第9話

ダッダッダッダッ…

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」


すさまじいほど広大な王宮の中を、一人の男が全力で駆け抜けている。

相当なスピードを出しているというのに、目的地である部屋にはまだ到着しない様子。

それはこの王宮のだだっ広さを物語っていた。


「(こ、これは大変なことが分かった…!い、急ぎグローリア様にお伝えしなければ…!)」


現在全力で走っている彼は王宮にて仕事をする使用人であり、今彼が目指す人物グローリアとはまさに、この王宮を支配する張本人、皇帝グローリア・ヘルツの事である。

なお、なぜ皇帝が王宮にいるかというのは、やや複雑な歴史がかかわっている。

かつてこの国、この場所はある王によって支配されていたが、自分勝手で残忍なその体制を良しとしない者たちの手により、王は追放され、王を破ったグローリアが変わってこの地を治めることとなった。

しかし、この場所はすでに人々の間で”王宮”として名が知れ渡っていたため、わかりやすくするためにその名は改められることなく、そのまま残された。

皇帝となったグローリアはその名に恥じない働きぶりをみせ、人々から大いに慕われ信頼される存在となっていた。


そして全力で皇帝の元を目指す彼もまた、グローリアに魅了されたものの一人であった。

彼はようやく皇帝の待つ部屋の前まで到着し、深呼吸をして荒い呼吸を整える。

そして姿勢を改め、意を決し、皇帝の待つ部屋の扉を叩いたのだった。


――――


「失礼します」


何度かのノックが行われたのち、使用人は部屋の中へと足を踏み入れた。

厳かな雰囲気が支配するこの部屋は、やはり何度訪れてもなれるものではない様子。


「(し、心臓が飛び出そうなほど緊張するけど……これを陛下にお伝えしなければ…!)」


一歩、また一歩とグローリアの控える場所へと向かっていく。

部屋の中には数人の近衛兵が控えており、その存在が部屋の緊張感を一段と増している。

そしてついにグローリアの前まで到着し、意を決して言葉を発した。


「グローリア様、お喜びください!ずっとずっとあなた様が探しておられたものが、ついに……!」


彼はそう言いながら、手に持っていた一枚の紙をグローリアに差し出した。

グローリアは特に何も言わず、黙って差し出された紙を受け取った。

…その様子は、グローリアの方もどこか緊張しているようにも見えた。


「………!!!」


差し出された紙に書かれている内容に目を通したグローリアは、少し目を見開いて紙を持つ手を震わせ、心臓の鼓動を早くさせた。


「……ようやく、ようやく見つけたぞ……」


グローリアがこの場においてはじめて発した声、それはまるで心の底からあふれ出たかのような、長い間探し求めていたものをついに見つけたかのような声だった。


「…うぅ…」

「(…こ、皇帝陛下が……泣いている…?)」


グローリアはその大きな体を震わせながら、その両目を潤わせていた。

…かつて身勝手な王を打ち倒し、その後自らを皇帝としたグローリア。

並大抵の人間ではとてもできないような経験をし、彼は今この場にいる。

それはつまり、彼の心はちょっとやそっとのことでは動じることはないことを意味し、ましてやその瞳を潤わせることなどこれまでめったにないことであった。

そんな彼が今、心を震わせ両目に涙を浮かべている。

彼にとってその情報は、長い長い時間をかけて探し求め続け、そしてついに手にできたものだったのだろう。


「……セシリア、我が最愛の娘…。ずっとずっと君を探していた……」

「…セシ…リア…!?」


グローリアのつぶやいた、”セシリア”という名前。

その名前を耳にして、一人の近衛兵が反応した。


「…セシリア……生きて……」


声を漏らしたのは、まだ15歳ほどに見える若い青年。

しかし立派な剣を腰に携え、勇ましくたたずむその姿は、若さを感じさせないほどのオーラを放っていた。

…そしてそんな彼もまた、グローリアのようにその瞳を涙で潤わせていた。

しかし、それは一瞬だけ。

彼はその表情をすぐさま真剣なまなざしに切り替えると、グローリアに対して言葉を発した。


「グローリア様、直ちにこの私に命令をしてください。セシリア様を連れてここにもどれ、と」


…まるでこれから人でも殺しに行くのではないかとさえ思えるほどのまなざし。

しかしその一方でグローリアは、気を落ち着かせ、心を冷静にして言葉を返した。


「クライン…お前の気持ちはうれしい。しかし、焦ってはならない。ようやくつかんだセシリアにつながる情報。…焦ってここでしくじったら、それこそ、今度こそ永遠にセシリアを見つけ出すことはできなくなる。そんなことは絶対にあってはならない。わかるな?」

「は、はい…陛下」


クライムを落ち着かせたグローリアは、そのまま続けて言葉を発する。


「まずは近衛兵を送り、様子を確認させてこよう。それからでも遅くはないはずだ」

「……」

「…いいな、クライン?」

「は、はい…」


グローリアからかけられた言葉に対して不満を抱いたことなど、これまでに一度もないであろうクライン。

…しかし今日ばかりは、どこかその言葉を不満そうに受け取っていた。


「(…セシリア…)」


皇帝の指示を聞いた近衛兵たちがそそくさと作戦会議を始める一方で、クラインはその脳裏に、彼女とのある思い出をよみがえらせるのだった…。

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