第6話
若干ぎこちない間があって、でもまあそれは気まずいというほどではなくて、そのまま私たちは昼食を食べ終えた。会話はあまり無かった。というか、白鳥さんはずっと下を向いてて、私と目が合うことがなかった。
それがなんとなく叱られた後の子供みたいに見えて少しバツが悪かった。
「あの……あんまり話せなくて、ごめんなさい」
「え? いや全然。気にしてないし、ていうか今からもっと話そうよ」
「謝る時標準語になるタイプかー」なんて思ったけど、流石に口にしない。
白鳥さんが顔を上げた。目尻が少し光っていて、「おいおい」と思いつつ、反応を待つ。
「もっと……お話ししたい」
「しよ」
「……ええの?」
「そりゃもちろん」
そう返すと口元が少し緩んで、じわじわと表情が明るくなっていった。
「やっぱり、その方がいいよ」
「え?」
「白鳥さん、明るい顔してる方がかわいい」
白鳥さんが目をガバッと開いた。
「うおっ……。びっくりした」
「小清水さんのばか!」
ガバッと開いた目が一気に閉じて、怒鳴られる。怒鳴り声と言うにはか細い声を残して、白鳥さんは席を立った。そのままキッチンに歩いて行く。
「……おーい。お皿、持っていかないの?」
キッチンへ向かう背中が止まり、回転してこっち向きになり、ロボットか何かのように規則正しく歩いてくる。頬は真っ赤になっていて、恥ずかしがっているらしかった。
「お皿持たないままキッチン行くの私もたまにやっちゃうけどなー」と思いつつ、私の家とは厳格さが違うのだろうと思いつつ。ぎこちなく皿を回収していく白鳥さんの指先を見ている。
「あっ。いいのに」
首を振られる。私の分のお皿も持っていってくれるらしい。お皿を重ねて、器用に両手で持っていく。
その光景をずっと見ているというのも変だと思ったので、ポケットからスマホを取り出してLINEが来てないか確認した。来てる来てる。学校で音が鳴らないようにこの時間を仕事モードに設定してるから、通知が来ても音が鳴らず気付けないのだ。とはいえ、ザッと目を通したところ大した連絡はなさそうだった。
「私」
キッチンの方から声がする。
「いつかほんとに、小清水さんに呪いかけてまうかもしれん」
独り言なのか、それとも私に対する問いかけなのか、判断に困る声量だった。
「それは……」
言いかけたところで水の音がした。皿洗いが始まったらしかった。多分、今言っても聞こえない。
呪い。呪いか。私は呪われるほど何かしたかな。まさか、フォークが飛んで行った一件じゃないよね。いや、あるかも。まさかのまさか。「人前で恥を晒してしまったー」みたいな。
とにかく、白鳥さんと接する時はボディタッチに気をつけようと思った。
「こっち」
白鳥さんに先導され、階段を上がる。この辺の友達と遊ぶと古くて急な階段が多いのだがここはそんなこともなく、ゆったりとしていた。
「おー。広い」
階段を上がった先の廊下がまず広い。左側に部屋が二つあって、その二つで横幅を全部使ってしまってる。
「ここ二つはにいちゃんの部屋。もう二人ともおらんけど」
「へー。結構歳離れてるの?」
「上の兄が今24で、下が23やから、最大9個差?」
「それは可愛がられるだろうね」
「……なぁ、その『可愛い可愛い』って言うの……むずむずする」
「そう? それはごめん」
他はともかくとして今の「可愛い」は「可愛がられる」の方にかかっているのだが、まあそれはいいとして、白鳥さんは白鳥家のお嬢さんとして「可愛い」と言われ飽きてるだろうから、確かに「可愛い外交」はうざったいかもしれない。
「こっち」と白鳥さんが先導し、廊下の角を右に曲がる。そして、すぐ右にある部屋のドアを開けた。中にはまたソファ。机。それからテレビ。あと、テレビの周辺に何かのコントローラー。
「ここ、なんの部屋?」
まさかここが白鳥さんの部屋とはいうことはあるまい。
「ファミリールーム。最近使ってへんけど」
ファミリールーム。かなり衝撃的な響きだった。リビングの他にもう一部屋あるのか。しかも普通にうちのリビングより広そうだ。なんせ、ソファは人が横になれるサイズのが二つある。
私が硬直しているのを白鳥さんは不思議な目で見つめてソファに座り、ぽんぽんと自分の横を叩いた。そしてすぐ「あ、好きなとこ座ってええから!」と返ってきた。いや、普通に隣に座ります。
「なにするの?」
ソファに座りながら問いかける。すると白鳥さんはあわあわと手を振るわせて少し私から距離を取って悩み始めた。
「うーん……わからん。決めてへんかった。ゲームとか?」
「いいじゃん。ゲームしようゲーム」
「じゃあ、これ」
白くて縦長のコントローラーを手渡される。
「なにこれ?」
「? Wiiやけど」
「Wii!?」
「今どき!?」という一言はなんとか飲み込んだが、白鳥さんは目を細めている。
「うちではこれが最新機やから」
「お兄ちゃんの世代のゲーム機だもんね」
「うん。私、あんまゲームやらんねん。やから、ずっとWiiのまま。せや、小清水さんMii作ったら?」
「あれ? 自分の似顔絵みたいなやつ」
「それ!」
白鳥さんが意外にもテキパキとゲーム機を起動し、「似顔絵チャンネル」というのを開いた。二等身のアバターが表示される。白鳥さんはウキウキしていた。
「名案やろ?」
「そ、そうかなー?」
白鳥さんが嫌いなわけではもちろんないけど、自分のアバターを何度も使うほど遊びに行く未来はあんまり見えなかった。
「名案や。Mii作って、名前付けて、そしたら未来永劫うちの物に小清水さんの名前残るやん」
どこか遠いところを見ながら、目を輝かせている。
「多分、経年劣化で動かなくなると思うけど……」
そんな小言も聞こえないくらい白鳥さんは自分のアイディアに熱中してるみたいだった。
ここで時間を使いすぎるのも勿体無いし、早くMiiを作ってしまおう。テキパキと作り終え、名前をつける。漢字は使えないみたいだったから、「しおり」と入れる。
「あ、下の名前にしたんや!」
「うん。ダメだった?」
「いやぜんぜんええよ! 私も自分のMiiの名前、『めぐる』やし」
「白鳥さん、めぐるっていうんだ」
「うん」
少し間が開いた。何かこちらから話題を振ろうか、というタイミングだった。
「それなんやけど、せっかくだし、お互い名前呼びに……せん?」
白鳥さんは、いつのまにかソファの上で正座して、そう言った。少し緊張した感じが私にも伝わってくる。
今、さりげなく一歩を踏み出したのだろう。その一歩は私から見えるよりずっと大きくて、大事な一歩なのだろう。
だから私は目を見た。そして、ハッキリ言い切る。
「もちろん。よろしくね、めぐる」
「うあっ……!」
めぐるが背中側に倒れて胸をギュッと握る。
「ちょ、大丈夫?」
めぐるはそのまま眠るように目を閉じた。
だけど、右手でグッドのサインだけは作っていた。
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