24.秋祭り
土曜日を迎えていた。
あのあとはもうみらいと出会うことはなかった。
今日はみらいと秋祭りにいく約束をしている。
だけど何となく家を出る気がしなかった。
今日は
もちろんまだ待ち合わせの予定までは時間があって、出かけるには早すぎるというのもある。でも美術館デートの時は三十分前に到着していたことを思えば、出るのは遅くなっているとは思う。
みらいが消えてしまわないかと不安だった。この間のように急に姿を消してしまわないだろうか。あの事故の時と同じように、この世界から消えてしまわないだろうか。
そんな不安が僕の中を蝕んでいく。
みらいにもういちど会いたいとは思う。一緒にまわる秋祭りは、きっと楽しいだろうなって思う。
でもこの間に出会った時に急に消えてしまったみらいに、やっぱり別の世界の人間なんだと思い知らされた。
まだカメラの中の写真は消えてはいない。でも
誰かに見せてしまったら、それがきっかけでまたみらいの写真が消えてしまうんじゃないかとすら考えていた。
何の脈絡もない空想でしか過ぎなかったけれど、不思議な力でこの世界にやってきたみらいに、何が起きてもおかしくはないと思う。だから自分だけの大切な記録として残しておきたいと思った。
スマートフォンに転送した画像を確かめてみる。
いまも確かにみらいの姿が映し出されている。
一緒にいられた記録を残しておきたい。みらいの姿が消えないようにしたい。だから誰にも見せないんだ。誰が聴いている訳でもないのに、言い訳のように声には出さずにつぶやく。でもその気持ちの中に、みらいと出会えた奇跡を独り占めしたいという気持ちがなかったといえば、嘘になってしまうだろう。
待ち合わせ時間が少しずつ近づいてくる。
いまからいけば十分間に合うだろうが、もう少し遅くなれば遅刻しかねない。
何かどことない不安が僕を捉えていたけれど、さすがにみらいを待たせる訳にもいかなかった。
もともと僕は時間は守る方で、待つのは平気だけど、誰かを待たすのは嫌いだ。
みらいに嫌な気持ちをしてもらいたくない。だから僕は何か後ろ髪を引かれながらも、部屋を後にする。
「お兄ちゃん、出かけるの? 秋祭りいくんだ」
和歌がひょこりと自分の部屋から顔を出していた。
どうやら和歌もでかけるところらしい。
「うん。まあね。ちょっとね」
「へー。この間の人とまたデートするの? それとも梨央さんと約束しているのかな」
「……どっちだっていいだろ」
何となく言葉にするのがはばかられて、わざと質問には答えなかった。
「良くないよ。もしかしたら将来のお義姉さんになるかもしれないんだし、知っておきたいじゃん」
「いや。さすがにそれは気が早すぎだぞ」
「えー。だってお兄ちゃんのこと、好きになるような相手はもうこのあと一生出ないかもしれないじゃない。もう絶対手放しちゃだめだって」
和歌はにやにやしながら僕の顔をのぞき込むようにして見つめていた。
それではっきりわかった。こいつは僕をからかって楽しんでいるのだ。
まぁ実際僕は決してもてる方じゃないけど、さすがに一生誰にも相手されないほどではないとは思いたい。ないよね。
「出来るならそうしたいけどな」
ぶっきらぼうに言い放つと、ひらひらと手をふって玄関へと向かっていく。
背中から「いってらっしゃーい」と和歌の声がかけられていた。
そう。出来るなら、ずっと一緒にいたいとも思う。みらいと一緒にいられるなら、それは願ってもいないことだ。
でもみらいはこの世界の人間じゃない。
いつまでもずっと一緒にいることなんて、きっと出来ないのだろう。
目の前で消えてしまうみらいをみた時から、僕の心の中には不安がどこかくすぶっている。
僕はそれでも待ち合わせ場所へとゆっくりと向かっていた。この調子ならちょうど待ち合わせ時間につくだろう。
日もだいぶん沈み始めていた。秋風が肌をなでていく。さすがにこの時間ともなると肌寒さも感じる。
駅前へとたどり着くと、かなりの人でごった返していた。さすがに祭りがあるだけあって、普段よりもずいぶんと人が多い。
ちゃんとみらいを見つけられるかなとも思ったけれど、心配は杞憂ですぐに本を読みながら立っているみらいの姿が見えた。
もしかしたらだいぶん待たせてしまっていただろうか。
「ごめん。待ったかな?」
声をかけるとみらいが本から顔をあげて、笑顔を僕へと向けていた。
朗らかな笑顔に、何となく感じていた不安はあっという間に消えて、同時に胸の鼓動が早まるのを感じていた。
「うん。待ったよ。
みらいは言いながらも笑っていた。本気で怒っている様子はない。
「って、そもそもまだ時間前だけどね。私が早く来ただけだから、気にしないで」
「うん。でも待たせちゃったし」
「そだねぇ。この間はすごく早くきてたから、今日も早くくるかなって思ったんだけど。楽しみだったのは私だけだったのかなっ」
口元に意地悪な笑みを浮かべながら、僕の方をじっと見つめていた。
僕と会うのを楽しみにしていてくれたんだと心の中が少し温かくなる。
でも余計なことを考えなければ、僕だってみらいと会えるのを楽しみにしていた。一緒にいたいと思う。
「そんなことないよ。僕だって楽しみだったよ。ごめんね。待たせて」
「あはは。うん。ちょっと意地悪だったよね。私こそごめん。でも、ちょっとだけ言いたくなっちゃったんだ」
明るい笑顔を覗かせてながら笑うみらいは僕とは違って、特に不安を感じることはないようだった。
