第40話
バリガンが村にやって来た。どうやらアルウェンドラの幻惑魔法を突破してきたようだ。
「少年、キミがこの村の長だな」
「あ、はい。よく、わかりましたね」
「わかるさ。私はバリガンだからな」
一目見て、一言言葉を交わして、セイルはバリガンがどんな人間なのか大体わかってしまった。
変わり者。やはりS級冒険者だな、とセイルは実感していた。
セイルはバリガンを見上げる。子供姿のセイルはなのだから当たり前と言えば当たり前だが、それにしてもバリガンは見上げるほどにでかかった。
バリガンはオークとまではいかなくとも明らかにティティアより身長も高く、腕や脚も太い。胸板や腹筋は鉄板のように分厚い。顔もなんだか人間と言うより獅子と言ったいかつい顔立ちで、その長く白い髪もどこか獅子のタテガミのようにも見える。
「さて、あのドラゴンはどこかな? 一手手合わせ願いたいのだが」
「あー、遠慮していただけると」
「いや、ダメだ。私はドラゴンと闘いたいんだ」
戦闘狂。というのとは若干違うようではあるが、バリガンは闘うことが好きなようだ。
さて、その相手に名指しされているリダはと言うと。
「生憎と行方不明でして……」
どうやらリダはバリガンの気配を察知して逃げ出したようだ。
「ぬう、ならば他のドラゴンを用意してくれ」
「そう言われても、そんなにすぐには……」
無茶苦茶である。そんなものすぐに用意できるわけがない。
「私はドラゴンと闘うためにここに来たんだ。それを果たせるまで帰るわけにはいかん」
帰ってくれ、とは言えなかった。S級冒険者を無理に追い出したらとでどうなるかわからない。まあ、話してみた感じでは思ったよりも常識がありそうは風ではあるが、なるべく機嫌を損ねないほうが無難だろう。
「あの、村長様。お取込みのところ申し訳ありませんが。少々お話が」
セイルとバリガンが話をしているところにニニがやって来た。どうやら何か頼み事でもあるようだ。
「なかなか良い体格をしているな」
バリガンがセイルたちのところへ来たニニに興味を示す。バリガンも高身長だがニニのほうが頭半分ほど背が高い。
「彼女はニニ。南の大陸に住むオークと言う種族の女性で、ここに移住してきた一族の長でもあります」
「ニニと申します」
「ニニ、こちらはS級冒険者のバリガンさんだ」
「S級冒険者? 確かこの大陸の冒険者ギルドと言う組織の中でも上位の実力者の方、でしたね?」
「ああ、そうだよ」
「ということは、お強いのですね……」
ニニの目がギラリと光る。
「ああ、それでニニ。話と言うのは」
「忘れました」
「え?」
「他に用事が出来ましたので」
ニニの目を見たバリガンはニヤリと笑う。
「女を殴る趣味はないが?」
「オークに男も女もありません。強い者が正義ですわ」
セイルは二人を見上げながら何やら不穏な空気を感じて冷や汗を流す。
「村長様。少々騒がしくなると思いますが、ご容赦ください」
ニニとバリガンが見つめ合っている。両者の間に何か合意ができたようだ。
「……心優しくて穏やか、なのか?」
ニニとバリガンが連れ立ってどこかへ向かっていった。おそらく村の邪魔にならないように人気のない場所へと向かったのだろう。
それからしばらくして村からかなり離れた場所から爆発音が聞こえて来た。それも一度ではなく何度もである。
「やり合ってますね」
「大丈夫、なんだよな?」
バリガンは石でドラゴンの翼を貫くような非常識な強さを持つ男だ。ニニはそんな相手と闘っているようだが、セイルは少々ではなくかなり不安だった。
そんなセイルの心配をよそに、その爆発音は日が暮れるまで続いた。というか日が暮れても続いていた。
「眠れませんよ!」
夜中まで響く爆発音に眠りを妨げられたリフィは苦情を言いに行こうと息巻くが、ドラゴンを素手で倒す人間とそれと渡り合っているであろうオークの間に割って入る気にはなれなかった。巻き込まれたら確実に死ぬだろう。
