第13話 秘

  「ありがとう、アル」



 メーヴェは瞳に涙を浮かべながら優しい笑みを浮かべた。俺はその可愛らしい笑顔を見て心の痛みがどこかへ消えてしまった。



 「当然のことだ。俺たちは仲間だぞ」



 心にもない言葉が自然と込み上げてきた。俺は魔王だ。下等な生き物である人間を仲間だと感じることなど絶対にない。【逆転の宝玉】の力は魂を入れ替えるだけの効果だと俺は考えていたが実際は違うようだ。体の持ち主であるアルバトロスの記憶情報は共有されていないが、アルバトロスの感情や感覚が無意識のうちに俺の心に浸透していくと理解したほうがよさそうだ。このままだとアルバトロスに心まで支配されて、いずれ俺は消滅するのかもしれない。

 


 カファールが町に入って1時間ほどが経過した。賑やかだった町の様子が徐々にお通夜のように静かになる。おそらく正統勇者一行が魔王の討伐に失敗したことを住人たちが理解したのであろう。しかし、その静けさも長くは続かなかった。先ほどのお祭り騒ぎのような賑わいと違い、泣き叫ぶ声や怒りに満ちた怒号が飛び交う修羅場に変わった。もしこの状態で正統勇者一行が姿を見せていたならば、そこは地獄絵図に変わったかもしれない。そう考えるとカファールの判断は正しかったのである。

 これは絶対に優勝すると信じていたチームが、あっさりと一回戦で大敗した状況に似ているのかもしれない。勝負事に絶対はない。しかし、絶対に勝つと信じて応援していたチームが、不甲斐無い成績で負けた時、負けたチームにエールを送り労いの言葉をかけることはしない。なぜ負けたのだと罵り、怠慢であったと罵倒して、監督には辞めて責任をとるように怒鳴りつけるだろう。このようなことが今、フリューリングで起きているのであった。


 

 「ミーラン様、カファール隊長からの指示をお伝えします」



 フリューリングの門から出てきた1人の兵士がミーランに駆け寄る。



 「中が騒がしいようだな」

 「はい。今正門から入場するのはかなり危険だと思いますので、緊急用の秘密の通路に案内するようにと指示がありました」



 もし仮に、フリューリングの住人が5000人ほど集まって、正統勇者一行を襲っても住人には勝ち目はないだろう。しかし、正統勇者一行が住人に手を出すようなことはしない。そのことを理解している一部の愚か者が、絶望のどん底に落ちた住人を先導する恐れがあると感じたカファールは、正統勇者一行を秘密の通路に案内するように指示をだした。



 「わかった。案内してくれ」

 「はい。私に付いて来て下さい」



 兵士は馬に乗り町の東側に向かった。



 「ここで馬車を止めてください」

 「わかった」



 ミーランは馬車を止め俺たちはキャリッジから外に出る。



「ここは東側の監視塔になります。実は監視塔の地下には領主様の屋敷に繋がる秘密の通路があるのです。今からそちらへ案内します」



 俺たちは秘密の通路を使って領主の屋敷に向かう。領主の屋敷は町の中心部にあり東の監視等からは5km以上離れた場所にある。秘密の通路は馬車が通れるほどの広さはないが、馬に乗って移動できるだけの大きさはある。そのため、秘密の通路には馬が用意されていた。

 この秘密の通路の存在は魔獣の襲撃にあった時に逃げるためでなく、周辺国が攻め込んだ時もしくは、民衆の反乱があった時のため用意されたものである。この秘密の通路を俺たちの為に使用したということは、それだけ俺たちを信用していると判断しても良いのだろう。

 

 俺たちは2人ずつ用意されていた馬に乗り地下の通路を進む。地下の通路には魔法灯が備え付けられているが薄暗く、馬を勢いよく走らせるのは危険なため、ゆっくりと先を進む。15分ほど経過すると大きな円形のホールに到着した。円形のホールには馬房があり馬が3頭繋がれていた。こちらかも馬で逃げれるようになっているのは当然である。


 

 「ここはカーカラック伯爵の屋敷の地下になります。この階段を上がると別館の倉庫に繋がっています」

 「わかった」



 俺たちは馬から降りて階段を登る。階段はらせん状になっていて高さは20mくらいはありそうだ。このようなこそこそ逃げるための通路を作るのは、欺瞞の塊である人間らしい発想だ。俺の居城である幻影魔城【夢想トロイメライ】に秘密の逃げ道など存在しない。それは俺が圧倒的な強者であるからではない。魔族は戦う時は正々堂々とタイマン勝負を望むからである。魔界には裏切りなど存在しない・・・はずだった。なぜだ?誰が裏切ったのだ・・・

 


 「アル、どうしたの?」



 俺の顔が険しくなっているのに気付いたメーヴェが心配そうに声をかける。



 「いや、何でもない」

 「アル、大丈夫よ。私たちが何とかするからね」



 メーヴェの明るい笑顔を見ると心が落ち着くのはなぜだろう。もしかすると、俺の知らない治癒魔法の一種なのかもしれない。いつかそれとなしに聞いてみるのも良いだろう。

 


 らせん階段を上がると石壁が行く手を塞いでいて、ここから先には進めないようだ。



 「少々お待ちください」



 兵士は石壁の右端と左端、そして中心部の石を軽く叩く。すると、石壁は大きな音を立てて回転した。



 「どうぞ」



 石壁は45度ほど回転すると止まり、人が1人通れる隙間ができた。俺たちはその隙間を通ることになる。背が高く大柄でフルプレートアーマーを装備しているミーランは、一旦フルプレートアーマーを脱がないと通ることはできない。しかも、フルプレートアーマーを脱いだとしても、この隙間を通るのはかなり苦戦するだろう。一方背は高めだが細身のクレーエはすんなりと隙間を通り抜けることができる。アルバトロスは、動き易さを追求した勇者服と呼ばれる特別な繊維で編み込まれた服を着ているので、服を脱ぐことなく隙間を通り抜けることができる。

 ミーランはすこし時間がかかったが無事に隙間を通過した。続いて俺もクレーエもなんなく通過して残るのはメーヴェだけである。メーヴェは一番小柄なので、簡単に隙間を通り抜けるだろうと俺は考えていた。しかし、ここで大問題が発生した。

 

 

 

 





 

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