青鳥 ep2

 ある日、司祭は青年を救貧院きゅうひんいんに連れていった。

 煉瓦というよりは土塊で出来た風通しのよさそうな建物で夏はいいが冬になると寒いだろうなと思った。

 中には修道女シスターとたくさんの子どもがいた。

 子どもは苦手だ。

 うるさいしすぐ泣くし無謀なのに弱い。

 なによりすぐ死ぬ。

 わらわらと子どもが寄ってきた。

 若い男が珍しいのかやけに近寄ってくる。

 愛想よく愛想よくと心の中で唱えながら、構ってやるとさらに甘えてきた。

 正直に言って面倒くさい。

 おやつの時間よ、と修道女が言うといっせいに走っていった。

 助かった、と思う。

 隅に目が止まった。

 建物の端から動かず、熱心になにかを描いている子どもがいた。

 関係ないが何をしているのかと思った。


「早く行かないとオヤツもらえなくなるよ?」


 ニッコリ笑ってそう言った。

 意外とかわいい顔をしている。

 ボサボサの油気のない髪と煤けた顔が雰囲気を崩していたが綺麗にすれば美人の部類だろうと思う。

 ブルーの笑顔を見ればたいていの人間は無防備になるのだが反対にその子どもは警戒心を強めたようにしかめ面になった。


「何を描いているのかな」


 覗きこむと赤い色が炸裂していた。

 黒いのは煙だろうか。


「……家がなくなるところ」


 無愛想に子どもが言った。

 隣国はずっと戦争をしていた。

 この子どもはそこから逃げてきた戦災孤児なのだろう。


「絵を描いていると忘れるって修道女が言っていたから。でも私は忘れない」 


 子どもとは思えないほどその言葉は冷たい。

 ガラス玉のような無機質な目でブルーを見て子どもは言った。


「アンタ、嘘つきだね」 


 見破られた気がした。


「さて、なんのことでしょう」


 笑って取り繕う。

 嬉しくもない楽しくもない。

 自分の心にはなにもないことを。



 教会に帰ると司祭に聞かれた。


「今日は元気がないじゃないか。どうかしたのか?」 


 元気がないように見えるのだろうか。

 自分でもどうしたのかわからなかった。


「さあ、なんでしょうね」


 そう言って誤魔化した。

 司祭と二人で食前の祈りを捧げる。

 料理に手をつけると司祭が言った。


「……昔の事だが」 


 ある所に軍人の男がいた。

 戦いで大きな怪我を負い我ながらもう駄目かと思った。

 命からがら逃げてきた場所には教会があった。

 男の両親は敬虔けいけんな信者だったが戦争がはじまったころにとうに亡くなっていた。

 男は信仰を捨てていた。

 祈りも願いもどこにも届かない。

 そう思ったからだ。

 中に入ると教会の司祭がいた。

 追い出されるかと思った。

 そうなったら一巻の終わりだ。

 男は銃の引き金に手をかけた。

 いざとなったら口を封じようと思って。

 敵の軍がやってきた。

 男は物陰に隠れる。

 司祭は門前で敵の軍の相手をしたようだった。

 戻ってくるともう行ったから心配しなくていいと言う。

 男は言った。

 バレたらアンタも殺されるんだぞと。

 司祭は少し微笑んで言った。

 関係ない。困った人がいたらどんな人にでも手を差し伸べるのが人としてあるべき姿だと。

 男は怪我を癒す間教会に匿ってもらっていたが、その間に戦争は下火になり男にはすることがなくなった。

 男は教会に残ることにした。

 司祭はこれまで一人で生活をしてきたとは思えないほど不器用でいろいろなことが危なっかしかったからだ。

 いつしか時が流れて司祭も自分も歳をとった。

 司祭は亡くなるその時まで微笑んでいた。

 いつでも笑顔を絶やさない人だった。

 あの日お前に会えて本当によかった、と言った。

 それはこちらの台詞だと思った。

 お前にこれを託そうと言って司祭はいつも着けていたペンダントを渡した。

 ペンダントには青い鳥の飾りがついていた。

 透き通るような綺麗な石でできている。

 私が生きている間これは壊れなかった、これは父の祖父のまた前の世代から受け継いだものであると司祭は語った。

 形あるものはいつか壊れる運命だが、なくならないものもあると。

 私の気持ちをこめるからどうかもらってくれと言われた。

 泣いたことのない男は涙を流してそれを受け取った。

 夜を超えて朝日がのぼるころに司祭は亡くなった。

 亡くなるまで偉大な人だったと男は今でも思っている。



 言うまでもないことだが、軍人は目の前の司祭だろうとブルーは思った。

 道理で馬鹿力なわけだ。

 司祭はペンダントを取り出した。


さといお前ならもうわかっているかもしれないがもらってくれないか」


 そう男は言って、ブルーの手にそれを渡した。


「私もいつ旅立つかわからないしな」

「僕にこれを渡しておいていいんですか?売り払うかもしれないですよ」


 そういつものように悪戯っぽくブルーは笑った。

 わかっているよ、という顔で司祭は言った。


「その時はその時だ。それでもそのペンダントはだれかに引き継がれる」



 翌日、いつもの日課で洗濯を終えるといつの間にか司祭はいなくなっていた。

 なにも聞いていなかったがどこに行ったのだろうと思った。

 息せききって隣人がやってくるなりブルーに言った。

 大変なことになったと。

 救貧院で銃撃があった。

 ブルーが向かうころには銃撃犯はとっくに逃げた後で人の死骸が転がっていた。

 たくさんの子どもが死んでいた。

 中に入ると司祭の黒い服を見つけた。

 子どもに覆いかぶさるようにしてこときれていた。

 国からの支援が減ったため家賃の支払いが滞り、街の元締めの手下に脅されていたと隣人は言っていた。


 なんで誰も何も言ってくれないんだ。

 なんでいつも終わってから言うんだ。

 わかっていたら自分が殺しにいったのに。

 


 外に絵を描いていた子が倒れていた。

 白い鳩が死んでいるようだった。

 その子を抱え上げて、ブルーは歩いた。

 この子は人間だ。

 埋めてあげなければならない。

 何回も死者を運んではブルーは埋葬していった。

 気味悪く見るものも手を合わせるものもいた。

 誰がどう見ようと関係ない。

 男は人に手を差し伸べることを選んだが、ブルーは人と手を切ることを選んだ。

 銃を手に取る。

 次はお前らだ。

 報復の開始だ。


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