第37話

 エリッセルたちは以外と早く戻ってきた。


「バリガンはドラゴンを追って来たみたいね」


 どうやらバリガンはリダを追ってこの森の近くまで来たようだ。


「輝鋼竜と一度やり合ってみたかったんだそうですよ」

「つまり勘違いでここまで来たのか」


 バリガンはリダを輝鋼竜バスティオン・リグと間違えたのだ。バリガンはドラゴンと戦うことが趣味のような男だとセイルは話に聞いていたので、おそらく彼の言っていることは本当だろう。


「とりあえず話の出来る相手でよかったわ。勘違いで手を出してしまって悪かったと謝罪もされた」


 思っていたよりバリガンは話の分かる相手だったらしい。一安心と言えば一安心である。


「どうもバリガンさんはここで何が起きているかも知らなかったみたいですね。突然現れて調査拠点にいるギルド関係者の人が驚いたらしいですよ」


 そのギルド関係者がバリガンを引き留めていたようだ。まだ何があるかわからない場所にS級冒険者を送り込んで場を荒らされるのはまずいと考えたのだろう。


「しばらく拠点に滞在すると言っていたわ。落ち着いたら村に案内して欲しいとも」

「わかった。考えておくよ」


 本当に話の分かる相手でよかった。これでバリガンのほうは一旦後回しでいいだろう。


 そうなるともう一方のほうだ。どうやらこちらは厄介なことになっているようだった。


 アルウェンドラはなかなか戻ってこなかった。そして、いつの間にかミラリエスの姿もどこかへ消えいた。


 嫌な予感がした。最悪なことにその嫌な予感が当たってしまった。


 アルウェンドラが村を出てから10日後。やっと彼女たちが戻って来た。そう、彼女たち、だ。


 アルウェンドラはミラリエスを連れて戻ってきた。さらにはもう一人赤いドレスを着た黒髪の少女を連れていた。


 セレスティアラだ。アルウェンドラは皆殺し姫と呼ばれ恐れられているセレスティアラを村に連れて来たのである。


 ただ、彼女は気を失っているのか全く動かなかった。村に現れた時もアルウェンドラの魔法で宙に浮いた状態で運ばれてきた。


「問題ない。この娘にかけられていた呪いはどうにかした。まあ、まだ完全ではないがの」

 

 どうやらアルウェンドラはセレスティアラの呪いの治療を村で行うつもりのようだ。


「心配するな。村ではなく鉱山で行う。あそこなら村から離れているし、最悪何かあれば坑道をふさいで隔離できる」


 アルウェンドラは鉱山の坑道を研究施設として使用するようだ。あそこなら何かあっても村への被害は少なくて済むだろう。


「それとこいつじゃ。ミラリエスもわしがしばらく預かる。吸血鬼には関わりたくはないがの」


 アルウェンドラはかなり疲れているようだった。それに対してミラリエスは元気いっぱいだった。


 ただし、体が動かないようだ。アルウェンドラの魔法か何かで体の自由が利かないのか、ミラリエスもアルウェンドラの魔法で村まで運ばれてきた。


「報告は後で文書にでもまとめておく。確認しておいてくれ」


 と言うことでアルウェンドラは報告もそこそこにミラリエスとセレスティアラを連れて鉱山の方へと行ってしまった。


 と、ここでセイルはあることに気が付く。


「今、リダも鉱山にいるよな?」


 そうリダだ。バリガンに撃墜されたリダが鉱山に逃げ込んでいたはずだ。


 何もなければいいが、と不安になるセイルだったが、その不安が当たってしまった。


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い――」


 アルウェンドラが鉱山に向かってからしばらくして、リダがものすごい勢いで村に戻って来た。何か恐ろしい物でも見たのか、村に戻って来たリダは森の木々の間に隠れてずっと頭を抱えて震えていた。


 リダが飛んで戻って来た翌日。ライラの配下である翼の生えた犬によりアルウェンドラから報告書が届いた。その報告書を見るに、どうやらミラリエスがやらかしたようだ。


 アルウェンドラの報告書によると、彼女はセレスティアラのところへ向かい、そこでしばらく距離を取ってセレスティアラを観察していた。相手がどんな技を使っているのか不明な以上、不用意に近づかないほうがいいと判断したからだ。


