第5話
――レベッカの記憶――
「レベッカ、なんだその姿は。まさかそんな恰好で絵画展に行くつもりか?一緒にいなければならない俺たちのことも考えてほしいな」
「そうよレベッカ。あなたがどう思われようと別にどうでもいいけれど、そんな汚い格好をされたら私たちまで汚く見られてしまうじゃない」
これから絵画展に向け出発しようとしたとき、二人は私に対してそう言った。
…私の服を汚したのは他でもないあなた方だというのにね。
「仕方ないわねぇ…。レベッカ、今日はマイアの服を着ていきなさい。サイズはあまり変わらないし、大丈夫でしょう?」
「マ、マイアの服を…?」
「それはいいアイディアだ。レベッカ、マイアに感謝するんだぞ」
「…」
…今日はマイアだけがこの場にいないことといい、二人の不気味な態度といい、なにか裏にあるのではないかと感じずにはいられない…。
けれど、二人に言われたことを拒否することなんて私には許されていない。
私は二人に言われるがままにマイアの衣装を身にまとって、絵画展に向かうこととなった。
――――
「…分かってるなレベッカ。誰に何を言われようと、言葉を返すんじゃない。もしも余計なことを言ったらどうなるか、分かっているな?」
「はい、お父様…」
お父様は私にそうくぎを刺すと、絵画展の会場へと足を進めていった。
その光景を後ろからにやにやと見つめていたお母様も、そのあとに続いていく。
絵画展には、思ったよりも多くの人が訪れていた。
そしてそのほとんどが、私の予想した通りそれなり以上に権力を持ってそうな人や、同じくそれなり以上にお金を持っていそうな人たちばかりだった。
お父様が言った話は本当で、私の事はあたり一帯で噂になっているらしく、通り過ぎる人やすれ違う人たちがみんな、私にいぶかしげな視線を送ってくる。
中には何か私に対して言葉を発する人もいたけれど、私はお父様に言われた通りにそのすべてを無視して、顔を伏せて言葉を返さないよう努めた…。
…もちろんそんなことをしたら、私に向けられる言葉は…。
「…なんだよ、挨拶を無視かよ…」
「…これだから若い女は…。自分の事を悲劇のヒロインか何かだと思ってるのかねぇ…」
「噂になっていたから気にかけてやったのに、無駄な心配だったな」
高級そうな衣装を身にまとう人たちが、私にそう言葉を吐き捨てていく。
その光景を横から見ていたお父様とお母様は、笑いをこらえるのに必死な様子。
…私のいやな予感は、当たった様子だった…。
その時、一人の男性がお父様に話しかけてきた。
「おやおや、リーゲルではないか。こんな場所で会うとは思ってもいなかったな」
「これはこれはラフィン先生!お世話になっております!」
お父様がラフィン先生と呼ぶその男性、私も名前は聞いたことがある。
私のお父様は土地を管理する仕事をしていて、それゆえに顔が広いらしい。
そしてこの人はその仕事のやり方をお父様に伝授した、お父様にとっては師匠のような存在らしい。
だから言葉遣いも私が知らないほど丁寧で、へりくだっていた。
「あぁ、こっちは妻のセレスティンと、娘のレベッカです」
「セレスティンでございます。先生にはいつも夫がお世話になっております♪」
「はっはっは。お世話になっているのは私の方ですとも。年齢的には私の方が年上だというのに、今や仕事をするうえでは彼に助けられてばかりですからな♪」
「またまたご冗談を♪あぁ、またなにか美味しい話がございましたらいつでもお引き受けいたしますよ?」
「ほう、それは頼もしい限り(笑)」
…大人同士の怪しげな会話が、私の前で繰り広げられていく。
私は本能的に感じていた。
お父様とこの人は、なにか表に出せないような事を秘密裏に行っているのではないか、と…。
「それで、こちらがレベッカお嬢様ですか。あまり体調がすぐれないようにお見受けいたしますが、大丈夫ですかな?」
「……」
なにも言葉を返すなと言われているため、私はその場に黙り込むほかなかった。
それをしめしめといった様子で見つめながら、お父様が言葉を返す。
「先生、ご心配をかけているようで申し訳ございません。…ここだけの話、実はレベッカは偏食がひどくてですね……。私たちがせっかく用意した食事も、嫌いだからと口にしないのですよ。体が細くなって肌つやも悪くなっていくばかりだというのに。いやはや困ったもので……」
「…なるほど、そういうことだったか。これはこれは、私ともあろうものがあらぬ噂話に踊らされてしまったかな?」
「少しは健康的に体を動かせと言っても、全くいうことを聞かずに部屋から一歩も出てこないのですよ…。まったく誰に似たんだか…(笑)」
「それは本人の問題だからなぁ。見守るほかあるまい」
「ええ。そういうわけですので、何もご心配いただく必要はありませんよ♪」
…二人の会話は、ばっちり私の耳にも聞こえていた。
よくもまぁそんな大嘘がつけるものだと感心させられる。
もしも私に偏食なんてものがあったら、到底生きることはできないでしょうね。
私を部屋の中や屋敷の中に閉じ込めているのは、いったい誰でしょうね。
心の中でそう思う私に対し、相手を完全に自分側に取り込むことができたと確信したお父様は、私の方を横目で見つめながらにやりと笑みを浮かべていた。
…やっぱり、それが最初から狙いだったのでしょうね。
「…そういえばその服は、妹のマイアのものでは?以前彼女がそれを着ているとことを見たけれど?」
私に視線を向けたままのラフィン先生は、私の衣装を見ていぶかしげにそう言った。
相変わらず私は言葉を返すことができないから、ただその場で顔を伏せて沈黙するしかない。
…そしてその言葉を受けて、お父様は一段と不気味な笑みを浮かべながら言葉を返した。
「いえね、妹の服だというのにどうしてもそれを着ていくと言ってきかないものですから…。ほんと、わがままな娘で困ってしまいますよ(笑)」
「はっはっは、なるほどそういうことか。本当にわがままな子なのだなぁ(笑)」
最初は私に対して同情的な視線を送ってくれていたラフィン先生だったけれど、お父様の言葉を受けてすっかりそれが真実だと思い込んでいる様子だった。
そしてこの後も同じような光景が繰り返されて行って、私たちに向けられていた疑いの目は、お父様とお母様の周到な根回しによって覆されていき、最後には私が一方的に悪い子なのだという評価に書き換えられていったのだった…。
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