青鳥 ep1

 キラキラ光るものを盗ることが好きなのである所では鴉と呼ばれた。

 夜目がきいて凶暴なのである所では梟と言われた。

 鳥の異名で呼ばれることが多い青年だった。

 ある日、貴族から物を盗ったことがバレて腕を切り落とされそうになった時に通りかかった司祭が慈悲を乞うた。

 馬鹿じゃないのか。

 嘆願の甲斐があって無罪放免になっても青年はそう思った。

 そんなことをしても何も変わらないというのに。

 家がないという青年を司祭は教会につれていった。ボロい教会はみすぼらしい爺さんに似合いの場所だと思った。

 今日の平穏に感謝して祈りを捧げると言われたのでその通りにした。

 一晩宿をかりて出て行こうと思った。

 そう思っていたのに。



 翌朝、冷水を頭からかけられて叩き起こされた。


「起きんかこの馬鹿もん!」


 夜の仕事をしていた青年は朝がすごく弱かった。

 それでも司祭は助けたことを盾に青年に雑用をやらせた。

 水汲み、掃除、朝食作り。

 逃げようとするとやけに強い力で組みついてくるくせにやれ腰が痛いだの腕の筋肉が衰えて重いものは持てないだの言ってきた。

 次は逃げる、今度こそはと思っているうちに一週間、半月が過ぎて行った。

 泥棒をするのは生活費を稼ぐためだったので、寝るところがあって服をもらい決して多いとは言えないが食べ物があったので衣食住には困らなくなった。

 飼い慣らされている気がして苛立たしがったがもう少しいてやってもいいかと思った。

 司祭は街中の人に好かれていた。

 お前も愛想よくしろと言われたので表向き笑顔で行儀よく振る舞った。そうしたほうが得をするということがわかっていたからだ。

 警戒心を持たれないほうが人の心には入りこみやすい。

 青年は人の心を読むのがうまかった。

 だから、それを利用してやろうと常に思っていた。

 しかし、司祭には見抜かれていたようだ。品定めするように人を見るのはやめろと言われた。

 活きがいいか腐っているかを見るのは食べ物を見るときだけでいいと。



 司祭は青年を買い物に連れて行くようになった。

 買い物といっても買うのは必要最低限のものだけで、主な目的は隣人への挨拶や見回りだ。

 司祭は街の警察よりよっぽと市井の人々のことがわかっていた。

 迷子の子どもがいれば親の所に連れて行き、重い荷物を持っている老婆がいれば代わりに荷物を背負った。

 司祭がではなくブルーの役目だったが。



 自由な時間は主に寝ていたが次第に退屈するようになった。

 教会には寄附された本がたくさんあり、ブルーはいつしかそれに興味を持つようになった。

 なんとか文字は読めたが、最初はわからない言葉が多くてなかなか読むのが進まなかった。

 司祭に言うと読み聞かせたり翻訳してくれたりしたが次第に面倒くさくなったのか分厚い辞書をくれた。

 辞書を使いながらなんとか読み進めたが本というのは面白かった。

 知識はどこかで使えそうだと思ったし、物語は世の中のことや人の考えていることを知るのに役に立つ。

 とにかく本はいい暇つぶしになった。

 大判の本を読み終わるとしばらくして行き詰まった。

 小さな文字の本が読めないのだ。

 青年は夜目がきく代わりにどうやら視力が弱いらしい。

 小さな文字の本が読めないと言うと視力のことに気づいた司祭が眼鏡をくれた。

 いつしかそれを常にかけているようになった。

 かけているほうがよく見えるし眼鏡が似合うといわれたから。



 ある時、そう言えばお前の名前を聞いてなかったと司祭が言った。

 お前とかこの子とかで通っていたから特に呼び名はいらなかったが。

 鳥、と青年は答えた。

 よくそう呼ばれていたからそれでいいと言った。

 司祭はあまりいい顔をしなかった。

 それはあまりよくない。

 なぜかと聞くとお前は鳥ではない、人間だからと言われた。

 人間。

 そう自分はただの人間なのだ。

 どこまでいってもただの人間。

 青年は人間が嫌いだった。

 自分が人間の一人だというのも嫌だった。

 だから、鳥の呼び名があっていると思ったのに否定されるとは。

 青年は少し不貞腐れた気分になった。

 じゃあなんだったらいいのかと。


「ブルー」


 司祭は不意にそう言った。

 目線の先には青い布を身体に巻いた聖人の絵が飾ってある。 


「高貴な色だ」


 そして外に出て空を指差して見ろと言った。


「青空はどこまでも広がっているだろう。穏やかに人々を包んで見守っている。お前もそんな人間になれ」


 よく意味がわからなかった。

 生き方を説いているのはなんとなくわかったが。

 人のために生きろということか。

 自分にはまったく似合わないと思った。


「ブルー」


 特に名前はないので記号として名乗るには悪くないと思った。

 その日から青年はブルーになった。

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