第39話
アルウェンドラがパラテラ鉱山の調査に向かった。セイルはいつも通り村のためにせっせと働いていた。
その仕事の中には住民の世話もある。移住してきた者たちから話を聞き、何か要望があれば対応するためだ。
「不勉強ですまない。オークについてのことを教えてくれるか?」
村に移住したオークたちのリーダーであるニニ。彼女はオークの中ではかなり小柄であるが、どうやらその集団の中では最強らしい。
セイルは彼女からオークについてのことをいろいろと教えてもらった。
オークは南大陸に住む亜人種のひとつであり、南大陸では少数種族らしい。エルフたちの戦争で荒廃した大陸にわずかに残る森で暮らしていたが、縄張り争いに負けてニニの一族は荒野を放浪していたようだ。
そんなオークたちは見事に立派な体をしている。不毛の大地を放浪していたにしては肉付きが非常にいい。というのもオークは雑食で、土や石も食べることができるようだ。そのおかげで不毛の大地でも生き抜くことができた。
ただ、生き抜くことは出来たが数を増やすことは出来なかった。やはり定住して生活を安定させなければ子供を増やすのは難しいらしい。オークの妊娠期間は人間とほぼ同じらしく、放浪生活の中では妊婦を抱えて移動するのは危険で、子供が生まれたとしても無事に育て上げることは難しい。
しかもどうやらオークは危険な状況になると妊娠しなくなるらしい。種族を増やすよりも身を守ることを優先するようにできているのだろう。森を追いやられ過酷な荒野での放浪生活の中では子供を産み育てることができなかったのだ。
その証拠に移住してきたオークの中には子供はいなかった。それに加えて老人も見当たらなかった。それほど過酷な環境に身を置いていたのだろう。
「ここでなら落ち着いて子供を育てられます。ありがとうございます、村長様」
とニニから感謝の言葉をもらった。それはとても嬉しいことだが、しかし、少しだけ気になることがある。
「村長、でいいのかな。俺が」
村長、と呼ばれることにセイルは少しばかり抵抗があった。いろいろと彼なりに思うところがあるのだろう。
ただしそれはセイルだけだ。周囲の者はセイルを村長として扱っているのだが、どうにもセイルはそれが居心地悪かった。
セイルは自分の年齢のことを気にしていた。中身は32歳だが見た目は10歳児。そんな子供が村長と言うのはやはり無理があるのでは、と心配しているのだ。
村長と言うのは皆から慕われ尊敬される年長者のことだ。とセイルは考えている。確かにセイルの精神年齢は32歳だが、見た目が幼すぎる。もし今後森の外の者たちと関わることになったとしたら、10歳の村長では相手に侮られるのではとそんなことを考えているのだ。
まあ、実際は杞憂である。セイルが10歳であっても周りの人間が村長と認めているならセイルが村長なのだ。S級冒険者や上位勇者、神やドラゴンや吸血鬼がセイルを村長と認めていれば誰も文句など言えないのである。
文句を言ったらきっと力で潰されるのだから、誰も文句など言えるわけがないのだ。
「オークたちは俺が村長だということに納得しているのか?」
オークの話を聞いていたセイルはふとそんな質問をニニに投げかけた。その質問にニニは少しばかりきょとんとしていたが、すぐににっこりと笑ってこう答えた。
「納得しない者がいたら黙らせるので問題ありませんよ」
「そ、そうか……」
怖い。なんとなくおっとりとしていて優しそうなニニだがどうやら中身はかなり武闘派のようだ。
「それにここにいる皆さんの様子を見ればあなたがここの長であることは一目でわかります。自信を持ってください」
自信を持て。自分でもそう思っている。けれどセイルはなんとなく自信を持てないでいた。
自信。それはセイルが勇者だった時もそうだった。セイルはいつもどこか不安で、勇者としての自信を持てないでいた。
今もそうだ。この森の主でこの村の長だと皆から認められているのだが、本当に自分がその立場にふさわしいのかとセイルは不安だった。
「そんなことより村長。私たちに仕事をください」
そんなことより。どうやらニニにはセイルの悩みなどどうでもいいのだろう。
「いや、それはもうしばらく後でいい。もう少し落ち着いてから」
「何を言っているのですか? 働かぬ者には死を、役立たずには制裁を。それが我々オークの掟です。休んでいる暇はないのです」
ずいぶんと恐ろしい掟があるんだな、とセイルは少しばかり引いてしまった。けれど、ニニ達の気持ちもなんとなくわかる。おそらくこの村に早く馴染みたいのだろう。ただ食って寝てでは居心地が悪いのかもしれない。
「わかった。ライラと相談して何とかするよ」
