第5話

「コーンポタージュと、ポテトサラダと、メインのタンドリーチキンと」

 キッチンから戻ってきた白鳥さんが配膳を始めている。いつのまにか、髪を後ろに結んでいた。

「ごめんぼーっとしてたー。私も手伝う」

「えっ! ええからええから! 座っといて」

「そう?」

 ドアの向こうからひっきりなしにお盆に乗せた皿を持ってくる白鳥さんの姿にちょっと申し訳なくなりつつ、私はテーブルにかけた。

 白鳥さんがタンドリーチキンを乗せた皿を中央に置き、私の目の前に座り、私たちは向かい合った。

 長いテーブルの一番左、入り口側の席に座ったものだから、右側にずっとテーブルが続いている。一応マナーかなと思って下座に座ったのだ。

 長いテーブルの端っこに二人だけが座っている。不思議な状況だった。

「なんか、変な感じやね……」

 それは白鳥さんも感じていたようで、俯きながら語りかけてくる。

「ね。このテーブル……6人掛けか。それで隅っこに座ってるのって、なんか変な感じ」

 「もちろん悪い訳とかじゃなくってね」と手を振って、笑いながら付け加える。あまり親しくない人と接する時は言葉足らずに気をつけなきゃいけない。

「いや……そういうことやなくって……」

「え?」

 終わったものと思っていた会話に引き戻される。白鳥さんは俯いてしばらく手をもぞもぞした後、ゆっくり顔を上げ、ぎこちない笑顔を浮かべた。

「小清水さんがこの家にいるのがなんか夢みたいで、変やなって」

 それを言い終えてすぐ、「じゃあご飯食べよか」とまた下を向いてしまった。

 フォークを持った。それでコーンポタージュを救おうとして、その度にポタージュは隙間から落ちていった。

「あれ? なんでやろ」

 そう言っては何度もそれを繰り返している。黒髪美人の鑑みたいな白鳥さんがやるとそんなボケでも面白い。

「白鳥さんもそういうボケするんだね。それフォークやないかい!」

 ペシっとフォークを持つ手の甲を叩く。

 「わっ!」という声と共に白鳥さんの方が跳ね、フォークはソファーの方へ吹っ飛んでいった。

「うわ、ごめっ……。回収してくる」

 まさかそこまでびっくりするとは思わなかった。大誤算だ。触られるのが苦手なのだろうか。それとも、やっぱり私が怖がられているのだろうか。

 フォークがソファーに刺さったりすることなく、その辺に転がっていた。一安心する。ドアを開けてさっきまで白鳥さんがいたキッチンでフォークを洗った。横目でチラチラしただけだけど、やっぱりキッチンも立派だ。

 それにしても、怖がられているとしたら理由は一体なんなのだろう。不思議に思いながら、白鳥さんのテーブルにフォークを置く。

「あ、おおきに」

「ごめんね白鳥さん。びっくりさせちゃって。とりあえず、ソファーに穴空いたりはしてなかった」

「ソファーなんてええねんけど……でも、さっきのはびっくりしたわ」

 白鳥さんはフォークが無くなった右手でずっと心臓を押さえていた。

「ごめん、まさかそんなにびっくりするとは思わなくて。……ボディタッチ苦手だった?」

「……普段はそんなことないんやけど……」

 普段。普段?

「普段は……って、なんか特別なことあった?」

「もう……もう、なんも聞かんといて!」

 白鳥さんが思いっきり顔を逸らす。その頃には、押さえていたドレスの胸部分はくしゃくしゃになってしまっていた。

 私はというと、ちんぷんかんぷんだった。結局普段と何が違うのかは分からずじまいだ。まぁ、とりあえず。

「いただきます」

 出来立ての手料理をいただくことにした。

 まずはコーンポタージュ。美味しい。次はポテサラ。こっちもなかなか。ちょっとマッシュできてるところとそうでないところがあるけど、これくらいなら全然許容範囲だ。

「このポテサラも自分でジャガイモ潰して作ったの?」

 白鳥さんの方に問いかけると、絶賛食事中だった。恥ずかしそうに右手で口元を隠して、左手が「ちょっと待って」と言ってくる。少しして手が引っ込んだ。まだちょっと気恥ずかしそうな白鳥さんが現れ、頷く。

「私、料理下手やから、下処理くらいは頑張らな思て」

「またまたー。ちゃんと作れてるじゃん」

「いや、ほんまにできひんのよ。料理って、全然疎くて」

「そうなの? 凄いね。白鳥さんは頑張り屋さんだね」

 白鳥さんがまた目を逸らす。

「そんなん言われたら……照れる」

「凄いなと思って。だって苦手なものにわざわざ……」

「いいから! いいから、食べて!」

 白鳥さんは、顔を右往左往した。ても右往左往している。連動して一種の踊りみたいになってるのが面白かった。真っ黒なワンピースの黒髪美人がそれをやっているというのが、余計に面白さを際立たせている。

「じゃあ、タンドリーチキン貰おうかな」

「貰って貰って!」

 箸でヒョイっと摘んで口に入れる。チキン自体にしっかり味が染みていて、しっとり香ばしくて美味しい。

「それにしても、白鳥さんも災難だったね」

 口を隠しながら喋る。

「このチキンも前の日から仕込まないといけなかったでしょ。余りは夜にでも食べようか」

 すると、白鳥さんは眉をひそめ、困惑した表情を浮かべた。

「タンドリーチキン、これで全部やけど」

「えっ? 5人くるはずだったでしょ?」

 金属が硬いものにぶつかった時の音がした。白鳥さんがフォークを落として、それが皿にぶつかったのだ。

 白鳥さんはしばらくフォークを見つめた後、急に顔を上げて、見たこともない完璧な笑顔を浮かべた。

「材料、書い忘れてもうて」

 「ははは」と笑いが続く。

 「そっかー」と相槌を打つ。

 その笑いが心なしか乾いたように聞こえたような気がした。

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