけじゃない。
けれど、それだけの時間が経ってもなお、セシリアとの記憶は鮮明に脳裏に焼き付いており、決して忘れることなんてできない大切な記憶だった。
「見て見てクライン!きれいな青空!」
「あぁ、本当にきれいだ…」
…とは言いながらも、僕が見つめているのは青空ではなく、青空を見て目をキラキラと輝かせているセシリアの方だった。
今日のピクニックをとても楽しみにしてくれていたのか、朝に会った時からずっとずっと彼女はこんな調子で表情を明るくしていた。
普段はどちらかというと静かな性格をしているから、今の彼女の姿は一段とギャップを感じられた。
彼女はとても純粋で、可愛らしくて、まっすぐな性格だ。
そんな彼女の事を、僕は…。
「…クライン?大丈夫…?どこか痛いの…?」
そんな風に考え込む僕の様子を見て、セシリアは心配そうな表情を浮かべた。
…僕としたことが、彼女にこんな表情をさせてしまうなんて…。
「ごめんごめん、心地よすぎて眠たくなっちゃってた」
「なぁんだ、クラインもそうだったんだ……♪」
「…?」
「い、いえなんでもないから!!」
小さな手を恥ずかしそうにパタパタと振るわせながら、セシリアはその表情を少し赤くする。
そんな彼女の姿を見て、僕は考えずにはいられなかった。
…今の年齢は僕が9歳で、セシリアが7歳。
もちろん、僕らはまだまだ子どもで、とても結婚なんてできる年齢じゃない。
けど、ずっとずっと彼女と一緒にいたい。
彼女の笑顔を、この世界で一番見られる男になりたい。
日差しの下でこうして外にいるときも、雨の日に家の中にいるときも、彼女の隣にい続けたい。
そして、そしていつの日か……
「おいおい、二人とももうこんなとことまで来ていたのか…。やっぱり子どもは元気だなぁ…」
「あー!グローリアお父様!!遅い!!」
「はっはっは、お前たちが早すぎるんだ(笑)。それに、あまり外でお父様と呼ぶなとあれほど…」
その時僕たちのもとに姿を現したのは、セシリアの父上であるグローリア様。
今は悪い王様を倒すべく毎日を必死に戦われているけれど、今日はこうして僕たちのためにピクニックに連れてきてくれた。
そしてセシリアにお父様と呼ばせることをためらっているのは、グローリア様が危険な戦いの中にいるからこそだ。
もしも自分の娘であることが敵の王に知れたら、それこそ向こうはどんな手を使ってセシリアに危害を加えてくるかわかったものではない。
だから味方の人でさえも、セシリアとグローリア様が親子であることを知る人はあまり多くない。
…良い意味での”隠し子”というところになるだろうか…?
「いやいや、今日もセシリアの相手をしてくれて助かるよクライン」
「いえ、僕は好きでこうしているのですから、感謝は不要でございますよ」
「やれやれ……まだまだ子どもだというのに、相変わらず大人びているなぁ…」
グローリア様は優しい笑みを浮かべ、僕の事をからかうように笑った。
「これじゃあまるでセシリアの近衛……あぁ、そういえばクライン、お前の家系は近衛兵の家系だったな?お前も将来はそのあとを継ぐつもりなのか?」
そう、僕の家は代々、仕える主君を命がけで守護する近衛兵の家系だった。
生まれた時から剣や防具が身近にあって、幼いころから戦闘の技術もそれなりに身に着けてきた。
僕がこれまでそうしてきたのは、確かに将来は近衛兵となって誰かを守る仕事に就きたかったからだ。
…でも今は、それよりももっとやりたいことがある。
「僕は……騎士になりたく思うのです」
「ほう」
騎士は、近衛兵の中でも特に実力に優れる者が名乗ることを許される役職。
主君に仕える近衛兵の中から一人だけが選ばれ、主君の隣に立つ騎士となることができる。
「…私の騎士か?それとも…♪」
グローリア様はそこまで言うと、自身の視線をセシリアの方へと向けた。
いきなりからかわれた僕は自分でもわかるほど顔を赤くしてしまい、先ほどにもましてグローリア様の表情を緩ませる結果となる。
「わっかりやすいなぁ…(笑)」
「か、からかわないでください…」
「はっはっは………しかし、その道は決して簡単なものではないぞ?」
グローリア様の表情はそれまでとは一転し、厳しくシリアスなものとなる。
「我がヘルツ家は現在、非常に危険な戦いのさなかにある。ゆえに近衛兵たちのレベルもぐんぐんと上がっていて、その頂点に立つことは決して楽なことではない」
「はい、心得ております」
「…まだ9歳であるというのにこの覚悟……なかなか大したものよ…」
僕の言葉をどこまで真剣にとらてくれたのかはわからないけれど、グローリア様が僕の思いを否定することは最後までなかった。
…セシリアのためにもっともっと腕を磨かないといけない、と思いを新たにしたその時、いつの間にか僕の隣からいなくなっていたセシリアが何かをもって僕のもとに駆け寄ってきた。
「クライン、これ!」
「??」
セシリアがそう言いながら差し出してきたのは、凛々しく赤色に輝く一輪の花。
見る者にも元気を分け与えてくれるような力強さを感じさせ、それと同時に心地よい香りを放ち、心を癒してくれる。
「どう?かっこいいクラインにぴったりのお花でしょう!」
ニコっと笑いながら、セシリアは僕にその花を差し出してきた。
突然の彼女からの贈り物に僕は硬直してしまったものの、ぎこちなく体を動かしてその花を彼女から受け取った。
「おいおいセシリア、クラインだけか?私の分はないのかい?」
「あ………さ、探してきます!!」
そう言うとセシリアは、また急ぎ足で僕たちの前から離れていった。
そして少し離れた場所で腰を下ろすと、再び地に咲く花たちとにらめっこを始める。
「はっはっは、花を前にすると、セシリアは元気だなぁ」
遠目にセシリアの事を見つめながら、グローリア様は楽しそうにそう言葉をもらした。
そしてそのまま、隣に立つ僕に対し、こう言った。
「…クライン、セシリアの事を頼むぞ」
僕は迷わず、こう返した。
「もちろんです、グローリア様」
――――
そう、僕はあの時、グローリア様からセシリアを頼むと言われたんだ。
なにがあっても、誰を敵にしても、セシリアの事を守り抜くと誓ったんだ…。
だというのに………僕は………
――――
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