第2話
「えっとな、こっからサンダーバードで敦賀行って一泊して敦賀駅からはハピラインふくいってやつで金沢まで行く。最近北陸新幹線が敦賀駅まで通ったみたいでそれで行こか思ってたんやけど、予約の取り方がよくわからんかった。ごめん」
旅程を話しながら、ごく自然に彼女は私を先導した。あの時家で受けた子犬か何かみたいな様子は一切なくて、リーダーのようですらあった。一体、何が彼女は変えたのだろう。そんな疑問が頭に浮かぶ。
「こっちこっち」
彼女は6と書かれた車両を指差した。
「……ここに入れば良いの?」
そう聞くと、彼女は少し嬉しそうにして「うん!」と頷いた。彼女は……もうめぐるでいいや。めぐるは大人びた見た目の割にこういう子供っぽいアクションをする。それは、私の前だからなのかもしれない。
そんなめぐるを背に、六号車に乗り込む。左右にずらりと席が並んでいる。そこで気付いた。
「私、席どこかわかんない」
「座席番号、乗車券に書いてるで」
「あ、ほんとだ……」
10のB。
「もしかして、あんまり旅行行かん? 新幹線とかも同じやった気ぃするけど」
めぐるは特にバカにするわけでもなく、自慢するわけでもなく、純粋に好奇心から聞いているようだったから、答えることにした。
「私、出たことない。京都から」
「そうなんや、ちょっと意外」
「あ……。でも来年の修学旅行で東京行くから、それまでかな」
「東京……。東京なぁ……。私、行けるんかな」
「ま、ええか。座ろ」とめぐるは私を追い越し、席の方へ歩いていった。
東京。夕陽さんの育った街。憧れの街。すごく遠い街。だけど、めぐるにしてみればごく近所にある街なのだろう。行って得られる興奮も、感動も、とうの昔に味わい尽くしているのだろう。
どうしても、その不公平に納得がいかない。怒りが湧く。
「渡した乗車券はBやけどABで買ってるから窓側が良かったらそっちでもええよ」
重そうな荷物を下ろしながら、めぐるがそう聞いてきた。
「じゃあ、窓側」
理由は、外を見ていればめぐるとあまり会話せずにすみそうだったから。
窓側の席に座る。荷物はスクールバッグ一つだけなので、膝に置いた。
それにしても、金沢か。ここから何時間かかるんだろう。どこかで親に「友達と金沢行ってくる」とLINEしなきゃ行けないと思うと胃が痛い。
窓に付いている遮光カーテンみたいなやつを上に上げると、光が差し込んだ。そして、ふと思った。なぜ私は金沢に行こうとしてるんだ? なぜ私はこの場で夕陽さんのことを問いたださずに大人しく席に座っているんだ?
「まぶしっ」
めぐるがそう溢した。そんなめぐるが学校にいる時よりも家に行った時よりも自然体に見えたのがきっと理由の一つだと思う。今のめぐるに敵意があるとは思えない。ある意味、私はめぐるを信頼しているのかもしれない。惚れた弱み、というやつは私もよく知っている。だから、金沢まで行けば問題はちゃんと解決すると思っている。
もう一つ理由がある。私の心の中には、旅行が楽しみだという気持ちがあるようなのだ。こんな状況なのに、窓の外を見て少しウキウキしている。
窓の外には京都の街。
やがてアナウンスがあって、電車は京都を置いてけぼりにした。
隣でガサゴソと音がする。目を向けると、めぐるが大きなバッグの外側のポケットから紙を取り出した。「えーっと」と言いながらその紙を膝の上に広げる。
「ここから一時間で敦賀駅やって」
意外と近いな。
「意外と近いなー」
被った。なんか嫌。
「敦賀駅付いたら8時過ぎやろ? そこでなんか食べたいよな。それ食べたらハピラインふくいに乗って福井駅。それが大体40分」
「……思ったんだけど、それって金沢に着く頃には日付変わるくらいになってるんじゃない。観光、できないじゃん」
そう言うと、めぐるは手を止めて、きょとんとした顔でこっちを見た。
「泊まるよ、そら」
「えぇ……?」
情けない声が出る。でもよく考えたら、めぐるはそういう奴だ。お金持ちで、ボーダーラインの位置が少しおかしくて、そして、私に恋をしている。
「福井駅で……これは、乗り換えるんかな? ちょっとわからんけどハピラインふくいであしはら温泉ってどこまで行って……あ、これ『芦原』で『あわら』って読むんか。そこの旅館に泊まる」
「旅館」
めぐると二人というのは大いに気がかりだけど、魅力的な響きだ。しかも温泉と地名についているからには温泉旅館なのだろう。
京都には温泉がないというのは有名な話だ。正確には嵐山には温泉旅館があってそこに泊まったこともある。けれど、温泉街みたいなものはない。
だから、温泉には少し憧れがあった。
「ええやろ? 旅館」
めぐるはニヤッと笑って、少し頬を紅潮させた。
「良い顔するな」と思った。
けど。
恋心には応えられない。
答えられないのに私の気を惹こうとするめぐるを見て、少し、哀れんだ。
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