第4話
だんだん人気が少なくなり、あたりは繁華街とは少し色を変えた。ネオンや液晶はなくなり、白や灰色になった。
Googleマップのナビ機能を活用しながら、道を行くと、あった。
豪邸だった。
まず、広い。少し歩いたとはいえ「よくこの家を四条烏丸に建てられたな」というのが素直な感想だった。
豪邸といってもいくつかあると思うが、ここは古い屋敷のような建物ではなく白塗りの壁とガレージがあり、その奥に松か何かが植っていて壁からぴょこんと飛び出していて、さらにその奥に真っ白い三角の屋根が二つ見えた。二階建ての家らしい。
壁に近づいてみる。そんなに住宅に詳しくはないけど、多分新築で20年くらいだろう。白鳥さんが産まれて、それを機に新たな住宅を……なんてシナリオが頭をよぎった。でも、よく考えたら白鳥さんが長女なのかも知らないから、このシナリオは没。
半円形になっているガレージの壁と家を覆う壁が交差する部分がちょうど入り口になっていた。「白鳥」という表札の下のインターホンをやや緊張しながら押す。
ピンポーンという音が鳴り止む前、扉の奥で音がした。よく聞くと、それは人の声だ。
「あ、ちょっ……どないしよ……」
あれ、もしかして。
「白鳥さん?」
「あっ、はい!」
どうやら扉の前に白鳥さんが待ち構えているらしい。ずいぶん熱烈な歓迎だった。嬉しい限り。
実際には、もうお昼になりそうだったので迷っていないか様子を見に来てくれようとしていたのだろう。
「白鳥さん、開けてもらってもいい?」
「う、うん。わかった……! 開ける、開けるよ!」
大袈裟な掛け声と共に、白いドアが後ろに引かれていく。
そこには、黒いワンピースに身を包んだ白鳥さんがいた。髪は癖一つなく綺麗に下ろしてあって、顔はアイメイクまでバッチリで、首にはバックの黒に引き立てられた真珠のネックレスをしていた。
腰元のベルトを少し直して手を前で組み、私の方を少し覗き込んだ。
「変……やないかな?」
そう聞かれる。チークで頬が赤らんでいる。白鳥さんはどちらかというと顔色の薄いイメージがあったので、こう健康的だと少し安心する。
「うん。可愛い」
笑って返す。
「ほんまに?」
「うん。でも、気合い入りすぎじゃない?」
「ふふっ」と笑って首を傾げる。
「いや、でもそこは気合い入れたかったから」
白鳥さんはもじもじしつつもあくまで譲らない。それだけ期待していてくれたのだろう。羽川の企画は大成功だった訳だ。
「というか、私めっちゃ普段着で来ちゃったじゃーん。白鳥さんと並ぶと全然ダメだね」
女子会あるあるでコミュニケーションを図ってみる。「適当に服決めたらみんなガチだったー」というやつだ。
すると、白鳥さんは青い顔になって左手をぶるぶる左右に振るわせた。さっきまでの健康的な顔色がどんどん失われていく。
「いや、いや! そんなことないから! ていうか私、着替えてこよか!?」
「ふふっ」
凄い勢いで捲し立てられて思わず笑いが漏れる。白鳥さんは困惑していた。
「全然いいよ、このままで。二人お泊まり会楽しもう!」
「えいえいおー」と右手を空に挙げる。白鳥さんは困ったような顔をして、ちょっと狼狽した後、「おー……」と小声で呟いて弱々しく左手を挙げた。こんなに「黒髪美人!」って感じなのにその様子は小動物か何かのようで面白いし可愛らしい。
「じゃあ、中行こか!」
白鳥さんが松と松の間にできた道を歩いていく。庭も相当広かった。流石に池はなかったけど、松の木が3本植わってて、綺麗に剪定されていた。左の方には縁側もあった。でも順路は右側だ。黒ワンピースの背中についていく。
「入ってー!」
「お邪魔します」
「ほな帰ってー」なんて、ここでは絶対言われない。
白鳥さんが揃えた靴の横に私の靴を揃えていようと腰をついている間に白鳥さんはたったと廊下を走っていった。学校では大人しいけど、意外と奔放な子なのかもしれない。
ガラガラと重そうなドアを開ける音が聞こえる。障子の音ではなかった。縁側は和風の作りだったが、リビングは洋式なのだろう。和洋折衷の作りというのはこの辺だと珍しくない。
「私、今からご飯作るからテレビでも見て待っとって?」
「え、白鳥さんが作るの?」
思わず後ろを振り返る。右斜め後ろ、リビングらしき部屋の入り口に立っている白鳥さんは不思議そうな顔をしながら「そら作るやろ」とリビングへ入って行った。
「あ、ごめん! もう一つ質問!」
声を張り上げる。白鳥さんが「なにー?」とひょっこり顔を出す。
「もしかして、今日お父さんお母さんいないの?」
すると、白鳥さんは頬を赤らめて目を細めて悪戯っぽく笑った。
「そうやって」
そしてリビングへ戻っていく。
てっきり親御さんの料理を食べて白鳥さんの部屋でなんやかんやしてまた親御さんの料理をもらってお風呂を貰って寝る、という想定だったのでちょっと面食らう。
だけど、高校生のお泊まり会ともなれば親はいないものか。まだ中学生の感覚を引きずっているのかもしれない。ダメだダメだ、こんなんじゃ夕陽さんから「素敵なレディーに育ったね」って言われる夢が叶わない。
靴を置き、リビングへ入った。リビングの右手には8人くらいは座れそうな横長のソファと大きなテレビがあって、その真ん中には難しそうな書類がいっぱい乗ったテーブルがあり、左手には高級そうな黒いテーブルと椅子が置いてあって、その奥、開け放された扉の向こうでで白鳥さんがエプロンを着ている。
私はソファで待っていることにした。
「待っとって! 美味しい料理作るから!」
気合の入った声が聞こえてくる。
その頃にはすっかりソファの弾力に吸い込まれて、「はいはい」と笑って返すばかりだった。
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