深淵はきっと鏡色

戦徒 常時

深淵はきっと鏡色

 鏡の色は何色なんだろう?そう思ったことはある?

 すべての光を反射するのに白くならないなんて、素敵だと思わない?




 私は、アリス。もちろん偽名。ネットに実名が出ると社会的に死んでしまうからね。

 まあ、私の場合、文字通りの意味でも死にかねない。


 私は今フランスにいる。でも、生まれはアフリカ。命からがら逃げてきちゃったから、出身国は不明。物心ついたときは、逃避行の真っ最中。いや、記憶違いかな。覚えている最古の記憶は、銀色の斧に写る私の顔。


 両親はアフリカ系。明るめの黒い肌。でも、私は生まれつき真っ白。髪の毛も肌の色も。アルビノだ。

 最初は母の浮気が疑われたみたい。でも長老が神の祝福のせいだから浮気じゃないぞと言ってくれたらしくて事なきを得た。まあ、ご利益がどうのとかで、村のみんなに撫でまわされたらしいけど。でも、その村が特殊なだけだった。


 私のうわさは、すぐに集落を越えて伝わっていった。人のうわさは鳥よりも早く飛ぶ。そのうちに近くの遊牧民が私を狙い始めた。なんでも腕や足を切り落として、お守りにでもするらしい。馬鹿言うんじゃない。仮に霊威があったって祟りこそすれ、守るはずがないじゃない。

 でも、どうしても欲しかったらしい。村では神でも、外では獲物でしかなかった。


 ある夜、月のない夜。5,6人の男が私を攫って行った。6歳のことだ。ぐっすり寝ていたから気づかなかった。目が覚めると知らない部屋にいた。男がいた。逃げ出そうとして、縛られていることに気付いた。さぞ手足が切りやすかろう縛り方。手慣れているのかもしれない。

 男は銀の斧を持っていた。もちろん、私の落とした物ではなかった。手足を落とす斧だった。そのはずだった。


 私の肌は斧を拒絶した。いや、反射した。衝撃は無かった。薄皮一枚切られなかった。斧は砕け散った。刃先が砕けながら、慣性に従って刃の全体が追撃をするが、何の重さも感じなかった。両断されたのは斧の方だった。

 私は逃げ出した。拘束も私の肌に拒まれた。走った。ひたすら走った。帰巣本能は本当にあるのだ。走る方向はなんとなく分かった。

 星明りに照らされて気づいた。私の肌はさらに白くなっていた。

 夜の中で、ほかの何よりも星を湛えていた。


 家に着いた。両親は死んでいた。いや、殺されていた。しかし、私には死を悼む暇はなかった。不幸を嘆く余裕もなかった。

 村のみんなは私の白さに驚いていた。神のご加護だともいった。村の守り神として護ってもらえることになった。はずだった。


 しかし、周辺部族の魔の手は何度も村を襲った。何人か死に、十数人が怪我をした。

 村の人達は私を匿いきれないと判断したらしい。私を売ろうとしていた。密かに聞いた。

 悲しかった、のだと思う。いや、そう思いたいだけかもしれない。私は村を後にした。肌が白くても殺されなところに。


 あの日から私の肌は、すべてを拒絶するようになった。砂漠を焼く灼熱の日差しもまったく気にならなかった。サソリの針も、ライフルの銃弾も、通さなかった。ダイヤのドリルも傷一つ付けられなかった。

 さすがに火あぶりにされれば死んでいただろう。でも私の体は白いことに価値があったから、分割ができないと知るや私を襲う輩は私を諦めた。


 私は十数度、私の狩人に捕まることを繰り返しながら、どうにかフランスまでたどり着いた。難民申請をしたら通った。この地でも、アフリカでは私のようなアルビノが狙われてしまうことは有名だったようだ。


 安息の地を得られた。言葉も流暢に話せるようになった。私をアフリカ系と思う人はいなかった。ここではアルビノのマドモアゼルとして扱われた。排外主義者もちらほら見かけたが、まさか私をアフリカ系とは思わかったようだ。私はここでも誰よりも白かった。





 しかし、人間の欲と言うものは際限がないのだろうか。私は恋ができなかった。私の肌はダイヤのドリルさえダメにしてしまうほどの硬さ。人肌を容易く傷つけてしまう。

 初恋だった。しかし、決して届かない恋である。彼との距離はゼロにならないし、白すぎる肌はここでも異質だった。


 いや、言い訳かもしれない。私は世界を拒んでいるのだ。いろいろと勉強するうちに知った。白はすべての光を乱反射するから、白いらしいのだ。あらゆる光が私の肌に触れるや否や拒まれる。厳密には可視光を跳ね返せば、人間の目には白く映るが、この肌はX線すら通さないらしい。おかげで健康診断を全うしたことは無い。


 さすがに実験する気はないが、電子レンジに入っても大丈夫かもしれない。

 ただただ、独りぼっちなのだ。

 私と世界の間に、すべてを拒む膜がある。きっとあのときからなのだろう。




 そうこうしているうちに、戦争が起きた。難民が押し寄せてきた。まあ、私も難民なんだけど。

 残念ながら知った顔を見かけてしまった。私を襲ったやつだった。男はにやりと笑った、気がした。


 でも杞憂だった。ここではお守りに大枚をはたくほどの財産を持つ者はいなかった。私の腕を高値で買うやつはいないのだろう。私の体に商品価値は無かった。一安心だ。今のところは。

 でも、と思ってしまう。このままアフリカ系難民が増え続けるなら、私の身は果たして安全であり続けるだろうか?いつか私の体には、リスクと見合うだけの値札が付くのだろう。またしても私は居場所を失うのかもしれない。その恐怖は消えなかった。




 でも杞憂だった。核はすべてを吹き飛ばした。気づいたら光っていたから、世界のことはよくわからないけど、核保有国に核が降るなんて、最終戦争以外にありうるだろうか。あらゆる核兵器が行使されたのだろう。

 肌は熱も光も風も通さなかった。黒い雨が降った。白い雲が遠くに見えた。私の方が白かった。

 無人の荒野を行く。障害物は消し飛んだ。あ、凱旋門の名残はある。


 そして多分人類は死に絶えた。

 なぜ分かったか、それは私の肌が浅黒いから。拒絶の城は役目を終えた。あれは対人防具だったんだろう。でなければ、致死量の放射線が吹きすさぶ旧市街で消えたりするはずがない。


 人の手ってこんなにあったかかったんだ。私の手は父と母の手によく似ていた気が舌。鏡を探さなきゃ。懐かしい顔を見ておかないと、あっちで探すときに苦労する。そういえば両親が死んだのは私の年の頃だっけ?ますます見ておこう。


 見つけた、鏡色。

 私の顔はきれいな黒だった。セピア色の面影に命が吹き込まれていく。

 涙に色はついてないこと。それだけが意外だった。

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深淵はきっと鏡色 戦徒 常時 @saint-joji

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