23.カメラメモ

「月曜日にも街中に来てたよね。あのとき、どうしていってしまったの。なんでおばさんにはは自分のこと話さなかったの」

「あのときね。うん。だってこの世界の私はもう死んでしまっているんだよ。だから急に私が現れたら、お母さんも驚いちゃうでしょ」

「でも僕には話したじゃないか。おばさんだって、みらいと話したかったんじゃないかなって」


 確かに急に違う世界からきただなんて言われても混乱するかもしれない。でもおばさんは未来のことを思い出して泣いていた。それなら違う世界では未来が元気でいることを知ったなら、少しは救いになったんじゃないだろうかと思う。


 でもみらいはゆっくりと首を振るう。


「でも私はまたいなくなっちゃうんだよ。それって逆に辛くないかな」


 確かに未来みらいとずっと一緒にいられる訳ではないなら、変な希望を与えない方がいいのかもしれない。みらいの言うことにも一理はあると思う。

 それがみらいの考えなら、僕としては尊重するべきなのだろう。


「それと私は一真かずまくんには謝りたかったの。だから私であることを知ってもらわなきゃいけなかったし。それにあの時が初めてだったから、まだわかっていなかった」

「わかっていなかったって」

「この魔法の本もさ、なんでも出来るわけじゃないみたいなの。いちどこちらにきたら少なくとも少し間を開けないとこの世界にはこられないし、この世界にいられる時間もそれほど長くない。そして他にもいろいろルールがあるから、出来ることと出来ないことがあって、お母さんに私のことを名乗ることは、出来ないの」


 出来ないことがあるって、口にだせばいいだけなのにとは思うものの、僕にはわからない決まりがあるのかもしれない。たとえばそのルールを破ったら、強制的に元の世界に戻されてしまうとか、何かしらの取り決めがあるのかもしれない。それならみらいの言葉もわからなくない。


「さてと他に質問はあるかな」


 みらいは僕をまたじっと見つめていた。

 だから僕は最後にもうひとつだけ質問をすることにした。


「どうしてこの世界にきたの。この世界でみらいは何をするつもりなの」


 僕が一番訊きたかったのは、この質問かもしれない。

 みらいの目的は何なのか。どうしてこの世界にやってきたのか。僕は知りたいと思う。


「んー。難しいなぁ。最初はただの偶然。この世界にこられるなんて知っていてきた訳じゃあないし、この世界がどんな世界なのかだって、私もわかってなかった。でも、たぶん魔法の本が私の願いを叶えてくれたんだと思う」


 みらいは少し悩む様子を見せながらも答える。


「でもこの世界のことがわかって。最初に思ったことは。この世界なら出会えるかもってこと。ちゃんと言えなかったごめんねを言いたいって。そして少しでもいいから、一緒にいたいって。そんな風に思ったの。それで、だからね。いまの目的は一真くんと秋祭りを過ごすこと、だよ」


「僕と?」


「うん。だめかな?」

「いや、そんなことはないけど」


 寂しそうな瞳を向けるみらいに、慌てて首を振るう。

 僕だってみらいと一緒にいたいと思う。だからだめなんてことがあるはずはない。

 ただみらいの目的が僕と一緒に過ごすことだなんて思ってもみなかった。


「それとね。もう一つ。いってみれば私は忘れ物をとりにきたんだ」

「忘れ物?」

「うん。この本さ、まだ完成してないっていったでしょ。先生に提出したあと、一真くんがいったの。女の子と男の子がいちど離ればなれになったら面白いよねって」

「ああ、うん。そのことは僕も覚えているよ」


 絵本の実物をみて、いろいろ当時のことを思い出していた。

 課題としては完成していたけれど、もう少しお話を続けたいなって思った。

 未来を救う方法をみつけて、めでたしめでたしだった物語。でもそこで二人が離ればなれになってしまって、そのあとは考えないまま終わってしまった。


「私が描いたこの本ね。二人がばらばらになったところまでは、もう描いてあるの。それでさ、私が考えた結末も決まっているの。でも、やっぱりこの本はもともとは一真くんが考えたお話だったじゃない。だからさ、一真くんにどうなるのか、決めてもらいたいなって」


