②
「明日は」
「えい、分かっちょる」
物部斉清は、短く言った。
いつも次の日の予定を読み上げるのは竹末保の役目で、斉清は大人しく最後まで聞いていたから、遮られたことに保は少し驚いた。
「大仕事、ちゅうのは聞いとりますけんど……そこまでですか」
「保君」
「はい?」
斉清は正面から人を見据える癖がある。癖というか、そうする以外知らないのかもしれない。
美しい、何色とも言えない瞳。それでじっと見つめられると、ある人は人形のように言いなりになり、ある人は罪悪感を刺激されて激高し、ある人は全てを赦されたように泣いた。
最初の頃は保も、心臓が跳ねて、どうしても視線を逸らしてしまっていた。なんでも見透かされているようで、恐ろしかったのだ。事実、見透かされているのだろう。彼は、人でありながら、神のようなものなのだから。
でも、いくら相手が神であったとしても、慣れたのだ。彼は荒ぶる神ではない。優しい、人を慈しむタイプの神だ。少なくとも保はそう思っている。
「ものすごくいい感じに仕上げてくれんかね」
「い、いい感じ?」
「おう。もう、信じられんくらいいい感じ」
思わず吹き出してしまう。まさか彼が冗談を言うとは思わなかった。
「冗談やないよ。俺、本気で言うちょるがやけんど」
「冗談じゃないとすると……ううん……」
「とにかく、誰が見ても、えいなあ、ち思う感じにしてほしいんよ」
「斉清さんはいつ見ても、誰が見てもむちゃくちゃイケメンやなあち思うと思いますけど」
保がそう言っても、斉清は「もっと」と答えた。
そう言うことなら、と保は斉清を飾り立てた。いつもは「こんなん似合わん」と言って恥ずかしがる派手な花柄のシャツを着せ、コートを羽織らせ、義足には編み上げのブーツを履かせた。髪の毛もアイロンで整え、雑誌で見た俳優と同じようにハーフアップにした。
斉清は姿見に映った自分を指さして言う。
「どがい?」
「俺がやったんやから、最高に決まっちょるがでしょう」
斉清はそれを聞いて、満足そうに微笑んだ。
大仕事のときは、ついてこなくていいと言われている。本当に危険で、命を取られてしまうことがあるから、と。何も能力を持たない自分では足手まといだと分かっているから、保も無理について行くことはない。ぎりぎりまで車で運んでいくだけだ。
車内で、保は疑問を投げかける。
「斉清さんが恰好に気ぃ遣うなんて、初めてやないですか。いっつも、俺が放っといたら裸で出て行ってしまうくらいなんに。今日は、特別なんですか。それとも、めっちゃ偉い人に会うとか」
「いつも保くんが言うちょるがじゃろ。見た目も大切やって。見た目で、こん人はすげえ人なんやなとか、こん人は、自分のことを大事に考えてくれちょるんやなと思うとか」
「そうですよ。例えば、デートのときに、ボサボサの髪ですっぴんで汚れたワンピースとか着てきよる女がおったら、こっちのこと嫌いなんかなち思うでしょ……って前も説明したような気ぃしますけど。そんときは斉清さん、『分からん』ち言うちょった」
「すまんな、やーっと分かったんよ。大事な約束やけん、それなりの格好で行かな申し訳が立たん」
「分かってくれて嬉しいですけど、そんな大事な約束ってなんじゃろ。仲えい人とかですか? 俺以外におるがですか?」
斉清はその質問には答えない。
ただ、義手の指を、かくかくと折り曲げる。そして、小指を一本だけ立てた。
「約束じゃけ」
神様と指切り 芦花公園 @kinokoinusuki
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