透明な劇場で今宵は…

 青と赤。

 僕はこの二つの色が嫌いだ。

 こんな単純な色だけで僕らは区分されてしまう。なんてくだらないことだ。

 僕はこのことでずっと絶望していた。

 だけど貴女は違う。赤でも、青でもない。貴女という存在は透き通っていた。

 何かに染まってしまう白色とは違って、見たものの色を、そのまま反映した貴女は気まぐれに色を変えてしまう。そう、透明なガラスの様だ。

 僕はいつしか貴女しか目に入らなくなっていった。

 赤と青しか唱えないようなつまらない伯爵夫人たちとは違う。貴女だけだ。

 

 でも、最近の貴女は恋をしている。

 貴女という存在が穢れてしまう。

 赤に染まった貴女をみるのは苦痛の他ないでしょう?

 僕の哀しみは雨となり降ったその日、僕を救ってくれたお方は微笑んだ。

「無垢なんて魔法はすぐに解けてしまうわ。だから、穢れる前に終わらせるの。蝶々は標本にする事が一番の幸せなの」

 まるでガラスの様な、不純物の一切ない鋭い剣。

 彼女から貰った時は、僕への皮肉かと思っていた。だけど違う。これは僕の羽根となり、救いだ。

 実際に使うのは今日が初めてだから、いつか濁るまで、僕をお救いください。


「ちょっと乃亜!舞踏会って何さ、変な言い回しやめてって。気持ち悪い」

「何を言ってるのさ。書いてある通り、僕は君と踊りたいんだよ」

「なんであんたなんかと踊らなきゃいけないのよ。死んでも嫌よ」

 演劇をしている時とは喋り方から行動まで違う。やはり貴女は素晴らしい。だからこそこのままでいてほしいのは、私の我儘に過ぎない。

 その欲を叶える為ならば、愛しい貴女を手にかける事くらい、僕は厭わない。

「ダサいなぁ」

「はぁ!?今なんつった?」

「瀬菜さん、ダサいことしないでよ。招待されたのにそれを無碍むげにするなんて。あぁ、僕がダンスサークルの人だから釣り合わないと思っているんだね。大丈夫だよ!僕がエスコートするし、君が得意なワルツだよ」

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ何言ってんのあんた!あんたが踊れるワルツ如き、あたしが踊れないわけないじゃない!一曲でいいのね?望むところよ」

 顔を真っ赤にして僕の手を掴む貴女の小指に巻かれた包帯は、僕が噛んだところだよね。

 挑発にすぐ染まる貴女は可愛らしい。だから虐めたくなるのが恋心。リモコンの再生ボタンを押し音楽が流れ出すと3分だけの舞踏会が幕を開けた。

 

「ねえ乃亜、あんたはなんで騎士に拘るのよ。王子ポジションに立ちたいんだったら、あんたを好きになってくれる人を探せばいいじゃない。あんたと同じ様な人なんて割とたくさんいるんでしょ?」

「あぁ、僕みたいなのは数えきれないほどいるさ。だけど、貴女は特別だ。たった一人しかいない」

「ほんと、意味わかんないよあんたって。素直にダンスだけやってたらかっこかわいいのに、ほんとキモい」

 絡み合う指、交差するステップ、チカチカとかざす視線。

 公爵様でも王子様でもないけど、貴女と踊ったワルツ、たった三分間のストリングスの音源はこれからもきっと忘れない。

 あぁ、ヴァイオリンの音で曲が終わってしまう。

 きめ細かな貴女に見惚れながら終わった曲は切なく、貴女は僕の手から離れていってしまう。

「さすがダンスサークルの主将ね。ワルツなんて踊ったことないでしょうにあの体捌きは感心だわ」

「お褒めにいただき光栄です。しかし貴女はやはりお上手ですね」

 本当に美しくて、透き通っている貴女に恋をした。

 貴女が赤くなってしまってはいけない。

 だから僕は、騎士として、貴女に永遠の美しさを捧げたい。

「久しぶりに全力で踊ったわ。付き合ってあげたんだからアイスでも奢ってくれる?って、何それ?」

 振り返る貴女は僕の左手に携えられた剣を凝視した。

「あんた凄いわね。騎士になりきるためにこんなの作ったの?こんな出来のいい小道具滅多に無いわよ」

 これを見て叫びもしないなんて。本当に貴女は特別な人なんだな。

「最期ですから、僕に合わせてくださいな」


「騎士様、貴方とのワルツはなかなか楽しかったわ。これからも命を我が身にかけることを誓いなさい」

「光栄でございます姫様。これからも僕は、貴女の為にこの身を捧げます。そして、透き通る貴女を、永遠に」

「えっ?」

 ———シャキン—



 僕は嫌いな赤い飛沫を受け止め、貴女はやっと驚いた顔を見せた。

「貴女は本当に美しいです」

「何を、、いっ、て」

「貴女の血もやはり赤い。だけど、他と違く感じるのは何故だろうか。あぁ、可能ならば僕に教えてくれないか?永遠に透明でいられる貴女ならば、僕の心の陰りを晴らせないだろうか」

 いつの間にか貴女は苦しげな顔をやめていた。先ほどの姫と同じ顔だった。

「騎士様は、、、面白いの、ね。」

「僕が?どういうことですか」

「わたく、しに、恋をしていたとおも、っているのね」

「おぉ!やはりこの感情が恋なのか。貴女の美しさは血に飢えた騎士さえも絆してしまうのだな。なんと素晴らしい」

「うふふ、やっぱり、、おもしろ、い人ですね。ねえ、騎士様。、、、の、あ。やっぱりあたし、には、、あんたは、赤にしか、みせな、い、、よ」

 貴女は言葉を失ってしまった。僕の色は赤なのか。

 貴女の目には僕は赤に見えたのですね。赤も青も好きじゃない僕は、赤に見えるのですね。


 教えてください。

 赤い人と青い人の違いはなんなのですか?

 青い人の血は、青いのですか?

 僕は。

 私は。

 どちらかを選ばなければいけないのでしょうか。

 貴女の胸から抜いた剣は血を吸い、赤色を照らし輝いていた。

 ずるいですよ。死して尚美しいなんて。

 本当に蝶々みたいな姫ですね。

 あぁ、僕はどこに逃げようか。

 あの方のところに行けば、救われるだろうか。

 僕が何者なのか。

 僕は、いったい。

 何色なのだろう。

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透明な劇場で今宵 大和滝 @Yamato75

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