第12話 浸

 「くそが!くそが!くそがぁ~~~~」



 カファールは怒りの感情を抑えきれずに地面に向かって大声で叫ぶ。



 「・・・」



 ミーランたちは口を閉じたまま何も言い返さない。



 「みんなどれだけお前達に期待していたのかわかっているのかぁ~。やっと魔獣に怯える日々も終わると信じて町の復興に取り組んでいたんだ。しかしそれも全て無駄に終わってしまった。なぜだ!なぜ魔王を倒してくれなかったのだ!」



 「・・・」



 カファールの歓喜の涙はいつしか絶望の涙に変わっていた。



 「本当にすまない」



 ミーランが重い口を開いて謝罪する。



 「あぁ~~~~~~~~」



 カファールは空を見上げて奇声を上げる。



 「謝るなぁ~~わかっている。俺もわかっているんだ。お前たちは何も悪くない。わかっているんだ。わかっているんだ。一番悪いのは無力な俺だ。自分にできないことを人に押し付けて勝手に期待しときながら、失敗したら怒りをぶつけるなんて、俺はなんて身勝手なんだ」



 カファールは両手を突き上げて地面を何度も何度も殴りつける。



 「カファールさん、悪いのは魔王を倒せなかった私たちです。自分を責めないで私たちを罵倒してください」

 「そうです。期待させた私たちが悪いのです。何を言われても仕方がありません」



 罵声を浴びせられることに正統勇者一行は怒りを感じることはない。むしろ罵声を浴びせられるほうが納得がいくのである。それだけ魔王討伐に失敗したことに責任を感じていた。



 「俺はどうすれば良いのだ。町のみんなは魔王が討伐されたと勘違いをして喜び騒いでいる。みんなの希望を絶望に変えることなんて俺にはできない」



 カファールは少し落ち着きを取り戻してきたがさらなる不安が襲い掛かる。



 「俺たちがきちんと説明するから心配するな」

 「そうです。全て私たちの責任です。町の人たちには私たちが説明致します」

 「カファールさん、後は私たちに任せてくれたらよいのです」



 ミーランたちはカファールに近寄り優しく声をかける。



 「・・・いや、正統勇者一行様が先に町に入ればパニックになるでしょう。私が町のみんなに説明してから町に入られたほうが良いと思います。正統勇者一行の皆様、みっともない姿を見せてしまいましたが、もう大丈夫なので安心してください」



 優しい言葉をかけられたカファールは完全に落ち着きを取り戻し門番隊長としての職務を全うする。しかし、ミーランたちとのやりとりを見ていた、門兵や壁の修復作業をしていた住人たちは、その場に崩れるように座り込み、絶望で途方に暮れていた。



 「正統勇者一行様は、私が戻ってくるまではここで待機していてくだい」

 「わかった」



 ミーランは御者席に座りメーヴェたちはキャリッジに戻ってきた。そして、カファールは覚悟を決めて町の中へ入って行った。


 

 「アル、状況は飲み込めていないと思うけど心配しないでね」

 「そうです。アルは立派に正統勇者としての役目を果たしました。私たちの力が足りなかったのです」



 メーヴェたちは俺に気を使いながらぎこちない優しい笑みを浮かべる。



 「二人とも俺に気を使わないでくれ。正統勇者としての義務を果たせずに魔王に敗れてしまったことは理解している。罪を償わなければいけないのなら俺も一緒に償う覚悟はできている」



 俺は元魔王である。【逆転の宝玉】の力で勇者と体が入れ替わってまだ二日しか経過していない。正統勇者一行と過ごした時間は、永遠の時を生きる魔族にとって、瞬きをした一瞬よりも短いだろう。

 しかし、なぜだろうか?俺に気を使い不安を与えないように必死に努力している三人の姿を見ていると胸がズキズキと痛むのである。アルバトロスに持病があるか魔力で体を調べてみるが健康そのものである。もしかして、魔王との戦闘で肋骨にヒビでも入ったのかとも考え魔力で隈なく調べたが骨には異常はなかった。この痛みの原因が何であるか突き止めることはできないと諦めた時、俺の脳裏に正統勇者一行たちの優しい笑顔が映し出された。その笑顔はとても心地よく心を和ませてくれる素晴らしい笑顔だと感じた時、胸がギスギスと痛む原因が理解できた。

 そうだ、フリューリングに近づくにつれて正統勇者一行の笑顔は少なくなり。険しい表情になってきた。時折見せる笑顔も俺に気を使い安心させるための作られた笑顔だ。俺は正統勇者一行・・・いや、仲間たちのそんな姿を見たくはないのだろう。だから、胸がズキズキと痛くなった。この痛みを和らげる方法は一つしかない。俺の気持ちを素直に話すことだ。俺は魔王だ。人間は脆弱で非効率な生き物であり俺の配下になる資格はない。ましてや、仲間意識などという感情が存在するはずはない。俺は重大なことに気付いてしまった。それは少しずつだがアルバトロスに心まで支配されているようだ。このままでは冷静な判断が出来なくなると俺は恐怖した。


 






 





 


 


 

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