「明日は」

「えい、分かっちょる」

 物部斉清は、短く言った。

 いつも次の日の予定を読み上げるのは竹末保の役目で、斉清は大人しく最後まで聞いていたから、遮られたことに保は少し驚いた。

「大仕事、ちゅうのは聞いとりますけんど……そこまでですか」

「保君」

「はい?」

 斉清は正面から人を見据える癖がある。癖というか、そうする以外知らないのかもしれない。

 美しい、何色とも言えない瞳。それでじっと見つめられると、ある人は人形のように言いなりになり、ある人は罪悪感を刺激されて激高し、ある人は全てを赦されたように泣いた。

 最初の頃は保も、心臓が跳ねて、どうしても視線を逸らしてしまっていた。なんでも見透かされているようで、恐ろしかったのだ。事実、見透かされているのだろう。彼は、人でありながら、神のようなものなのだから。

 でも、いくら相手が神であったとしても、慣れたのだ。彼は荒ぶる神ではない。優しい、人を慈しむタイプの神だ。少なくとも保はそう思っている。

「ものすごくいい感じに仕上げてくれんかね」

「い、いい感じ?」

「おう。もう、信じられんくらいいい感じ」

 思わず吹き出してしまう。まさか彼が冗談を言うとは思わなかった。

「冗談やないよ。俺、本気で言うちょるがやけんど」

「冗談じゃないとすると……ううん……」

「とにかく、誰が見ても、えいなあ、ち思う感じにしてほしいんよ」

「斉清さんはいつ見ても、誰が見てもむちゃくちゃイケメンやなあち思うと思いますけど」

 保がそう言っても、斉清は「もっと」と答えた。

 そう言うことなら、と保は斉清を飾り立てた。いつもは「こんなん似合わん」と言って恥ずかしがる派手な花柄のシャツを着せ、コートを羽織らせ、義足には編み上げのブーツを履かせた。髪の毛もアイロンで整え、雑誌で見た俳優と同じようにハーフアップにした。

 斉清は姿見に映った自分を指さして言う。

「どがい?」

「俺がやったんやから、最高に決まっちょるがでしょう」

 斉清はそれを聞いて、満足そうに微笑んだ。

 大仕事のときは、ついてこなくていいと言われている。本当に危険で、命を取られてしまうことがあるから、と。何も能力を持たない自分では足手まといだと分かっているから、保も無理について行くことはない。ぎりぎりまで車で運んでいくだけだ。

 車内で、保は疑問を投げかける。

「斉清さんが恰好に気ぃ遣うなんて、初めてやないですか。いっつも、俺が放っといたら裸で出て行ってしまうくらいなんに。今日は、特別なんですか。それとも、めっちゃ偉い人に会うとか」

「いつも保くんが言うちょるがじゃろ。見た目も大切やって。見た目で、こん人はすげえ人なんやなとか、こん人は、自分のことを大事に考えてくれちょるんやなと思うとか」

「そうですよ。例えば、デートのときに、ボサボサの髪ですっぴんで汚れたワンピースとか着てきよる女がおったら、こっちのこと嫌いなんかなち思うでしょ……って前も説明したような気ぃしますけど。そんときは斉清さん、『分からん』ち言うちょった」

「すまんな、やーっと分かったんよ。大事な約束やけん、それなりの格好で行かな申し訳が立たん」

「分かってくれて嬉しいですけど、そんな大事な約束ってなんじゃろ。仲えい人とかですか? 俺以外におるがですか?」

 斉清はその質問には答えない。

 ただ、義手の指を、かくかくと折り曲げる。そして、小指を一本だけ立てた。

「約束じゃけ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様と指切り 芦花公園 @kinokoinusuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る