第41話

 アルウェンドラがパラテラ鉱山の調査に行くのと同時に闇の神の社の建築が始まった。


「社の建築か。なんだかワクワクするな」


 セイルはいつになく興奮していた。まさか自分で神の社を建てるとは夢にも思っていなかったからだ。


 通常、祠や社を建てる場合、普通の建築工事よりも時間がかかる。土地を浄化したり、建築資材一つ一つに祝福の聖句を捧げたりとかなりやることが多い。


 だが、ここは神域。使用する資材は神樹である。浄化をしたり部材に神の気を注入する必要などはなく、通常の工事よりもかなり時間を短くできる。


 ただし、簡略できない部分もある。それが『神降し』だ。


 神降しとはその名前の通り社に神を降ろす儀式である。神殿の神官が神と対話し、神の力を社に降ろす。これが神降しの儀式である。


 今回の場合は闇の神だ。闇の神を現す紋章や装飾品、ご神体となる物を用意し、神を降ろす準備もしなくてはならない。


 そんなこんなで社の建築はとても手間がかかる。だからこそこういう時の神頼みである。せっかく風の神シルフィールがいるのだから、神に頼んで準備してもらえば手間が省けるというものだ。


「神使いが荒いのでは?」

「まあまあ、闇の神のためですから」


 闇の神。秩序の六大神の一柱であるが、いつの頃からか邪神と同一視され人々から忌避される存在となってしまった悲しい神だ。


 もちろん邪神などではない。闇の神は確かに不吉なものもつかさどる神ではあるが、月や星の精霊を眷属に持つ普通の神である。それに闇の神は夜を司る神でもあり、闇の神に祈れば不眠症が治り、月のように美しく、星のように魅力的になれると言われているのだ。祈るだけで美容に良いと言う女性にとっては素晴らしい神さまなのだが、今では嫌われ者である。


 そんな闇の神の社をトート村に建てる。そして、その神の力を使いセレスティアラの呪いを解く。


 という方向で着々と建築が進んでいたのだが。


「……闇の神です」


 闇の神が入村希望者として突然現れた。本当に突然、トート村に現れたのだ。


「募集チラシを見てきました……。へへへ」


 闇の神は小さかった。年齢的に五歳児ぐらいの背丈だ。見た目は全身真っ黒で、長い髪も目も衣服も黒く、白いのはその肌だけだった。


「シェイド、少し見ない間に小さくなりましたね」

「あ、ああ、シルフィール。久しぶりぃ、へへ……」


 神の少しがどれぐらいの期間なのかわからないが、どうやら二柱の神は久しぶりの再会のようだ。


「し、信仰心が減っちゃって、ちっちゃくなっちゃったんだ。にへへ」

「相変わらず陰気ですね」

「や、やや、闇、だからね。うん」


 突然現れた闇の神だったが、とりあえず他の入村者と同じように面接を行うことにした。面接官はセイルとシルフィールとリフィだ。


「や、闇の神です。秩序の六大神の一柱です。神様です、にひひ……」


 闇の神は見るからに弱っていた。長い間、人々の信仰心を得られなかった影響なのだろう。


「なんか、覇気も威厳もありませんね」

「仕方ありませんよ、嫌われ者ですから」

「シルフィール様、それは言い過ぎなのでは」

「へ、へへへ。ごめんねぇ」

「なんでシェイド様が謝るんですか……」


 とりあえず形だけ面接をしたが、結果は言うまでもなく合格。問題なしで入村決定である。


「しかし、大丈夫なのですか? かなり力が弱まっているようですが」

「そ、そうなんだぁ。困ったなぁ……」


 セイルの心配をよそに闇の神は弱っているようだが深刻さはなくどこかのん気だった。


「こ、ここ、いいとこだね。あ、あれってぼ、ボクの社? へへ、えへへ。嬉しい……」


 とりあえず村を案内することにしたが、闇の神シェイドは飛んで移動することもできないほど弱っているようだった。シェイドはセイルの後ろをぴょこぴょこと歩いてついてきたがその歩みは遅く、本当に五歳児のような状態だった。


