7. 褒め褒め生活のはじまり
目の前に広がるは、何かのパーティーと勘違いしてしまうほどの豪華な料理。
肉汁滴る巨大肉や、色とりどりの果物。珍味と呼ばれる野菜を使ったサラダに芳醇な香りの美酒も注がれていて、ラーラは目をまん丸にした。
「竜王様のご昼食はいつもこうなのでしょうか……?」
「さっきぶりだな、ラーラ! 今日も生きててエライ!」
「はぇ?」
返事になっていない、しかも突然褒められて気の抜けた声を発してしまう。
クリスは金色の瞳をさらに輝かせて言った。
「美しく可憐! 俺が手ずから用意した昼食を前にして目を丸くしているのが一層可愛さポイントを上げている!」
「ひゃ……!?」
さらに竜王の勢いが増していき、感極まって拳を突き上げる。
「その『ひゃ……!?』と可愛らしくあげた声! ループ五十七回目で君の誕生日を騎士団総出でサプライズされたときの声と同じだな! 生で聞けて俺は嬉しいぞ、ラーラ!」
「え、あ、あの!? 竜王様!?」
ついには眦に涙を浮かべ出す竜王クリスにラーラは慌てふためく。
「おお、古き歴代の竜王たちよ……俺は彼女のおかげで今まで竜王として生きてこれた。生きていてよかった、竜に生まれてよかった……! 感謝するぞ、古き竜王!」
(竜王様、もしかして何かのご病気なのでしょうか!?)
そしてずいっとラーラの目の前に詰め寄ってきた。
「ラーラ! 生きていてくれてありがとう!! 俺は本当に嬉しいっ!!」
「り、竜王様! どうかお鎮まりください! でないとせっかくのお料理が……!」
ラーラが長いテーブルを見ると。
竜王の乱れた魔力によって料理の乗った皿やグラスが今にも割れそうに、料理もまた弾けそうに震えていた。
「鎮まれ、ループ百二十回目にして隣人の赤子を抱いて笑みを浮かべる聖母のようなラーラを思い出すんだ……」
徐々に料理や皿の揺れがおさまっていく。本当にその思い出で鎮まったのでしょうか、と疑問に思うラーラだったが、当のクリスのこめかみは汗でいっぱいで、相当抑えこむのにがんばったのだとわかった。
ほっと息を吐いたそのとき、部屋の扉が開き赤の竜騎士──騎士団長スタンが焦った様子で現れた。
「竜王陛下! コーネリア城がまた揺れました、今度は何で興奮されたんですか」
「スタンか。生ラーラのあまりに可愛らしい声に感極まってしまった。許せ」
「その感情の昂りで城どころか城下町にも影響が出ることもあるんですよ。お気をつけください」
はぁ、と額に手を当て溜息を吐くスタンは口調こそ敬っているが態度が伴っていない。もしかして旧知の仲なのでしょうか、とラーラが思っていると顔に出ていたのかクリスが答える。
「スタンは俺が子竜だったころからの間柄でな、良い兄貴分のようなものだ」
「はっはっは、昔の話ですよ。陛下はループを経る毎に褒めるのが上手くなられていきますね」
クリスよりも少し身長の高いスタンが「ですが」と眉根を吊り上げて言った。
「今度魔力暴走を起こして城下町の建物を壊しでもしたら事後処理するの私なんですからね」
「わかっている。昼食を終えたら拘束具の調整をアイリスとする予定だ。安心しろ」
本当ですね、と念を押したスタンがハッとラーラに気づき騎士の礼をした。
「失礼しました、ラーラ様! 挨拶もせずご昼食の時間を中断させてしまいました」
「いえ、大丈夫です。むしろ来てくださってよかったといいますか」
すぐ目の前までクリスに迫られてしまって、原因不明の胸のドキドキが止まっていなかったのだ。
(私も魔力コントロールを怠るところでした。一体なんだったのでしょう……)
ふぅ、と息を吐いて落ち着こうとするラーラをじっと見つめるクリス。
「やはり可憐だ……生きているだけで奇跡……」
「陛下。そこまでですよ、気持ちはわかりますが」
わかるんですか、と密かにラーラは思う。
スタンは「ごゆるりとご昼食をお楽しみください」と礼をして扉を閉めて去っていった。
「さてラーラ。気を取り直して食べてみてくれないか」
目をきらきらとさせているクリスはどうやら自分が用意した昼食をラーラに振る舞いたくてたまらないようだった。
(食欲がないと言ったらきっと竜王様は悲しがりますよね。こんなに尽くしてくださっているのに我が儘は言っていられません)