「ありがとうございます、村長様。我々オーク、誠心誠意血反吐を吐いて息絶えるまで働かせていただきます」
ニニはにこにこ笑っている。なんとなくその笑顔が不気味で、優しそうな顔をしているのにセイルは寒気を覚えていた。
「怠け者には死を、です」
オークをまとめ上げるにはこれぐらい過激でなければならないのだろうか、とセイルはニニを見上げながらそんなことを思っていた。
その後、セイルはライラと相談し、オークたちには獣人たちと協力して農地の整備や水路や貯水池の工事を担当してもらうことにした。見た目通りオークたちは力持ちで、土木工事以外の力仕事も彼らに任せることにした。
さて、オーク以外にも新たな住人が増えている。その対応もセイルの仕事である。
「にー……」
「なんと言っているんだ?」
「いい天気だね、って言ってる」
セレスティアラ。彼女もこの村に住むことが決まった。というか彼女を外に出すのは危険すぎると判断して半強制的にここに留まってもらうことにした。
「あー、なにか要望はないか? 何でも言ってくれ」
「なー……」
「特にないって」
「それが一番困るんだが……」
セイルはミラリエスに通訳をしてもらいセレスティアラと会話している。理由はわからないがミラリエスはセレスティアラの言葉がわかるようだ。というかミラリエスしか彼女の言葉を理解できない。
「のー……」
「なんて言ってるんだ?」
「気にしなくていいって」
セレスティアラは地面に座ったままぼんやりと空を見上げている。というかずっとそれしかしていない。
彼女は眠らない。食事もしない。排泄もしていないようで、朝も昼も夜も何もせずにずっと空を眺めていた。
まるで勇者だがセレスティアラは勇者ではない。アルウェンドラの見立てでは彼女にかけられた呪いの影響だということだ。
セレスティアラにかけられた呪い。それは呪いを集める呪いだ。人の持つ負の感情、怒りや憎しみや妬みや嫉みなどの感情を集積する呪いだと言う。
それ以外にもいくつもの魔法がかけられており、それらが複雑に合わさっているため完全な解除にはかなりの時間がかかるようだ。
とりあえずアルウェンドラが言うにはセレスティアラの呪いを封印させることには成功したようだ。その封印が解けない限りセレスティアラが誰かを呪い殺すことはない、とアルウェンドラは言っていた。
今はその言葉を信じよう。
しかし、とセイルは疑問を抱く。
「一体だれが誘導したんだ?」
セレスティアラは危険人物だ。そこに存在しているだけで人が死んでいくとんでもない存在だ。
なので監視していた。冒険者ギルドが主体となり彼女の居所を常に把握し、彼女を魔法で誘導して被害を出さないようにしていた。
そんなセレスティアラが森の近くに現れた。ということは何者かが神樹の森の調査拠点に彼女を誘導したと言うことになる。
そして、その何者かにアルウェンドラは心当たりがあるらしい。セレスティアラの呪いを解除している際にアルウェンドラは見つけていた。
セレスティアラをここに誘導した魔法。それはセレスティアラをアルウェンドラのもとへ導く魔法だった。セレスティアラがアルウェンドラのところへ向かうように魔法が仕込まれていたのだ。
その魔法にアルウェンドラは心当たりがあった。仕込まれていた魔法の術式の構築にある人物独特のクセを発見したらしい。
それが『死呪法師グリンドゥ』という人物らしい。その名前にセイルは全く心当たりがなかった。リフィたちに聞いても知らないという話だった。
それもそのはずでそのグリンドゥという人物はすでに死んでいるらしい。しかも200年以上も前にである。
さて、これはどういうことなのか。いろいろとわからないことだらけである。
ただ、わかることはある。
「ねえ、ずっと空見てるけど何か見えるの?」
「なー……」
「空が珍しいの?」
「うーらー……」
「よくわかんないけど楽しそうだね!」
セレスティアラが何者なのかは正直わからない。彼女の過去についてはまったく知られていない。まるでこの世界に突然現れたかのように、彼女の名前が知れ渡る以前の情報が何もないのだ。
けれど、きっと辛かっただろう。呪いをかけられ言葉を奪われて人を殺す道具のように扱われてきたのだ。
「ミラリエス、仲良くしてやってくれ」
「仲良しだよ?」
「おー……」
ここで静かに幸せに暮らして欲しい。彼女のことを何も知らないセイルだったが、ミラリエスと並んで座って空を見上げるセレスティアラを眺めながら、セイルは彼女の幸せを心の底から願っていた。
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