第10話 真

 馬車はコトコトを音をたてながら草原地帯を走る。しばらくすると、石畳で舗装された道路が見えてきた。舗装された道路が見えたということは町に近づいていることを意味していた。


 

 「アル、後1時間ほど馬車を走らせればフリューリングに到着すると思います。アルは馬車から降りずにキャリッジに残ってください」

 「そうね。その方が良いかもね。アルは何も気にせずにキャリッジで待っていてね」

 


 メーヴェたちは落ち着きを取り戻していたが、町に近づいたことを知ると急に顔が険しくなってきた。



 「わかった」



 俺は先ほどとは違う緊張した空気感を感じ取り理由は聞かずに返事をする。




 一時間後、町を囲む高さ10mの石壁が見えてきた。石壁は3重構造になっていて魔獣の侵入を防ぐ役割をになっている。しかし、よく見ると石壁には大きなヒビやひどく崩れている場所もあり、この町に魔獣の侵攻があったことをものがたっている。新たな魔獣の襲撃に備えるために多くの住人が壁の修復に励んでいる姿も見えた。


 

 「メーヴェ、町を囲う石壁が見えてきました。覚悟はできていますか」

 「もちろんよ」



 張り詰めた空気がキャリッジを支配して、二人の顔がみるみる険しくなる。俺は町に入るだけなのに、敵地に侵入するかのような重苦しい空気を感じた。



 「あれは正統勇者一行様だ!正統勇者様が無事に帰って来たぞ~」



 俺たちが乗る馬車を見てフリューリングの門を守る兵士が奇声に似た歓声をあげる。



 この一人の兵士の言葉は、おしよせる波のように瞬く間に町中に轟いた。そして、フリューリングの門を警護する最高責任者である門番隊長カファールが、馬車の前に飛び出してきてひれ伏した。



 「このたびは魔王を討伐してくださり、本当にありがとうございます。これで魔族に怯える日々が終了しました」



 カファールの瞳から零れ落ちる涙によって地面には小さな水たまりができていた。カファールは心から正統勇者一行に感謝をしている。やっと絶望の魔災害から解放される喜びを隠しきれずにいた。



 俺がこの地に幻影魔城【夢想トロイメライ】を出現させて、フリューリングの光景は一変した。魔界最強の俺が出現したことで、この辺りに生息していた魔獣たちは、本能的に逃げ出した。魔獣にはわかるのだろう。遠い祖先が味わった俺への恐怖が精巧な情報としてDNAに書き込まれているようだ。俺の存在を嗅ぎ取った数匹の魔獣が、絶望たる恐怖に陥り逃げ惑う様は、ウイルスのように他の魔獣にも感染する。俺がこの地に来て三日後には半径200㎞圏内の全ての魔獣は姿を消した。そして、その逃げ出した魔獣の一部が石壁の砦で守られていたフリューリングを襲ったのである。 

 人間たちはこの事実は知らずに、魔王が魔獣をフリューリングに襲わせたと勘違いをして、この出来事を絶望の魔災害と呼んでいる。



 一方、正統勇者一行が幻影魔城【夢想トロイメライ】の出現を知ったのは、フリューリングが魔獣の襲撃を受けた二日後であった。すぐに襲撃の元凶である魔王を倒すべく幻影魔城【夢想トロイメライ】に向かったが、その道中でフリューリングが魔獣の大群に襲われている所に遭遇した。

 魔王の脅威から逃げ出した魔獣の大群は、いくら倒しても雪崩のようにすぐに新たな魔獣が襲い掛かる。フリューリングの領主であるカーカラック伯爵は、冒険者ギルドマスターのコックローチに命令して、近隣の町に援軍の要請を出したが、どの町も援軍を送り出すことはなかった。それもそのはず、魔王の脅威から逃げ出した魔獣は、周辺の村や町を襲いながら新たな生息地を探していたので、援軍が欲しいのはどの町も同じであった。このような緊急事態であったからこそ、すぐに正統勇者一行に知らせが入ったのである。

 正統勇者一行の目的は魔王討伐、魔獣から町を守るのは二の次であった。しかし、正統勇者一行は幻影魔城【夢想トロイメライ】に向かう道中で遭遇したフリューリングの惨劇を無視することはできなかった。

 魔獣との死闘を繰り広げて一週間が経過したフリューリングでは、石壁は破壊され、多くの魔獣の死体と人間の死体が転がっていた。この非道なる戦いに終止符を打ったのはもちろん正統勇者一行である。たった4人の正統勇者一行ではあるが、正統勇者といわれる所以はその絶大なる力にある。俺たち魔族には遠く及ばないその力も魔獣相手なら問題はない。しかも、この辺りに生息している魔獣は比較的に弱い魔獣が多かったことも幸いしたのだろう。

 フリューリングを救った正統勇者一行は、一夜にしてこの町の英雄となり今後未来永劫に語り継がれる伝説の幕開けとなるはずだった・・・



 「顔を上げてくれカファール。俺たちはお前に感謝される立場ではない・・・」



 ミーランは御者席から降りてカファールに近寄り言葉をかける。



 「俺は門番隊長でありながら仲間も住人も町も守れなかった。絶望を受け入れるしかなかった俺たちを救ってくれたのは正統勇者一行様です。今も大事な家族や友達そして住まいを無くした住人たちが希望に満ちた気持ちで町の復興にがんばれるのは正統勇者一行様のおかげです。本当に・・・本当に・・・感謝しています」



 ミーランはカファールの止まることのない感謝の気持ちに心が痛くなり真実を告げることができずに言葉を詰まらせていた。



 「カファールさん、お顔をお上げください。私たちは魔王の討伐に失敗したのです。そして、恥ずかしながら生きて帰ってきたのです」

 「本当に申し訳ございません。私たちはもう正統勇者一行を名乗る資格はなくなりました」



 なかなか言い出せないミーランに変わってクレーエとメーヴェが真実を告げて頭を下げる。しかしその時・・・



 『パァ~ン!パァ~ン!』

 


 空に鮮やかな魔法の祝砲が上がり、それと同時に地響きのような歓声が轟き渡る。



 「アルバトロス様、万歳!万歳!」

 「正統勇者一行様、万歳!万歳!」


 

 石壁の外からでもフリューリング内がお祭り騒ぎのような賑わいになっているのがひしひしと伝わってきた。そのあまりのうるささにクレーエとメーヴェの言葉はかき消されていた。



 「今・・・なんと言われたのでしょうか?」



 喜びに酔いしれていたカファールだが、正統勇者一行の態度に違和感を感じはじめて、歓喜の酔いがすこし覚めだしていた。



 「魔王の討伐に失敗した」



 ミーランは勇気を振り絞り真実を述べる。



 「・・・」



 カファールはまさに目が点になるという状況に陥った。



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