第3話

 スマホが鳴った。頭がぼんやりしている。顎が痛くて「うあっ」と呟きながら顎を上げた。

 目をぱちくりする。灯り。その下に課題のプリント。本。菓子パンの空袋。中身がでかかっているシャー芯の箱。スマホ。つまり、勉強机。

 背中をぐっと伸ばす。昨夜ご飯を食べたあと私は勉強して、そして寝落ちしてしまったらしい。普通だったらこんなことしないんだけど、土日が泊まりで潰れそうだから今のうちに片付けようと思ったのだ。

 もう一つ伸びをしてあくびをしてから、私はスマホに手を伸ばした。

 LINEグループからの通知が来ていた。しかも何件も。なんだなんだ。グループを見る。

 五十件くらい溜まってるメッセージをザッと読む。羽川、今井、柏木の3人がカエルが合唱するように「ヤバい」と口ずさんでいた。上にスクロールしてようやく話の発端に辿り着く。

 発端は、羽川と今井のLINEだった。内容は要するに「予約客が突然大量に入って午前シフトだけだったのが午後も入らなくてはいけなくなった」というものだった。羽川と今井はバイト先が一緒で、最初はその二人が話していた。そこに柏木が「私も」と言い出したのだ。そして、「ヤバい」の合唱につながる。

 確かに、「ヤバい」。5人でのお泊まり会だったのに二人しかいない。

 「恐らく解散になるだろうな」と思いつつ、白鳥さんにメンションを付けて「今日どうする? やる?」と送る。

 今、時間は? まだ6時半だ。通りで眠いはずだ。土日は9時くらいまでは寝ていたい。もう一睡して起きたら白鳥さんから返信が来ているだろう。

 勉強机の灯りを落とし、上のベッドに行こうとした時、机の上でスマホが光った。手に取った。初期アイコンに「白鳥めぐる」というご丁寧なアカウントからメッセージが一件。

「やりたい」

 これが青天の霹靂というやつか。

「分かった。じゃあ、ご飯食べた後白鳥さんち集合にしよう。13時半目安で」

 手短に返す。まさか今になって「この二人は嫌だからやめます」なんて言えるはずもない。

 白鳥さんはスタンプを送るでもなくメッセージに絵文字をつけるでもなく、「はい」とだけ送ってきた。らしい返答だ。

 スマホをパジャマの胸ポケットに入れて、ハシゴを登る。布団を広げ、頭まですっぽり収まる。

 まさか、二人きりのお泊まり会になるとは。会話が弾むか不安だ。それに、一斉にシフトが入るというのもなんだか妙だ。

 まあ、色々思うことはあったけど別に嫌なわけでもないし、そんなことを気にする以前に眠かったので、私は眠りについた。

 今度はアラームで起きる。頭はスッキリしている。グループへの返信は特に来ていなかったので、私はコーンフレークをふやふやになるまで浸して食べ、歯を磨き、顔を洗って着替えた。

 白のブラウスにデニム。結局これが一番やりやすい。友達の家に遊びにいくだけだし、別にメイクもしなくていいだろう。いや、一応美白のやつが入った日焼け止めだけ顔に塗っておこう。

 着替えと汚れ物袋をリュックに入れ、やることもないのでYouTubeを見ていた。

 じきに昼食に呼ばれた。ささっと昨日の残り物を食らい、リュックに鍵やらスマホの充電器やらが入っていることを確認して、家を出た。


 白鳥さんの家は烏丸御池の方にあるらしかった。まぁ、当たり前か。白鳥家だし。

 ここからだと一回清水五条駅で京阪線に乗って三条京阪で乗り換えで、だいたい20分くらいだろう。近くてありがたいことだ。ついでに、お財布にも優しい。

 電車に乗り、心地よい揺れに身を任せる。鴨川に沿って電車は進んでいく。乗り換える。烏丸御池駅に到着する。

 駅から出て、しまったと思った。駅で待ち合わせにして貰えば良かった。四条烏丸の方にはドンキに行ったり服を買いに行ったりとよく足を運ぶのだが、こちらまではあんまり行かない。知ってるのはあのレンガの博物館ぐらいで、道がよくわからない。

 地図によると、ここから二条駅に向かう途中ぐらいに白鳥家はあるらしかった。あまり地図を見るのが得意ではないので、ここはGPSにお世話になることにする。

 目の前の信号が青に変わった。ちょっとした旅の始まりだった。

 一体、どんな家なんだろう。想像が膨らむ。

 「白鳥」の名字は「この辺りの人なら何人かはわかる」くらいには有名な名字だった。だから私も、白鳥さんがクラス初めに淡々とした自己紹介をして頭を下げ、その黒髪が膝まで伸びた時、「クールな子だな」と思うと同時に「あの白鳥?」と思った。その後に担任が白鳥家のことをべらべら話したものだから、その疑惑は確信に変わった。この学校の教師は配慮の足らないやつばかりなのだ。

 だから、白鳥さんはひっそりと過ごしていたのだろう。彼女は決して一人ではない。何人かの友達らしき人と話しているのは見かけたことがある。けれど、いつも話している相手、みたいなのはいない。私はその一旦に担任の無配慮もあると思う。

 ただ、教師側としても緊張していたのだろう。白鳥家は代々四条烏丸にある百貨店を営んでいる。つまり、良いとこのお嬢様なわけで、普通に紹介するのも違うと思ったのだろう。結果的に白鳥さんは一人でいることが多いけど、その紹介で友達が増えることもあったのかもしれない。

 長々と白鳥家のことを考えていたが、私の白鳥さんへの目線は極めてフラットだ。つまり、これから知り合う友達。

 まだ友達とは言えない。だけど、これから友達になる。多分。

 けどどうだろう、昨日の学校の様子からすると少し怖がられているような気もする。私と話す時だけ目線を合わせてくれないし声も震えていた。心なしか動作も落ち着きがなかった。

 ただ、それにしては。

「私にお呼びがかかってるみたいなんだよなー……」

 観光客が色んな言語を大声で話しているので、誰にも聞こえないだろうと、ぼそりと。

 そんなことをしても特に解決には至らない。不思議に思いつつも私は歩き続けた。

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