悪夢を見る影響でラーラはいつも『物を食べる』行為に意義を見出していないのだが、仕方ない。
席について喉が通りやすそうな果物を一切れ、口に入れてみた。
「おい……しい……」
瑞々しく新鮮で、そして甘い。こんなに糖度が高い果物をラーラははじめて食べた。一口大にカットされたそれはクリスの瞳の色のように黄金色をしている。
「そ、そうかそうか! その果物は並行世界の果物を模して種から育ててみたんだ。『パイナップル』というらしい、気に入ってくれたか?」
「この果物も竜王様がお作りに……」
「ああ。俺の趣味は草花を育てることでな、自分の園芸用の土地も持っている」
ふふ、と自慢気なクリスをラーラは素直にすごいと思うのと同時に、食欲がなかったのはどこへやらもう一口、もう一口と黄金色の果物を口に運んでいく。
クリスはそんな食べ物に夢中になっているラーラの様子を見て、ふ、と笑む。
「よかった。ここ最近のループの君は食べ物に無頓着そうだったから、食べてくれて嬉しい」
「……やはり、ご存知でしたか」
カトラリーを皿の上にそっと置き、目を伏せるラーラ。
「やっとラーラを見つけて嬉しくなってしまって、こんなに作りすぎてしまった。きっと食べてくれないだろうなと思っていたが、君のためを思うとつい、腕を振るってしまって」
恥ずかしそうに頭を掻くクリスは本当にただの青年のようで。
「ありがとう……ございます」
私のために。竜王様が。
胸のあたりがほんのり暖かくなった気がする。ラーラはまた一口、クリスの心のこもった果物を食べ。
花弁が開くように口元を綻ばせた。
その笑みがクリスにとってのツボを突いたようで──。
「ぐッはぁ──!!」
クリスが謎の声を発して胸を押さえた瞬間。
城下町の方でまるで建物が崩れ落ちたかのような音が聞こえて。
「陛下──ッ! またやりましたね!!」
と、騎士団長スタンが怒りの形相で城下町へ走ったという。
慌ただしい昼食を終え──ラーラは果物のみ食した、クリスがいきなりたくさん食べてはいけないと言ったのもある──二人はコーネリア城の中庭にいた。
クリスが自ら案内したいと言ったのである。
「先ほどはすまなかったな。なんとかスタンが倒壊した騎士団の建物を魔法で直してくれた」
「騎士団の建物が……」
スタン様の心中お察しします、とラーラは胸の内で祈っておいた。
中庭の高台へ案内され、クリスが高台から見える光景を紹介する。
「ここから城下町が見えるぞ」
「まあ……」
石畳の幾筋もの道が城下町の中心である公園に繋がっていて、街並みが美しく設計されていることがわかる。市場も活気があり、城内からも見えるくらい人々の笑顔がそこにはあった。
「ゼレンセン王国へはじめて来ましたが、こんなに栄えているとは」
「北国ではあるが作物は取れるからな。それに俺の発明でモノを創り出して市場に出しているのもある」
「発明?」
クリスが己の金の瞳を指さしてラーラに説明をする。
「俺の千里眼は並行世界も映す。そこで視たおもしろそうなモノを自分なりに創り職人たちに紹介しているんだ。アイリスのかけているメガネだってそうだぞ」
「あのメガネはゼレンセン王国から流通していて、しかも竜王様のお力で創られたモノだったのですか」
アルア王国や他国でもメガネは人気でした、とラーラが言うと「そうだろう、そうだろう」と嬉しそうにクリスが表情に出した。
「ですが他国民は竜王様の発明品だと知らずに使っておりました。それは──」
あ、とラーラは気づいてしまう。
「そうだ。竜族はやはり下に見られているからな、売れないんだ。だから秘密裏に流通をさせている」
「……あんなにも素晴らしいものですのに」
「ラーラは優しいな」
その気持ちだけで嬉しい、とクリスが言った。
俯いたラーラはふと、クリスの腕輪が視界に入る。
「あの、魔力の拘束具はこれからアイリス様と調整されるのですよね。その腕輪が、拘束具なのですか」
「そうだ。この腕輪を外せば俺の押さえつけている魔力が放たれ、竜としての姿も解放される」
ニパッと、竜王クリスはラーラに牙を見せた。
「見たいか? 俺の真の姿を」
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