このまま眠れないのか、と諦めかけていたセイルたちだったが、月が空の一番高いところに昇りきる頃に戦闘音がピタリと止まった。どうやら闘いは終わったようだ。
さて勝者はどちらか、と気になったセイルたちは二人が戻ってくるまで待った。
「引き分けだ」
バリガンが満足した顔で戻って来た。その姿はかなりボロボロだったが機嫌は良さそうである。
そんなバリガンと共に戻って来たニニも傷だらけだった。そしてこちらもバリガンと同じようにとても満足そうだった。
「いい運動になりました」
と言ってニニは満面の笑みを浮かべていた。
「……魔境なのか? 南大陸は」
ドラゴンを素手で倒す男と引き分けた女オークのニニ。そんな彼女の一族が縄張り争いで負ける。南大陸と言うのは一体どんな場所なのか。
絶対に行きたくない。セイルは晴れやかに笑うバリガンとニニを見て切実にそう思うのだった。
「また来る。その時はドラゴンを用意しておいてくれ」
翌朝、バリガンはそう言い残して村を去っていった。そして、それと入れ替わるように入村希望者が一人現れた。
「ロイエンだ……」
現れたのはやつれた顔の男性だった。年齢はおそらく子供になる前のセイルよりも少し年上ぐらいだろう。
面接を行ったのはセイルとリフィとシルフィールだった。
「冒険者をしている。いや、していた、か……」
ロイエンと名乗った男は疲れ切っているというか、まるで抜け殻のようだった。そして、抜け殻のようになっても仕方ない境遇だった。
「家に帰ると、男がいたんだ。俺の家に……」
ロイエンは冒険者だった。彼はそろそろ引退しようと考えていた。体力的にもきつくなってきたし、お金もたまったので妻と息子と一緒にどこかに店でも開いて穏やかに暮らそうと考えていたようだ。
そんなロイエンが依頼を終えて家に帰ると男がいた。ロイエンが座るはずの席で男が妻と息子と一緒に食事をしていたのだ。
ロイエンの妻は不倫していた。冒険者であるロイエンが家を空けている間に男を連れ込んでいたのである。
それを見たロイエンは激怒して男に殴りかかった。男は吹き飛ばされ壁にぶつかりその場に座り込んだ。
頭に血が上っていたロイエンはさらに男に殴りかかろうとした。けれど、そんなロイエンの間に妻が割って入り、あろうことか浮気相手を庇ったのだ。
そして、妻だけでなく息子まで浮気相手を庇った。
「パパをいじめるな!」
何が起こっているのかわからなかった。呆然とするロイエンに向かって彼の息子はさらに追い打ちをかけた。
「パパは一緒にいてくれるんだ! 遊んでくれるんだ! パパをいじめる奴はぼくが許さない!」
ロイエンは悟った。妻と息子の姿を見て愕然とした。
ここに自分の居場所はない。それを理解してしまったのだ。
それからのことはあまり覚えていない。ロイエンはそのまま家を出てふらふらと当てもなく歩き続け、気が付いたら祠の前にいたという。
そして、祠に祈った。どこか知らない場所へ行きたいと、ロイエンは祈ったのだ。
というのがロイエンが村にやって来た理由である。それを聞いたセイルは返す言葉が見つからなかった。
「セイルさん、この人のこのままにしておくの不味くないですか?」
リフィの言うとおりロイエンは放っておける状態ではなかった。おそらくこのまま放置しておいたら自ら命を絶つのではと不安になるのどだ。
「理由はわかりました。ここに移住するかはあとでいいので、しばらくここで休養していってください。今は何も考えずゆっくりして、元気になってからこれからのことを考えましょう」
と言うことでロイエンが村で療養することとなった。
「……元気になるといいですね」
人生いろいろである。とにかくロイエンには元気になって欲しい。
本当に元気になって欲しいものである。
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