 みらいが自分の本を開いて、僕の前に差し出してくる。

 そこには二人が笑顔で、でも違う道へ行く姿が、絵本のころよりも、ずっと上手くて可愛らしく描かれている。たぶん比較的最近描いたものなのだろう。


 みらいの言葉に、つい僕はこの先を考え始めていた。

 未来を救うために、力を合わせて旅をしていた二人。でも未来を救ったあとに、こうして二人が別れるということは、どういうことになるのだろうか。


「二人は、笑顔だね。だったら二人は自分たちの道を歩き始めたんじゃないかな。一緒にいた二人も、自分たちのやりたいことがあって、それぞれに向かって進んでいくんだ。たぶん二人には、それぞれの進むべき道があるんだと思う。だから二人は笑顔で別れを決めた。そんな風に見えるかな」


「一真くんもそういう風に見えるんだね。実は私もそうじゃないかなって思って描いたんだ」


 僕の言葉に同意して微笑むみらいは、でもどこか寂しそうにも見えた。


「それならその方向でいいのかもね。あ、でもさ。このお話は僕とみらいだけじゃなくて、梨央りおも一緒に作ったお話だから、梨央にも訊いてみた方が」


 この絵本はもともと三人で作った課題だ。だから僕とみらいの二人だけで決めてしまうのは、ちょっと梨央に悪い気がしていた。

 ここには僕とみらいしかいないのだから、仕方ないかもしれないけれど、やっぱり梨央を仲間はずれにするのは申し訳ないなと思う。


「ううん。大丈夫」


 でもみらいは首を振るう。


「私の世界で、ちゃんと梨央にも話はきいてみてるから。梨央はね。やっぱりそれまで一緒にいた二人は、最後にはまた一緒になって幸せに暮らすのがいいよって言ってたの。でも、私はなんだかそれがしっくりこなくて。だから一真くんの意見もきいてみたかったんだ」

「なるほど」


 そうか。そうだよね。と心の中でつぶやく。

 ついこの世界のことで考えてしまっていたけれど、向こうの世界では僕はいなくても他の人達はいるんだ。だったら梨央にはとっくに相談していて不思議ではない。


 向こうの世界には僕がいない。だからいつまでもこの絵本は完成していなかったのだろう。それゆえにみらいはこの世界に忘れ物をとりにきたといっていたのだ。

 そして僕は二人が離れて、それぞれの道を進むことを選んでいた。


 考えようによっては寂しい終わり方かもしれない。でも世界を救った二人が、こんどは自分のやりたいことに目指して進んでいくっていうのは、未来志向じゃないだろうか。

 世界のために尽くしてきた二人の本当の人生は、ここから始まるんだ。だったらそれは幸せな未来へ続いているのではないだろうかと思う。


「今までは先に知っていた未来に向かって旅をしていた二人が、こんどは先が見えない本当の未来へ向けて進んでいく。二人の人生は重ならずすれ違っていくかもしれないけれど、二人の絆が切れてしまった訳じゃない。ただ自分の人生を進んでいくだけなんだ。だったらこれは、ハッピーエンドじゃないかなって思う」

「うん。私もその方がしっくりくるよ。じゃあ梨央には悪いけど、この最後で決まりだね」


 みらいはにこやかにうなずいて、それからすぐに色鉛筆で物語の続きを描き始める。

 二人の優しくて、晴れやかな笑顔。


 そしてそれぞれの道に照らされた未来。

 うん。二人がすれ違うのはちょっと寂しいけど、これはこれでハッピーエンドじゃないかなって思う。


 女の子は成長して画家になったみたいで、絵を描いている姿が最後のイラストになっていた。

 そして男の子も成長して。あれ。

 男の子は格好いい青年へと変わっていた。でもその隣に、後ろで髪をくくった優しそうな笑顔の女性の姿も見える。


「この人は?」

「大きくなったら、やっぱり恋愛だってすると思うんだよね。でも二人が結ばれる最後じゃなくて、それぞれが違う人生を進んだっていう形を見せたかったの」


「なるほど。それなら女の子の方には彼氏は描かないの?」

「だって、それだと人多すぎでごちゃごちゃしちゃうもの。この子の特別な人生を進んでいる形にしたかったの。でもさ。二人だって完全に離ればなれになったわけじゃないんだよ。ほら、このここで女の子が描いている絵が、男の子の家に飾られているでしょ。それぞれの道を進んでいっても絆はずっと続いているよって、これで示したかったの」