「私が背負って行きましょうか?」


 とリフィが提案した。しかし、シェイドはそれを断った。


「だ、ダメだよぉ。呪われるかもしれないし」


 闇の神は闇を司る神である。世界の闇の部分、暗い陰の部分を一手に率いる神なのだ。


「あ、でもいい人いる。あそこの、暗そうな人」


 そう言ってシェイドが指さしたのはロイエンだった。少し前にこの村に移住した男で、妻の浮気や何やらで精神的に深い傷を負った傷心の男である。


「えーと、私が闇の神様のお世話をすればよいのですか?」

「そ、そうだよ。よ、よよ、よろしくねぇ……」


 ということでロイエンが闇の神シェイドの世話係となった。どうやらロイエンの陰鬱な気が気に入ったようで、シェイドはロイエンにおんぶされて移動することとなった。


「わ、わぁ、ボクの社だ。嬉しいなぁ、えへ、へへへへ……」


 建築途中の社を見てシェイドは陰気に笑っている。なんとなく不気味ではあるが喜びは伝わってくる。


「ぼ、ボク、がんばるね。がんばる、うん」


 こうして社が完成する前にシェイドが村に移住してきた。そして、社の建築にシェイドも加わり、本格的な闇の社の建築が始まった。


「うー……」

「こ、こんにちわぁ。キミ、すごい呪われてるねぇ……」


 シェイドが移住してしばらくしてからシェイドにセレスティアラを紹介した。シェイドは彼女の姿を見るとすぐに彼女の呪いに気が付いたようで、興味深そうにシェイドはセレスティアラを見つめていた。


「シェイド様、彼女の呪いを解いてほしいのですが……」

「えー? うーん、無理かなぁ。ボク、よわよわだし」


 どうやら無理らしい。長い間、信仰心を集められず力が弱まってしまった今のシェイドにはセレスティアラの呪いを解くのは不可能なようだ。


「なら、神祖様の力を」

「あー、ここにある力? ごめんねぇ、たぶん、今のボクだと、耐えられないと思う……」

 

 本当にシェイドは弱っているようだ。神祖の力を注ぎこまれると消滅してしまうほどに衰弱しているらしい。


「あ、でも、この子がボクと契約すれば悪い呪いを良い呪いに変えることはできるよ」

「良い呪い?」

「うん、良い呪い」


 良い呪いとは一体何なのかをシェイドは説明してくれた。


「祝福と呪いって言うのは同じ物なんだ。相手に良い影響を与えるのが祝福、悪い影響を与えるのが呪いって呼ばれてるだけで」


 とシェイドは説明してくれた。


「さあみんな、おいでおいで。みんな呪ってあげるよ……」


 とりあえずキミ、というようにシェイドはロイエンを手軽に呪う。


「な、なにを。一体どんな」

「ちょっと幸せになる呪いだよぉ。ちょっと幸せになったら消えるから大丈夫」


 シェイドはにひにひと楽しそうに笑う。


「さ、さあ。次はキミだよ」

「おー……」


 シェイドはロイエンの背中から下りると、セレスティアラにしゃがむようにお願いし、しゃがんだセレスティアラの額にシェイドは口づけをする。これで契約完了である。


「……どうですか?」

「できたよぉ。祝福を呪いに、呪いを祝福に。ボクは、呪いの神様だからね」


 成功、したらしい。特にセレスティアラに変化は見られなかったが、シェイドが言うならできたのだろう。


「なになに? なにしてるの?」


 シェイドとセレスティアラとの契約が完了してすぐ、そのタイミングを見計らっていたかのようにミラリエスがふわりと飛んで現れた。


「あー、吸血鬼だぁ。やっほー」

「やっほー、って、これ誰?」

「闇の神様だよぉ」


 ミラリエスはシェイドを興味深げに眺めまわす。


「強いの?」

「弱いよぉ。ザコザコの雑魚だよぉ」

「そうなんだ」

「そうなんだぁ、へへへ……」


 じっくりとシェイドを眺めまわしたミラリエスはあろうことか神様を両手でひょいっと抱え上げた。


「一緒に遊ぼう!」

「いいよぉ、誰を呪う?」


 何やら物騒なことを言っているが、どうやらシェイドとミラリエスは仲良くなりそうな雰囲気だった。


 それもそのはずで、吸血鬼は闇の神の祝福を受けた種族である。なのでとても相性がいいのだ。


「さあ、世界を呪おう」

「のろおー!」


 こうして闇の神シェイドが仲間入りを果たした。


「じゃあまずコータローを呪ってみて!」

「いいよぉ」

「うひゃう!?」


 そして幸多郎の悩みの種がまた一つ増えたのだった。

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敗北引退勇者(弱)、最後の旅に出る。 甘栗ののね @nononem

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