第3話

 サンダーバードは名前の割にはそんなに早くなくて、案の定というか、私はスマホに、めぐるは本に視線を落としていた。

 きっとめぐるは私と話したいんだろうけど、叶わないと知って妥協の読書をしているのだと思う。もしくは、単に気まずいのか。その可能性も大いにある。

 めぐるは変なところが強引で、それが怖い。だけど、常識が欠落しているわけではないし、私のことを蔑ろにしているわけでもない。そこには信頼があった。

 けれど、やっぱり恋心には応えられない。

 夕陽さんと目が合った時、私の心臓は跳ねる。めぐるでは跳ねない。

 夕陽さんのことを考える時、幸せでいっぱいになる。めぐるではならない。

 夕陽さんと喋る時、ドキドキする。めぐるではしない。

 これは、「恋心が先か恋をするのが先か」という問題かもしれない。私は一番最初に夕陽さんへの恋心があった。だけど、他の人はもっとフラットにいろんな人を見ていて、その人の良いところを見て恋をするのだ。

 何が言いたいかというと、私の恋は恋心が先行してしまってるから今更変えることはできない。

 だけど。

 伸びをするふりをして、隣の彼女を覗き見る。綺麗に整った横顔で無表情に本を見ている。それが彼女の本来の表情なのかもしれない。

 夕陽さんは、彼女のことが好きなのだ。

 そう思うと、胸がキュッと縮こまってその奥がどうしようもなく熱くなった。今なら、「嫉妬の炎」という表現の意味がわかる。胸の奥で何かをドロドロに溶かしながら火が大きくなっていく。

 メモアプリを起動して、「破りたい」と書いた。

 何に対してなのかは自分でもわからない。でも、「ビリビリに破ってやりたい」という気持ちが胸の中に住んでいる。

 いっそのこと、全てを忘れてしまったら、こんな思いに駆られることもないのかな。

 そんな空想をする。

 だけど、私は全部を知ってしまった。夕陽さんが彼女のことを好きだということ。彼女が私のことを好きだということ。私が夕陽さんのことを好きだということ。

 バミューダ・トライアングルというやつだろう。多分。

 でも、この三角形から抜け出せないのなら、なぜめぐるはこんなにも平静でいられるのだろう。家に招いた時のようなおどおどした感じがどこにもないのはなぜだろう。

 疑問だった。けど、本人に聞かなきゃわからなそうだったので、深く追求するのは辞めた。

 それから、通知をずっと上へ下へスクロールして暇を潰していた。突然、新しいメッセージが来た。

『もうすぐで敦賀』

 思わず横を見ると、いつのまにか栞を差し入れて本を閉じ、スマホを見ているめぐるの姿があった。

「わざわざLINEで言う必要ある?」

「邪魔するんも悪いな思て。難しい顔しとったから……」

「なってるけどね、邪魔に」

 そう言うと、めぐるはしょぼんと肩を落とした。

「まあ、別に暇だったしいいよ」

 めぐるの顔色がパッと明るくなる。目に光が灯って、口がはにかむ。分かりやすかった。

 めぐるはスマホを本の上に置いた。

「暇だったって言うけど、難しそうな顔しとったよ。何考えとったん?」

「ざっくり言うと、めぐるのこと」

 その瞬間、めぐるの目がカッと開いてスマホを置いた後空中にあった腕が固まって、手がプルプル震えて、みるみるうちに顔が赤らんでいった。その様子を見て、「さすがに意地悪だったか」と思い直す。

「えーっと……自分で言うのも変だけど、めぐるは私のことが好きなんでしょ? ならなんで平然としてるんだろうって。今、平然としてないけど」

 意図が伝わるように言い直すと、めぐるは少しだけ平静を取り戻した。まだ頬は赤かったけど、とりあえず腕は元の鞘に戻っている。端正な横顔が「ふーっ」と息を吐き出して、こっちを見た。

「それは……簡単やろ?」

「何が?」

 そう聞き返すと、めぐるはまた「はーっ」と息を吐き出して、肩を落として、こっちを見た。

「諦めたんよ。栞に振り向いてもらうのは」

「えっ」

 突然メロディが鳴った。長々と挨拶が入った。

「まもなく、敦賀です」

「出よか」

 スマホと本をバッグに入れて、スッとめぐるは立ち上がった。私はしばらく呆然としていた。ずいぶん遠くに行っためぐるがこっちこっちと手招きして、私はようやく歩き出し、敦賀駅のホームに降りた。

「お腹、空いたね」

 めぐるがお腹をさする。

「そう……だね」

 困惑しながら答える。

「街で食べるほどの時間はないけど、駅の中に何かあるやろし、そこで食べよ」

 めぐるが歩き出す。

「あ、うん」

 曖昧な相槌を打って、その背中について行く。

 「消え入りそうな背中」とか、そんな表現がある。その背中は頼もしくて、消え入りそうな気はしない。

 だけど、消え入るんだ。この背中は。

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