 みらいは自分の書き上げた絵本に満足したようで、笑顔を僕へ、そして描き上げた本へと向けていた。


「これで私の目的は、また一つ叶いました。あとは」


 みらいは本を鞄の中にしまって、それから少しだけ前傾姿勢になりながら僕へと目をあわせてくる。


「一真くんと秋祭り、一緒にいられたら。それで私の目的はすべて叶っちゃうな」


 まっすぐに向けられた視線に、僕はどこか照れくさく思う。

 秋祭りまではあと少し。次の土曜日だ。

 そのときがくるのが待ち遠しいと思う。


「一緒にいられるの、楽しみにしているね」

「僕も楽しみだよ」


 みらいの言葉に僕もうなずく。

 不思議な旅をしているみらいだけれど、世界を救うだなんて目的はなくて、ささやかな願いを叶えにきているだけ。

 だったらその願いくらい、僕が叶えてあげたいと思った。

 一緒にいたいと思う。

 ただそう思う一方で、どこか胸の中に小さな痛みを感じていた。

 針で刺すような何かは、僕の心の中によくわからないしこりを残している。

 でもそれが何かと考える前に、みらいがため息と共に言葉を漏らした。


「あ、今日はもう終わりの時間みたい。残念」


 みらいが言うが早いか、同時にみらいの姿が少しずつ透き通って消え始めていく。

 まるで幽霊か何かのように消えていこうとしていた。


「え、みらいちゃん!?」

「大丈夫だよ。ただの時間ぎれだから。会いたくなっちゃって、本当は予定になかったのにこっちに来ちゃったから。一度こっちにきたあとに時間を開けないと、次にこっちにいられる時間は短くなっちゃうみたいなんだ。あ、でも大丈夫。まだ秋祭りまでは時間があるから、それまでは一真くんに会うの我慢するから。だから秋祭りの時はずっと一緒にいられるはずだよ」


 みらいは言いながらも、どんどんと体が薄くなっていく。


「じゃあ、また次の土曜日ね。楽しみにしてるね」


 そう告げると同時に、みらいの姿は僕からは見えなくなっていた。

 本の持つ魔法の力のせいだろうか。それともここまでの話は全部僕の妄想だったのだろうか。

 でもみらいは確かにここにいたと思う。いたはずだ。


 そうだ。カメラのシャッターを切ったはず。

 あわててカメラの画像を探してみる。


 そこにはみらいの姿がはっきりと映し出されていた。僕はほっと息を吐き出す。

 これなら妄想ではないはずだ。みらいは確かにここにいたんだ。


 でもみらいはこの世界の人間ではない。だからもしかしたら時間が経つにつれて、この世界にみらいがいた形跡を消してしまうのかもしれない。

 だとしたらこの画像も、いつかはみらいの姿は消えてしまうのかもしれない。


 それなら。

 僕はカメラを操作して、画像の情報にデータを入力していく。このカメラのもっているカメラメモ機能だ。


『未来と絵本の最後を決める』


 こうして情報として入力しておいたなら、何か残せているかもしれない。

 でも出来るなら、この時の記憶と共にみらいの姿を残しておきたいと思った。

 そして可能なら梨央にも見せたいなと思う。梨央だって会えるなら、みらいと会いたいはずだ。


『梨央にも意見を聞きたい』


 メモ書きに続きを入れる。

 みらいはああいっていたけれど、やっぱり梨央と三人で決めないと約束を守ったことにはならないんじゃないかとも思った。

 だから近いうちに出来るなら、梨央にも話を聞こうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る