第6話

――レベッカの記憶――


「さて、そろそろ食事にしましょうか♪」


リーゲルお父様とマイアに向け、お母様はそう言葉を発した。

机の上には色とりどりの料理が並べられていて、見る者の食欲を刺激させる。

…とはいっても、それらが私のおなかに入ることはないのだけれど…。


「ナイスタイミングだ。ちょうど腹が減ったところだったからな」

「今日はお母様がお料理をされたのですね!シェフが作ったものもおいしいですけれど、やっぱり私の口にはお母様の手作りのお料理が一番おいしく感じられます!」


食事を前にして、明るく楽しそうな表情を浮かべる二人。

私はそんな二人と視線を合わせないようにして、静かに部屋から去ろうとしていた。

お父様から押し付けられた仕事がまだまだ山のように残っていて、それをこなさないうちに机に向かって腰掛けたりなどしたら、それこそなんと言われることになるかわからない。

…まぁ、仕事が終わっていたからと言っても、お父様の機嫌が余程良い時でもなければ、私がここで食事をとることなんてできないのだけれど…。


そう考えて、波風を立てないように静かにその場を後にしようとした私。

けれどこの日は、お母様から珍しい言葉をかけられた。


「あぁ、今日はレベッカも一緒に食べましょう!たくさん動いたからおなかがすいているでしょう?いっぱい食べるといいわ♪」

「え…?」


かけられたまさかの言葉に、私は驚いてその場に固まってしまう。

そしてお母様の言葉に続き、お父様とマイアもまた私に言葉を発した。


「ほらレベッカ、せっかくセレスティンがそう言っているんだから早く座らないか。それともなにか、セレスティンの手料理に何か毒でも入っているんじゃないかと疑っているのか?」

「い、いえ……」

「私もお姉さまと一緒にお食事したいですわ。私たちは姉妹なのですから、そう思うのは当然でしょう?」

「え、ええ……」


普段からは考えられないような言葉の前に、私はいまだ驚きを隠せない。

私の食事なんて、いつもは死なない程度に最低限のものを与えられるだけで、そのほとんどが3人の残り物。

それが突然、3人ともが私にやさしい口調で言葉をかけてくれている。

…分かっている。

どうせ、裏ではなにか別の事を考えているのだろうと…。

私への愛情なんて、これっぽっちもありはしないのだろうと…

…でも、それでも、もしかしたらこれをきっかけに3人との関係が変わるのではないかと、私は心のどこかで期待した。

今までは正直になれなかっただけで、本当は3人とも私と仲直りをしたかったんじゃないだろうか、と…。

特にお父様は、この中で一番私と過ごした時間の長い、言わば本当の家族…。

今までもらえなかった愛情を、これからはもらえるんじゃないかと、願いを抱かずにはいられなかった…。


――――


この家出4人が同じ机に向かって食事をするなんて、いつ以来なのだろう…?

少なくとも、私が覚えている限りでは記憶にないような気がする…。


「どうしたのレベッカ、食事が進んでいないようだけど?」

「は、はい…」


そんな私の様子を見て、お母様がにっこりとした表情でそう言葉を発した。

…この状況を前にして、もはや何を我慢する必要もない。

そう考えた私は、置かれたスプーンを手に取り、空腹感に背中を押されるがまま目の前に出された豪華な食事を口に運んだ。


「……お、おいしい……」

「そ、それはよかったわ♪」


…できたての温かい料理を口にできるなんて、まるで夢でも見ているようだった。

お料理は本当においしくて、私は我を忘れたかのように次から次へ料理を口に入れていった。

そして、お父様もお母様もマイアも、明るい表情を浮かべながら本当にいい雰囲気で食事を進めていた。

…そんな温かい光景を見て、私は心の中に思わずにはいられなかった。

今度の今度こそ、ずっとずっと思い焦がれていた物を手にすることができたのではないか、と…。

ぬくもりにあふれた家族関係を、ようやく手に入れることができたのだと…。










「あぁそういえば、なにか私のお洋服が勝手に持ち出されていたようなのですけれど、誰か心当たりはありませんか?」


温かみにあふれていた部屋に、マイアが発した一言が突き抜ける。

…私は背中の方がさーっと冷たくなっていくのを感じていた…。


「…俺は何も知らないが……。あぁそういえば、3人で絵画展に行ったとき、レベッカは普段来ていない洋服を着ていたよな?」


高圧的なお父様のその言葉。

…私は心がぞっとするあまり、言葉を返すことができない…。


「それなら私も見たわ。…一体どうやって準備したのかと思っていたけれど、レベッカあなたまさか……」


…さきほどまでおいしく感じられていたスープが、途端に鉄のような味を口の中で醸し出す…。


「ひ、ひどいですわお姉様…!あれは私がクライン様とのデートの時に初めて着ていこうと思っていましたのに、お姉様が着てしまったらもう初めてではないじゃないですか……」


わざとらしく悲観的な言葉を発するマイア。

その姿はもう、いつもの彼女と同じものだった…。


「…やれやれ。俺たちが過去の事を水に流してやろうとした途端にこれか…。レベッカ、お前は本当に俺たちの思いを裏切ることしかしないんだな…」

「私もがっかりだわ…。今日はあなたとの関係を再構築しようと思って、頑張ってお料理をしたというのに…」

「…お父様ぁ、お母様ぁ、私のお洋服が汚されちゃったぁぁ……」


今までに何度も何度も聞いてきたマイアの乾いた泣き声。

それが聞こえてきた後に私はどんな目にあるのか、私はよく知っていた。


「……おいレベッカ、いつまでそこに座ってるつもりだ?」


恐ろしいほど低く高圧的な口調で、お父様がそうつぶやいた。

…言い訳なんて許されない私には、それに逆らえるすべなんてなにもない。


「レベッカ、お前は俺たち家族の思いを裏切ったんだ。とっとと外へ出て一人で反省しろ」


…先ほどまでのぬくもりある食事に心残りを感じながら、私は席を立って部屋を出るほかなかった…。

…最初からわかってはいたことだけれど、やっぱりこうして現実に突き付けられると心が痛む…。

力なく去るほかない私に向け、3人ははこう話をしていた。


「くすくす…。まさかこんな簡単に罠に掛かってくれるなんて、ほんとお姉様の頭の中は空っぽなのですね。お父様、お母様もそう思うでしょう?♪」

「見たでしょうあの反応?今にも泣きだしそうだったわよ。あなたの言葉が相当効いたみたいね~(笑)」

「これだからあいつをいじめるのはやめられないんだよなぁ♪」


――――


お父様に殴られようと、お母様に嫌味を言われようと、私は泣いたことはなかったと思う。

…けれど、この時私の頬にはなにかがしたたり落ちる感覚があった…。

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