曾孫は魔法を使わない

木端みの

第1話 イノンとカセ

                                   

「これを旧校舎まで運んでくれ、イノン」

 大仰にのたまって、爺さ…老先生ボミがボクの前に置いた大きな箱。それはこの魔法世界に不似合いな物理的な重さのブツだった。

「いくらアンタが魔法嫌いだからって、魔法学校の生徒にこんな体力仕事させることないだろ。こんな箱一つ、旧校舎までなら初級呪文一つで一発じゃないか」

「こら、イノン。学校でそんな口を聞くもんじゃない。ここでは、生徒と先生なんだぞ」

 憎たらしい老人はそう吐き捨てると、突っ立ったままのボクに背を向け、煙管をぷかぷかふかし始めた。アンタがこの魔法学校の職員室で何と呼ばれているか知っているか?

 アナログ好きの無駄老師、だぜ。一世を風靡した大魔法使いが形無しだ。

 肩をすかし、ため息をついて、箱に手をかける。

「魔法は使わないのか?呪文で一発なんだろう?」

 背中越しだが、憎たらしい笑みが見えるようだ。

「魔法は、使えないんだ」

「はっはっは」

 輪っかになった煙管の煙に絡め取られる気がしたので、箱を抱え足早に職員室を出た。

 

 とはいえ、ボクもこの魔法世界で育った人間だ。この箱の物量は障害物でしかない。

「よう、イノン。困っているようだな。魔法試験主席のこのオレ、カセが助けてやってもいいんだぜ?」

 カセが一連のセリフを言い終わる前に、彼の前を通り過ぎようとした。

 だがいかんせん、この箱の謎の重さだ。いいんだぜ?の嫌なイントネーションのあたりで、道を塞がれる。爺さんがアナログ好きの無駄老師なら、コイツは魔法自慢好きの無駄ノッポだ。

「どけよ、カセ。邪魔だ」

「心外だな。オレは優等生として、出来損ないのイノンを心配しているんだ。世界を救ったとも言われるあの大魔法使いボミ老師の曾孫でありながら、魔法を使えないかわいそうなイノン。お前のことを…」

 優越感からなのか頬を少し上気させながらまくしたてるカセ。そんなヤツから一分一秒でも離れたい一心で、職員室のある2階から階段で一階に降り、正面玄関を出て、旧校舎に向かうため人気のない裏道を歩いていく。

 クラスメイトや先生たちは、ボクを魔法が使えない落ちこぼれだと言う。そんなボクがこの国一番の魔法学校に在籍できているのは、ボクが大魔法使いボミの血縁だからだ。

 みんながボクを落ちこぼれだと言いながら、バカにもできないでいるのには、そういう理由がある。

 そうやってボクは、ひとりぼっちになった。

「悪いな、イノン。お前を一人にはさせられない」

 急に手に持った箱が軽くなった。と同時に、自分に影が落ちる。カセがボクの目の前に立って、箱の半分を持っていた。逆光で見えないが、その表情は多分したり顔だ。

「めんどくさい」

「ありがとう、だろう。ここに来るのに、瞬間移動の魔法を使ったんだぜ。瞬間移動はマインドポイントを大量消費する。大いに感謝してくれよ」

 見えないが多分、鼻高々なんだろう。

「頼んでないよ」

「頼んでなくても、助けるのが友情だ」

「内申点のためだろ。もっと言えば、教師の中で唯一カセへの評価が低いボミ老師の好感度を上げるためじゃないか」

「何が悪い?得点を上げるついでに、人を幸せにして何が悪いんだ」

 キラキラと目を輝かせながら、鼻息を荒くするカセに、またため息が出た。なんでそんなに無駄に頑張るんだ、みんな。

 魔法が使えるのに魔法を避け、積極的に原始的な生活を好む老人。

 魔法が使えることを誇り、熱い気持ちで人に関わろうとする若者。

「そういうの苦手なんだ。疲れるから」

「魔法を使えないお前が精神力をためてどうするんだ。お前だって、魔法に使うマインドポイントが精神力だってことくらい知ってるんだろ?お前はマインドポイントを持ってたってしょうがないんだから、もっと心を尽くして一生懸命に生きるべきだ。世界に興味を持て。クラスメイトを楽しませ、友達をたくさん作れよ。お前はーー」

 魔法が使えないんだから。

 カセの一言と被るように、うるさい!とその大きな体を突き飛ばしていた。箱と一緒に。

 瞬間、箱がカセの鳩尾に食い込んだ。重いと言っても、人が押し潰されるような重さの箱ではない。ないはずだ。

「くっ、は…」 

 カセが必死で魔法を発動しようとするが、箱はびくともしない。カセはさっきの瞬間移動に大量のマインドポイントを消費していた。そうじゃないにしても。

 この重さの正体は、常軌を逸した魔法だ。このレベルの上級魔法を使えるのは、この世界で数えるほどしかいない。例えば、世界を救ったと言われる大魔法使い。

 どんどん悪くなるカセの顔色から視線を上げ、本校舎の方を睨む。

「ようやく気づいたか、かわいい曾孫よ」

 本校舎と旧校舎は数キロ離れている。その間に大きな木や建物がいくつもある。

 お互いの表情や言葉が読み取れる距離ではない。普通ならば。

 それが可能なのは、件の魔法使い。そして、その大魔法使いに匹敵する魔法を使いこなせる人間だけである。

「趣味が悪いよ、爺さん」

「大事なクラスメイトを騙しているお前に言われたくないわ」

 はっはっはと笑い、また口からぷかぷかと輪っかを飛ばす。その姿を見て、イノンは一際長いため息をついた。短い詠唱。旧校舎を光が包んだ。

 その何よりも優しく強い、圧倒的な魔法に包まれながら、箱の重圧から解放されたカセは意識を手放した。

「めんどくさい」

 使ってしまったマインドポイントを惜しむようにつぶやかれた言葉が耳に心地よかった。

 

 これは、後に再び世界を襲うことになる危機を救った【大魔法使いの曾孫】がその相棒と初めての友達になった日の話。

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