第15話 偽

 「ガハハハハハ。お前、記憶をなくしてから面白くなったぜ。いや、それが正統勇者の鎖から解き放されたお前の真の姿なのか!実に面白いぜ」

 「二人ともなぜこちらを見ているのでしょうか?先ほど私はこちらを見ないように言いましたよね」



 ミーランが大笑いをしたので俺たちが見ていたことがバレてしまう。



 「ガハハハハ、ガハハハハ、クレーエ聞いてくれ。アルバトロスが実に面白いことを言うのだぞ」

 「俺は何も面白いことを言っていない。メーヴェの巨乳には特殊効果があると言っただけだ。それのどこが面白いと言うのだ」



 俺が真剣に言えば言うほどミーランは腹を抱えて笑い出し、メーヴェとクレーエは顔を真っ赤に染めて手で顔を隠す。



 「申し訳ありませんが、領主様がお待ちしておりますのでおふざけはそれくらいにしてください」


 

 俺以外に真剣な顔つきで話す者がいる。それは、ここまで俺たちを案内してくれた門番の兵士である。



 「俺はふざけてなんかいない。真実を述べているだけだ」

 「アルバトロス様、たしかにメーヴェ様の大きなお胸には特殊効果と呼ばれる不思議な力が宿っている事については否定は致しません。しかし、時と場所を選んで発言すべきだと思います。今はそのような下ネタをする時ではありません」



 下ネタの意味は理解できないが兵士の言う通りである。メーヴェの持つ巨乳というスキルは魔王軍には知られてはいけない重大な秘密事項である。正統勇者一行同士でも、このスキルについては秘密事項としてひた隠しにしていたはずだ。それなのに俺は部外者である兵士がいる前でベラベラと喋ってしまった。きちんと時と場所を選んでから巨乳について発言すべきだった。幸いなことにこの兵士は秘密の通路の場所を知っている領主に認められた数少ない口の堅い誠実な兵士であると考えられる。俺は兵士に頭を下げてメーヴェの巨乳について口外しないようにお願いすることにした。



 「たしかにお前の言う通りだ。魔王を倒す秘密兵器の存在を簡単に話すのは本当に不謹慎だったと言えるだろう。本当に申し訳ない。この秘密は誰にも口外しないようにお願いしたい」

 「わかりました」



 兵士は俺の実直な姿を見て呆れた顔で返事をする。それは不甲斐無い俺が正統勇者だったことに愛想が尽きた現われだったのかもしれない。




 「アル、行くわよ」



 狭い隙間を抜けることに成功したメーヴェは、鬼のような形相で俺を睨みながら言った。



 「もう二度とくだらないことは言わないでください」



 クレーエは氷のような冷たい表情で俺を睨みつけた。


 

 「すまない」



 メーヴェとクレーエが怒るのは当然だ。俺は重大秘密事項をベラベラと話してしまった。ここには正統勇者一行と門番の兵士しかいない秘密の通路だ。魔王軍にこの秘密が漏れることはないだろう。しかし、そういう問題ではないのだ。秘密事項をベラベラと話すことが問題なのだ。もしかして俺は巨乳に魅了されて冷静さを失っていたのかもしれない。本当に恐ろしいスキルだ・・・



 「ガハハハハ、ガハハハハ、そんなに気を落とすなよ。俺は好きだぜお前のこと」



 落ち込んでいる俺に対して、ミーランは大きな暖かい手で俺の背中を叩いて励ましてくれた。本当にミーランは心の大きい男だ。俺が重大なミスをしたにもかかわらず、一切怒らずに笑って許してくれている。ミーランは体も大きいが度量も大きいのだと実感した。



 「ありがとう」



 俺は二度と同じ過ちを繰り返さないと心に誓い正統勇者一行の後を追った。

 石壁を抜けるとさらに石壁が道を塞いでいたが、先ほどと同じように兵士が上下左右のボタンを押すと大きな音をたてながら石壁は90度回転した。90度回転したことにより先ほどより通りやすくなり、メーヴェとクレーエは安堵の笑みを浮かべていた。しかし、ミーランは少し浮かない顔をして俺は自然とため息が出ていた。



 「残念だったな」



 ミーランが俺の耳元で呟く。



 「あぁ」



 非常に残念だ。できることならもう少し巨乳の特殊効果を見たかった。万が一、魔王の姿に戻った時のために巨乳の対処方法を考える必要があるからだと俺は真剣に考えていた。しかし、ここで迂闊に返事をしたことに俺は直ぐに後悔した。それは、ミーランが俺を魔王だと疑っているのではないかと思ったからである。ミーランは巨乳の特殊効果を知っている。それを俺が探ろうとしていることに感づいたからこそ「残念だったな」と俺に声をかけたはずだ。ミーランは度量の大きいところを見せて俺を安心させて俺の油断を誘ったのだ。なんて狡猾で計算高い作戦を考えつくのであろう。俺は下等生物だとバカにしていた人間への評価を変えなければいけないと思い知らされた。


 石壁を抜けるとそこは誇りにまみれた箱が並ぶ巨大な倉庫の中だった。ここがおそらく伯爵邸の別館と呼ばれる場所なのであろう。倉庫は二階建てになっていて窓もなく魔法灯で薄暗く照らされているだけなので、目を凝らして歩かないと前に進めない。



 「伯爵様はこの倉庫の2階でお待ちしております。正面の階段をお上りください」


 兵士がそう述べると階段に設置されている魔法灯が光り、進むべき道を灯してくれた。俺たちは魔法灯の光に導かれるように階段を登り、魔法灯が光っている通路を進むと誘われるように大きな扉がひとりでに開いた。

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