第38話

 神樹の森の夜は明るい。神の力を帯びた神樹の幹や葉がうっすらと発光しているおかげで、夜でも明かりを持たずに歩くことができる。


 空には月が昇っている。ほぼ満月に近い月だ。あと三日もすればまん丸の月を拝むことができるだろう。


「呼び出してすまんな。子供には辛い時間じゃろうに」

「いや、子供じゃない」

「体は子供じゃ。無理はするな」


 夜中、セイルはアルウェンドラに呼び出された。何か話があるようだ。

 

 呼び出された場所は村の外れにあるまだ未開発の場所だった。そして、そこにはシルフィールとライラの姿もあった。


「実はな、社を建てようと思うんじゃ」


 皆が集まったことを確認したアルウェンドラはそんなことを言い出した。


「まあ、いずれは建てようとは思っていたが。で、何の社を?」

「闇の神じゃ」


 アルウェンドラは真面目な顔をしている。いつもと違い真剣そのものだ。


「わかった。それで、どこに建てるんだ?」

「……お主、抵抗はないのか?」

「ん? なんでだ?」


 あっさりと自分の要望を聞き入れたセイルにアルウェンドラは驚いた顔をしていた。そんなアルウェンドラを見てシルフィールは彼女がなぜ驚いているかを説明するように話し始める。


「セイル。闇の神は邪神と同一視されていることは知っていますね?」

「ああ。だがあんなものはデタラメだろう? 確かに闇の神が司る物は普通の人間にとっては恐ろしく感じる物だが、邪神は邪神、闇の神は闇の神だ」


 セイルは空を見上げる。明るく大きな月が昇っているのが見える。


「そう、同じ物ではない。じゃが、それを理解している人間がどれだけいるか」

「そうですね。今、この時代の人間は闇の神をほとんど信仰していません。六大神の神殿と言いながら闇の神を除いた五柱しか祀っていない場所もあります。祀ってあったとしても、人はあまり寄り付かず、敬われていないのが現状でしょう」


 闇の神。その名の通り闇を司る神である。そんな闇の神を象徴するのは夜や月や星、そして病や血や死だ。闇の神が従える眷属たちもそれらを象徴する者たちばかりだ。


 それらを司る闇の神とかつて世界を破滅に導こうとしていた邪神をいつの頃からか同じ物と見る者たちが現れた。その者たちの影響で今では闇の神はあまり信仰されておらず、その眷属たちを祀る祠もほとんどない。セイルも長い間大陸中を巡っているが、闇の神やその眷属を祀る祠を見たのは片手で数えられるほどだった。


 しかし、セイルは特に闇の神に悪い印象を持ってはいない。確かに闇の神が司る物は恐ろしい物もあるが、それはどれも当たり前の物である。


「セレスティアラにかけられている呪いが少々厄介でな。どうにかするには闇の神の力が必要なのじゃ」

「なるほど。ならすぐにでも用意しよう」

「しかしのう。本当に良いのか?」


 さて、アルウェンドラは何を躊躇っているのかとセイルは疑問に思う。躊躇など必要ないとは思うのだが。


「闇の神は印象が悪い。お主が言った通り邪神と同一視する風もある。そんな神を祀っていると知れたら移住者が減るのではないのか?」


 ああ、なるほど。とセイルは納得する。アルウェンドラは村の今後のことを考えてくれていたのだ。


「問題ないだろう。心配なら六大神すべてを祀ればいい。なんなら十三魔神も祀っておけば、ここはそう言う場所なんだと納得してもらえるんじゃないか?」


 そう。何も祀る神は一柱だけという決まりはない。ここは神祖の力が満ちている神域。ならすべての神を祀っていても問題はないはずだ。


「お主、また縁を増やすつもりか?」

「今更だろう? ひとつやふたつ増えても問題ないさ」

「問題あると思うんじゃがなぁ……」


 普通ではない。普通ではないが、セイルの存在自体が普通ではないので何とも言えない。おそらく神祖の力を与えられている人間はこの世界にセイルぐらいだろう。


「とりあえず今は闇の神だけでよい。それ以外は後々考えていこう」


 アルウェンドラは少々呆れ気味に笑っていた。あまりにもすんなり受け入れたセイルに拍子抜けしてもいた。


「では、わたくしも手伝いましょう。ライラ、あなたも手を貸しなさい」

「わかりましただす」


 社の建設や場所は神であるシルフィールとライラに任せることにした。神のことは神に任せるのが一番だろう。


「それともう一つ。これを見てほしい」


 そう言うとアルウェンドラは赤ん坊の握りこぶしほどの宝石の原石らしき取り出した。


「これはパラテラ鉱山で見つかった物じゃ」

「鉱山で? いや、でも、あそこはもう何も採れないはずだが」


 パラテラ鉱山。かつてそこでは『魔鉄鉱』と呼ばれる特殊な鉱石が採掘された。だが、その埋蔵量はごくわずかですぐに枯渇して閉山。今ではだれも見向きもしない場所のはずである。


「それにそれは宝石だ。あの鉱山で採掘されていたのは魔鉄鉱で」

「うむ。どうやらこの一帯が神域化した影響が鉱山にも及んでいたようじゃ。奥までは調べてはおらんが、わしが見た限りでは宝石がわんさとあったぞ」


 さて、一体どう言うことだろう。とセイルは考える。一度調査に行った方がいいのだろうか、と思案する。


「毒はどうなっていた?」

「問題はなさそうじゃ。奥まで調べてはおらんから確実なことは言えんがの」

「そうだな。一度調べてみたほうがいいかもしれない」


 村のことばかり気を取られていたが鉱山の様子も確認したほうがいいだろう。トート村一帯が汚染された原因は鉱山からあふれ出たポイズンマッドなのだ。もしかしたらまだ坑道の中にいるかもしれない。


「一応、魔法で坑道の入り口は塞いでおいた。毒がまだ残っていたとしても外には漏れんはずじゃ」

「助かる。すぐに調査隊を編成して調べに行こう」

「その調査、わしに任せてくれぬか? いずれはあそこをわしの研究施設にしたいと考えておるでの。その下調べもかねて調査をしたい」

「わかった。任せる」


 アルウェンドラに任せれば大丈夫だろう、おそらく。


「さて、話は終わりじゃ。すまなんだな、セイルよ。ゆっくり休んでくれ」

「ああ、助かるよ。だいぶ眠くてな、限界みたいだ」


 セイルは大きなあくびをしてから目をこする。大人の体なら多少の夜更かしは平気だが、10歳の体での夜更かしは少々辛い物があった。


「おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 セイルは自分の家に戻る。その途中、少し立ち止まって空を見上げる。


 真っ暗な夜の空に星と月が静かに輝いていた。

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