考えてみれば僕が勝手にいろいろ思い込んでいるだけだ。とにかく今はみらいと秋祭りを楽しむことを考えよう。
「うん。じゃあ、いこう」
僕の言葉にみらいはうなずいて、そして祭りの行われている通りの方へと歩き始めていた。
「一真くんは何食べる? 最初はちょっとお腹にたまるものがいいかなぁ。たこ焼きとか、やきそばとか。あ、お好み焼きもあるね。うーん、何にしよう」
みらいは並んでいる出店をあちこちと目移りしながら、何にするか悩んでいるようだった。
「あ、みてみて。一真くん、金魚すくいだって。いっかいやってみていい?」
「うん。いいよ。じゃあ僕もやろうかな」
最近はあまり金魚すくいはみない気がするから、ちょっと珍しい気がする。特に夏祭りでもないから、余計に珍しいように思う。
とりあえず二人分のお金を払って、僕からみらいにポイを渡す。
「あれ。一真くん、私の分も払ってくれたの。悪いよ」
「いいよ。これくらい。気になるなら次の時はみらいちゃんが払って」
「うん。そうする。あ、でもあんまり高いのはダメだからねっ」
みらいは明るく笑うと、すぐにポイを金魚へと向けていく。僕の答えなんて聴いちゃいない。
「てりゃっ」
変なかけ声と共にポイを思い切りすくい上げる。
当然あっという間に破れてしまって、金魚はまったくすくえていない。
「やぶれたー!?」
「そりゃそんなに力一杯ひきあげたらそうなるよ」
「えー。難しいなぁ。もう、君ももう少しがんばってよね」
ぶつぶつと言いながらも、自分の破けたポイをしかりつけていた。
ポイにいってもきいちゃくれないとは思うけど、まぁ本人が楽しそうだからいいことにしよう。
「じゃあ次は一真くんのお手並み拝見だ」
「わかった。みてて」
僕はまずは自分の体を前にだして、水面に少し影を作る。
そうすると少しずつ金魚が影によってくるので、そこをすばやくすくっておわんに移す。
この時なるべく抵抗感がない角度で侵入して、水につける時間を少なくするのがコツだ。
「ほら、こんな感じ」
さくっとすくった金魚を見せると、あきらかにみらいの目が輝いているのがわかる。
みらいってこんなにこどもっぽい感じだったっけと思うけれど、そういえば子供の頃にも似たようなことがあった気がする。
「すごいね。一真くんは変わらず金魚すくいが得意なんだね」
「そういえば昔も同じように金魚すくいしたことあったね」
「覚えてたんだ。うん、あの時も私は一匹もすくえなかったんだよね。それでムキになって何度もやる私をみかねて、かわりにすくってくれたんだよね」
それですこし納得がいった。みらいはあの時の未来と同じ瞳をしている。みらいはかつて過ぎてしまった時間をこうして思い出しているのだろう。
僕にとっては、失ってしまった未来がもういちど近くにいてくれる時間だった。でもみらいにとってみても、失ってしまった僕との思い出を取り戻す時間だったのだろう。
あの時は未来だけでなくて梨央も
みらいと一緒にいると、記憶が薄れていこうとしていた未来との思い出が補強されていくのを感じていた。
あの頃よりもずっと成長してしまったけれど、やっぱりみらいは未来なのだと思う。こうして過ごしていると強く感じ取っていた。
そのあとも金魚を数匹すくったけれど、さすがにもって歩けないので、すくった金魚はすべてお店に返した。
「次、どこいこっか。向こうの方でステージやってるみたいだから、そっちみてもいいかな。それとももうちょっと何か食べるかな。あ、私わたあめ食べたいな。はんぶんこして食べよ」
「わたあめか。甘いよね」
「そりゃわたあめだもの」
「甘いのそんなに得意じゃないんだよね」
「えー。いいじゃない。わたあめ美味しいけど、ぜんぶ食べるにはちょっと多いんだよね。だから、はんぶんこ。ねっ。いいでしょ?」
「まぁ、しょうがないな」
みらいにこうやって言われると仕方ないなと思ってしまう。
こんな風に可愛い女の子にねだられて断れる男なんていないよね。
「じゃあわたあめ。何がいいかな。すみっこかな。それともプリキュン?」
「その二択ならすみっこでお願いします」
「すみっこ可愛いもんね。じゃあおじさんこれください」
出店のおじさんから、キャラクターものの絵柄のわたあめを受け取っていた。
どういう意図できいていたのかわからないけど、とりあえず幼女向けアニメのプリキュンは年頃の男の子には、可愛すぎるのでやめてください。恥ずかしい。
「はい、どうぞ」
わたあめの袋からちぎって僕に差し出してくる。
受け取ろうとして手を伸ばすと、わたあめが遠ざけられる。
「違うよ。私が食べさせてあげるの。はい、あーん」
「いや、それはさすがに恥ずかしいのだけど」
「いいじゃない。こういう時くらい。ほら、あーん」
口元に差し出されるわたあめに、少し息を飲み込む。
周りで誰か見ていないだろうなとは思うけど、むしろ人が多すぎてわからない。
意を決してぱくりとみらいが差し出したわたあめにかぶりつく。
甘い。いろんな意味で甘い。
でも、こういう時間もいいかもしれない。今まで彼女とか出来たことがないから、女の子と二人でこんな風な時間を過ごしたことはなかった。
とても新鮮で、照れくさくて、でもどきどきと揺れる胸の鼓動を強く感じていた。
楽しいと思った。一緒にいられる時間を、かけがえなく感じていた。
この時までは。
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