第16話 罪

 扉を抜けると黄色の天然大理石を彫刻して仕立てたテーブルとイスが目に飛び込んできた。豪華なライオンの彫刻が施された椅子には、白髪の50代の身なりの良い男性が凛とした佇まいで座っている。一目でこの人物がフリューリングの領主カーカラック伯爵であることに気付くだろう。



 「お待ちしておりました。正統勇者一行様、楽に座ってください」



 ミーランたちが膝を付いて頭を下げるそぶりを見たカーカラック伯爵は、素早くその行動を止めて椅子に座るように促した。ミーランたちは一瞬戸惑う様子を見せるが、カーカラック伯爵の意向を尊重して椅子に座った。



 「この度は無事に戻られたことをとても嬉しく存じ上げます。多くの民衆や兵士たちがパニックを起こして収集が付かない状態になっていることを深くお詫び申し上げます」



 正統勇者とは選ばれし特権階級の存在である。その待遇は一国の王と匹敵するほどの地位を有すると思って問題ないだろう。しかし、正統勇者一行は魔王討伐に失敗したことにより、その地位は最下層まで急転直下した。現在は領主であるカーカラック伯爵の方が地位は上になるのだが、謙虚な姿勢を崩すことはない。



 「カーカラック伯爵、私たちは魔王討伐に失敗した敗戦勇者一行です。そのようなお言葉を受け取ることはできません」



 いつもは乱雑な言葉を発するミーランだがTPOはわきまえている。



 「あなた達は崩壊を待つしかなかった私達を救ってくれた英雄です。正統勇者一行としての使命には失敗致しましたが、私達を救った功績は消えることはありません」



カーカラック伯爵の 穏やかで濁りのない言葉に少しの嘘も感じず、一言一言に感謝の重みを感じとることができる。カーカラック伯爵は正統勇者一行に多大な恩義を感じているからこそ、秘密の通路の存在を教えたにちがいない。



 「そのように言ってもらえれるのはとても光栄であります。しかし、私達正統勇者一行は魔王討伐に失敗した罰を受けるつもりです。なんなりと処罰を言い渡してください」



 正統勇者一行の気持ちはブレることはない。



 「正統勇者一行様、私はあなたたちを捕えてシュルテン皇帝陛下に差し出すつもりはありません。今までに魔王討伐の重圧に負けて逃げ出した正統勇者様もおられますが、彼らは財産を全て没収されたうえ、今まで特権で得た利益の100倍以上の借金を背負わされることになったと聞いております。今回も魔王から逃げ出したと判断され、同じような罰を受ける可能性は考えられますが、私はそのような考えは間違っていると思います。しかし、私はシュルテン皇帝陛下に忠誠を誓い領地を与えられた身分でございますので、最低限のことしかご協力できないことをご了承してください」

 


 カーカラック伯爵は眉間にしわを寄せて悔しそうな顔をする。



 「ありがとうございます」



 正統勇者一行は深々と頭を下げる。



 「正統勇者一行様、これをお受け取りください」



 カーカラック伯爵は通行手形をミーランに手渡す。



 「ありがとうございます」



 正統勇者一行が今居るのはミルヒシュトラーゼ帝国内のフリューリングの町である。そして、目的地になるのはビアラークテア王国の王都エールトヌスになる。正統勇者であれば、国境や領地を通過するのも冒険者証をみせれば良いのだが、今は正統勇者としての資格を失い国や領地を越えるには領主が発行する通行手形が必要になる。正統勇者一行が正々堂々と王都エールトヌスに戻るには、領地を通過するたびに通行手形を発行してもらう必要があった。



 「では、申し訳ないのですが装備品だけは回収させていただきます。もちろん、代わりの装備品はご用意していますので安心してください」

 「ありがとうございます」



 正統勇者一行が装備している装備品はどれも国宝級であり無償で提供されている。正統勇者ではない今の俺たちは提供された装備品を着用する資格はなかった。


 

 「さぁ隣の部屋にお入りください。旅に必要な最低限の物資は用意致しましたので、準備が整えば秘密の通路に戻って町を旅立つと良いでしょう」

 「本当にありがとうございます」



 正統勇者一行は繰り返し頭を下げて感謝の意を示した。



 「ミーラン、アル、先に着替えてちょうだい」

 「わかった」

 「あぁ」



 俺とミーランは隣の部屋に入って用意されていた質素な革の服に着替えることになる。魔獣の皮を加工した戦闘用の服ではあるが耐久値も低く、防具としては3流以下の品になる。



 「裸よりかはマシだな!ガハハハハ」

 「そうだな」



 人間の体はとても非効率である。いくら筋トレをして鍛えても強度が上がることはない。そのため防具に頼り動きが鈍くなる。しかし、俺が魔獣を人間界に送り込んだことで、人間が装備する防具の性能が飛躍的に上昇したことは、俺の失敗であると言えなくもないが、俺よりも圧倒的弱者の人間が魔獣の素材を有効利用したところで、魔族との差は1mmも縮まることはない。

 少し話がズレてしまったようだから本題に戻るとしよう。魔族は防具など必要としない。それは、日々の訓練で皮膚は強固なものとなり、刃を通さず炎は燃えず氷で固まることはない。防具や魔法でしか体を強化できない人間の体はとても非効率である。


 俺たちはお粗末な装備品を装着し、なまくらな剣を帯刀して部屋を出た。

 

 

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