第8話

朝を知らせる日の光が、こんなにも優しくて穏やかなものなんて、私は知らなかった。

私が朝を知る方法と言えば、お父様からの暴力か、お母様からの嫌味な言葉か、あるいはその両方かでしかなかった。

ふかふかのベッドは全身を温めてくれて、まるで私をここから出さないように誘惑しているかのよう。

…そういえば、クオリティの高いベッドは寝る人をダメにするって、ずっとずっと昔に本で読んだことがある。

…あの時はその意味が全く分からなかったけれど、今なら確かに理解できる……この心地よさは確かに、危険すぎるかも……


コンコンコン

「レベッカ、起きてる?」


扉の向こうから聞こえてくる、ラクス侯爵様の声。

まだ知り合って間もないというのに、私の中でその声は誰よりも私の心を引き付けるものになっていた。

…心臓の鼓動が早くなるあまり、上ずった声が出そうになってしまう…。

…彼に恥ずかしい部分を見せたくない私は必死にその場で呼吸を整えて、なんとか心を落ち着かせて返事をした。


「お、起きてますよ!ど、どうぞ!」


…それでも少し声が上ずってしまう…。

へ、変に思われてないかな…。


「はいるよー」


扉が開けられ、部屋の中にラクス様がその姿を現した。

きっちりと整えられた衣装に身を包んでいるけれど、少し髪の毛が跳ねているところを見ると、もしかしたら彼もまだ寝起きなのかもしれない。

そこになんだかかわいらしさを感じ、自分でも顔が緩むのを感じる。


「…どうかした?俺の顔何か変??」


彼は私の反応を見てか、部屋の中に置かれていた鏡を見て自分の姿を確認し始めた。

…そしたらすぐにはねた髪の毛に気づいたようで、少し顔を赤くして必死に手で整え始めた。

それを見て私はさらに頬が緩んでいくのを感じ、さらにはその愛らしさからクスっと声まで漏らしてしまう。


「…////」


私の漏らした声が聞こえたのか、それとも髪の毛の相手をするのをあきらめたのか、ラクス様はどこか恥ずかしそうに私の元まで歩み寄って言葉を発した。


「お、おはよう。昨日はよく眠れた?」

「はい!皆様のおかげで、これまでの人生で一番ぐっすりと眠れたかもしれません!」

「人生で一番だなんて、またまた大げさな(笑)」


ラクス様は優しく笑ってそう言うけれど、私は本気でそう思っているのですよ…?(笑)


「体の方はどう?まだ痛む?」

「全然大丈夫ですよ………っ!」


…そこまで言ったところで、私は頭がふらっとして倒れそうになってしまう…。

せっかくラクス様が私の事を心配してくれているのに、その目の前でまた倒れるなんて絶対にダメ…。

そう思った私は必死に力を振り絞って体制を戻し、なんとか彼にバレない様に頑張ってみたけれど…。


「大丈夫、ではなさそうだね。まだまだ体が弱っているし…」


…自分ではごまかせたつもりだったけれど、ラクス様の目にはお見通しだった様子…。


「ご、ごめんなさい…。でも私は、本当にもう」

「レベッカ」


ついさきほどまでの笑顔から一転、ラクス様の表情はシリアスな雰囲気を強く醸し出していた。


「レベッカ、今君のやるべきことはゆっくりと体を休めて、一日も早く元気になることだ。なのに弱った体を隠して俺に気を遣おうなんて、すこし生意気だぞ?」

「は、はい…ラクス様」


そう言うと彼は、ついさっきまでと同じ笑みを浮かべて私に返事をしてくれた。

その表情を見て、私は一段と自分の心が温かくなるのを感じる…。


「あぁそうそう、これは父上からの差し入れ。気が向いたら食べてくれ」

「レベルク様が??」


ラクス様の手にはバスケットが下げられていて、その中には色とりどりのフルーツが入っていた。

彼が部屋に来てくれた時から、後ろ手に何かを隠しているようには見えたけれど、まさかそれがレベルク様からの差し入れだったなんて。


「やれやれ…。心配してるなら一緒に顔を見せに来ればいいものを…」

「え、ええと……きっとレベルク様はお忙しいのでしょう?」

「違うよ違うよ。だってこの部屋の前でそのフルーツを持ってずっとそわそわしていたんだから。俺を見つけるや否やこれを押し付けて逃げてだしていったところを見ると、内心は君の事が心配で仕方がなかったけど、直接会うのは恥ずかしかったから俺に押し付けて消えていったんだろうさ。まったく、思春期じゃないだから……」


困った父だ、といった雰囲気で頭を抱えるラクス様の姿が、私にはなんだか一段といとおしく思えた。

それと同時に、彼をそんな気にさせるレベルク様に対しても、私の心には同じ気持ちがわいていた。

そして私の気持ちは、そのまま顔に出てしまっていたらしい。


「…なんだレベッカ?にやにやして」

「いえ、なんでもありませんよ♪このフルーツ、喜んで食べさせていただきますね♪」


…いとおしい二人のやり取りを見るだけで、なんだか体の傷がいえていくような気がした。

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