Catch The Clouds 〜榛ノ木尾山(扇ツ平)・長尾ノ頭・六ツ石山・将門馬場・城山・水根山・鷹ノ巣山・高丸山・千本ツツジ...〜

早里 懐

第1話

誰しも子供の頃は無限の可能性を頭の中で思い描いていたはずだ。


例えば、人間は空を飛べるし、好きな場所に行ける扉もある。

更には、指先から光線だって放つことができる。


もちろん、雲なんてものはこの手で掴めるものだと私は強く信じていた。



しかし、成長の過程で様々な経験を重ねていくと、それらは単なる幻想であると思い知らされていく。


大人になるということは様々な可能性を捨てていくということなのかと感慨に耽る今日この頃。


私は雲取山に雲を掴みにきた。







雲取山とは日本百名山の中の一座で東京都最高峰の山だ。


ちなみに、今回はテント泊デビューである。


日本の首都の最高峰。

デビュー戦にはうってつけだ。



パッキングを終えたザックは重量が13キロになっていたため、登山口は鴨沢を考えていた。


しかし、いつもながらピークを多く踏んでおきたい病が発症してしまった。


地図を見ると奥多摩駅からのルートがあるではないか。


しかし、距離を考え断念した。


よって、第2案である水根登山口から登ることにしたのだ。


登り始めは車道を歩くことになるが、登山口を過ぎると突然急登が姿を現す。


テント泊装備のザックが私の両肩に重くのしかかった。


こんな重みは住宅ローンだけで十分だと思いつつも私は力を振り絞り急登を登り切った。


地図上のトオノクボというところからは景色がひらけなだらかな稜線歩きになった。


しかし、ほっとしたのも束の間、六ツ石山を越えて将門馬場の取り付きからは再び急登が待ち構えていた。


石尾根縦走路はピークを超えても更なるピークが顔を出す。

笠間アルプスの再来だ。


ここまで来るとテント泊装備を背負って水根から登ったことを少しばかり後悔した。


しかしながら、私には雲取山の頂上で雲を掴むという重大なミッションがあるのだ。

こんな所で負けてなどいられない。



水根山を越えると今度は鷹ノ巣山の取り付きに辿り着いた。

見上げんばかりの急登だった。


巻道もあるため鷹ノ巣山の頂上を踏むべきか悩んだが、結局は挑戦することにした。


結果、その挑戦は功を奏した。


なぜなら鷹ノ巣山の急登を登っている最中に日本最高峰の富士山がその姿を現したのだ。


その神々しい山体を拝んだことで感動のあまり、私の体を支配していた「疲れ」というネガティブな要素が浄化されていくのを感じた。


鷹ノ巣山は眺望が素晴らしい。


いつまでも眺めていたい衝動に駆られたが、まだまだ先が長い。

後ろ髪を引かれる思いで鷹ノ巣山の頂上を後にした。


その後は再度足に疲れが出始めたため巻道を利用することで、雲取山登頂への体力を温存しながら山歩きを楽しんだ。


程なく七ツ石山に辿り着いた。


ここからは一気に標高を下げることになる。


まるで今まで貯め込んだ貯金を切り崩すかのようだ。


しかし、ここからは素晴らしい眺望の稜線歩きとなる。


足に限界が近づいていたが、ゆっくりと景色を楽しみながら一歩一歩足を前に運ぶことで、ついに雲取山の山頂に辿り着くことができた。


日本の首都東京の最高峰だ。

素晴らしい眺めだ。


一歩一歩という言葉が山登りほど似合うアクティビティはないと私は思う。


本当に一歩一歩足を踏み出すことで遠くに見えていた山の頂に立つことができるのだ。


私はおもむろに空を見上げた。

しかし、この手で掴みたかった雲は山頂よりもさらに高くに存在していた。


手を伸ばさなくても届かないことは明らかだ。


私はそのゆっくりと流れる雲を見つめていた。



その後、雲取山荘を目指した。


山頂から少し下ると雲取山荘の赤い屋根が姿を現した。


テント場の料金を支払い念願であったマイホームを建てた。


練習の成果もあり無事に建てることができた。


その後は山荘前の広場で遅めの昼食をとり、テント内で少し横になった。


鳥の囀りや木々がなびく音を聞きながら、何も考えずにのんびりする時間はとても贅沢だった。


その後は晩御飯を調理し明日の下山を考え早めに就寝した。


疲れが溜まっていたのだろう。


気づいたら朝方の3時だった。


テントを打つ雨音で目を覚ました。


程なくして雨は止み、雨音は小鳥の囀りに変わった。


周りからは木々が軋む音も聞こえてきた。


山も目覚めたのだろう。



朝食を済ませテントを片付け鴨沢バス停に向けて下山した。


下山時は多くの登山者とすれ違った。


とても人気の山であることが伺える。


下山はあっという間だった。


私は無事に鴨沢バス停に到着した。


そこからはバスで水根まで行き帰路に着いた。



私は今回の山行で初めてのテント泊を楽しむことができた。


しかし、1番の目的であった雲取山の山頂で雲を掴むという夢は叶わなかった。


雲は雲取山の山頂より更に空高くに存在していたからだ。


しかし、挑戦に失敗は付きものだ。


また挑戦すればいい。



長旅を終えて家に着いた。


ヘトヘトだ。


玄関を開けると妻が出迎えてくれた。


無精髭姿の私を見るなりおかえりと声を掛けてくれた。


そんな妻に対して私は言った。


雲は掴めなかったと…。



そんなことは当たり前だと妻にコケにされると思ったが、思わぬ反応が返ってきた。


妻ははにかみながらこう言ったのだ。


私は子供の頃、工場の煙突から出てるのが雲だと思ってたよ…。




雲は工場でつくられる…。


私は思った。


子供の発想はやはり無限大だ。


私はその童心をいつまでも忘れずにいたい。


だって、その方が人生何倍も楽しいと思うから。

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