第11話 裏
「でも、正統勇者一行様は無傷で無事に戻って来られました。魔王に敗れたようには感じられません」
よく考えればわかることである。魔王と戦って無傷で帰ってくるほうがおかしいのである。
「俺たちは魔王の足元にも及ばない矮小な存在だった。俺は魔王に傷一つすら付けることができず、圧倒的な強さを前にして絶望し涙を流して命乞いをしたのだ。俺は死にたくなかった」
もうミーランには着飾るプライドなどはない。自分が魔王の前でしたあられもない真実の姿を包み隠さずに述べた。
「そんなわけありません。正統勇者一行様は私たちが苦戦した魔獣たちをいとも簡単に退治したではありませんか?それに正統勇者のアルバトロス様は魔王軍の大幹部キングゴブリンの討伐を成し遂げました。そのような偉業を果たした正統勇者様が在籍する正統勇者一行様が、魔王にビビッて逃げ帰ることなどありえません」
カファールはミーランの言葉をすぐには受け入れることはできなかった。それほどまでに正統勇者一行の力は人間界ではずば抜けた存在であった。
ここで一つ訂正をしておくことがある。キングゴブリンは魔王軍の大幹部ではなく勝手に人間がそのように言っているだけである。キングゴブリンは魔族でも魔獣でもない。その正体は俺が創生した魔物である。俺は神を滅ぼした時に新しい種族を生み出す創生の力を手に入れた。
神から奪った創生の力は千年に一度しか使うことはできない。俺が創生した魔物はゴブリン、オーク、オーガの三種族だ。魔獣を基礎として生み出された種族たが、知性はあり集落を形成して暮らしている。魔獣を人間界に放った時に、この三種族も一緒に人間界に連れてきた。この300年で魔獣が人間界の五分の一を支配したが、その一割はこの三種族が支配している。知性がある魔物三種族は、狡猾に人間を襲い、自分の支配下において奴隷もしくは家畜として蹂躙した。
その結果、魔獣よりも人間から恨みをかうことになり人間界で悪評を轟かせた。その為、魔物三種族のそれぞれの頂点に立つ魔物を魔王の大幹部として位置付けたのである。
特に人間の女性を好んで襲うゴブリンは、魔物三種族の中でも、一番人間から恨みをかうことになり、ゴブリンの頂点に君臨するキングゴブリンを討伐したアルバトロスは、真の勇者だと讃えられ正統勇者に任命されたのであった。
勇者とは自ら名乗るものではないし、生まれながら勇者であるわけでもない。人間界のために偉業を成し遂げた者がいつしか勇者と呼ばれるようになる。
そのことから人間界には複数名の勇者と呼ばれる存在はいる。しかし、正統勇者と呼ばれる者は人間界には一人しかいない。正統勇者とは人間界を支配する三つの大国が正式に勇者と認められた者が正統勇者として活動することができる。キングゴブリンを討伐したアルバトロスが正統勇者として認められたのは当然の結果であった。
「カファール、本当なんだ。魔王はキングゴブリンなどとは比べ物にならないくらいの強さだ。アルバトロスでも何もできなかった。俺たちが無事に生きていることさえ奇跡なんだ」
「そんなの信じられない。嘘だと言ってくれ」
「カファールさん、本当なのです。私はあまりの恐怖で気を失ってしまいました」
「私もよ」
正統勇者一行の深刻な表情を見てもなおカファールは真実を受け入れたくはない。
「そうだ!正統勇者のアルバトロス様なら真実をお伝えしてくれるはずです。アルバトロス様はどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「カファール、アルバトロスは魔王との戦いで記憶を失ってしまったのだ。お願いだ。魔王に敗れた責任は俺がとる。だから、アルバトロスはそっとしておいてくれ」
「ミーラン、あなただけに責任を背負わせることはさせません。私も如何なる罰でも受けるつもりです」
「私もそのつもりよ。正統勇者一行としてみんなの期待を裏切った罰は三人で背負います」
正統勇者とはみんなの気持ちを背負って戦う者である。もちろんそれは正統勇者と一緒に旅をする正統勇者一行も一蓮托生であるのは言うまでもない。特に正統勇者の責任は重い。正統勇者一行は、国から武具、金銭、施設の利用など全て格安で提供を受けることができる。町や村も率先して正統勇者に協力し、宿、食事の提供をかってでる。正統勇者とは国から特権を得た特別な存在だと認識してもらってよいだろう。期待を背負い、それを達成するのが正統勇者、敗北は死以外は許されない。そのため過度な期待で精神的に押しつぶされる正統勇者もいる。俺からしたら魔王討伐など不可能な話である。しかし、過度な期待で押し上げられた正統勇者には退路はない。国民たちは勝つ以外の選択肢は用意していない。
「くそが!」
カファールの形相が一変した。
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