 しかし、そんなアルウェンドラの考えなど無視するかのようにミラリエスが現れ、セレスティアラと戦闘が始まった。


 そして、そこで奇妙なことが起こった。ミラリエスがセレスティアラに触れるとミラリエスがうつぶせに倒れて動かなくなったのだ。


 どうもそこでミラリエスは一度死んだらしい。だが、しばらくするとミラリエスは再び動き出しセレスティアラに攻撃し始めた。死んでいた時間は大体三時間程度だった。


 ミラリエスが死んでいる間にアルウェンドラは結界を構築。セレスティアラとミラリエスの戦闘による被害を抑えるためだ。そのおかげで被害は調査拠点の壊滅程度で済んだようだ。


 アルウェンドラが結界を張ってからしばらくしてミラリエスが復活した。そして復活してすぐにミラリエスはセレスティアラに殴りかかった。で、また死んだ。


 それからもミラリエスは何度も死と復活を繰り返した。それを繰り返すうちに死んでから生き返るまでの時間が短くなっていった。最初復活するまで三時間かかっていたのが少しずつ短くなっていった。


 そうやって死と復活を繰り返し、最終的にミラリエスは戦いながら死ぬようになった。戦闘中に心臓の鼓動が止まっているのをアルウェンドラは魔法で確認していたので、少なくともミラリエスの心臓が止まっていたのは確かなようだ。


 とりあえずアルウェンドラは二人の戦闘を見守ることにした。


 そうやって観察した結果、やはりセレスティアラの力は呪いであると言うことがわかった。しかもその呪いはかなり強力で、セレスティアラに興味を抱いた相手を瞬時に殺すと言うとんでもないものだった。


 その興味と言うのは殺意や敵意だけではない。セレスティアラに対して好意や恐怖や怯えなどを感じた際にも呪いは発動するようだ。その呪いの力でミラリエスは殺され、何度も復活しては殺されていた。


 ということまでは解析できたという。そして、その解析にアルウェンドラの腕でも丸三日かかったようだ。


 近くで触れながら調べることができたらもっと早かったということだが、なにせセレスティアラとミラリエスは戦闘中だった。


 戦闘を止めてから調べようとも考えたが、戦いの中でセレスティアラの呪いがどのような働きをしているのかも調べるためにアルウェンドラはあえて二人の戦いを止めなかった。


 そして、ある程度の解析が終了してからアルウェンドラは二人を魔法で拘束。その場でセレスティアラにかけられている呪いの解除に取り掛かった。


 だが、それは不可能だった。セレスティアラにかけられている呪いは彼女の魂にまで深く食い込んでおり、呪いを解くことでセレスティアラの魂も崩壊する可能性があった。


 さらにセレスティアラには呪いだけでなく複数の魔法がかけられているようで、それらの解析にも時間を費やし、やっと村に帰ってこれたのが10日後だったということだ。


 ほかにも報告書には呪いとは何なのか、魔法と呪法の違い、魔呪混合式のどうたらこうたらも記載されていたが、それはセイルは専門外なのでさっぱりわからなかった。


「まだしばらくセレスティアラの対処には時間がかかるらしい。まあ、ゆっくり待つとしよう」


 こればかりはアルウェンドラに任せるしかない。神であるシルフィールにどうにかしてもらうという手もあったが、どうやらシルフィールも呪いに関しては詳しくないと言う。


「呪術や呪法に詳しいのは六大神なら闇の神ですね。最近姿を見ないですが」


 ということらしい。もしこの場に闇の神がいたらすぐにでもセレスティアラの呪いをどうにかできるかもしれないが、どうやらシルフィールも闇の神の居場所は知らないようだった。


「とりあえず何とかなったな」

「本当です。しばらく面倒事は御免こうむりたいですね」


 特にセイルは何かしたわけではないが、とにかくどうにかなった。まだ森に侵入してくる者はいるが、バリガンやセレスティアラに比べたらどうということはない。


 そして、さらに10日が経過した。


「うー……」


 アルウェンドラたちが坑道に籠もって10日後、アルウェンドラとミラリエスに連れられてセレスティアラが村にやってきた。


「呪いの影響で言語に障害が出ておるが意思の疎通はできる。呪いのほうはほぼ完璧に抑えられておるから安心せい」


 セレスティアラ。呪殺人形と呼ばれるその少女は見た目はミラリエスと同じくらいだった。つまりは14歳から15歳くらいだろう。重たそうな長い黒髪と目を引く真っ赤なドレスが印象的な少女だ。


「よー……」

「よろしくお願いしますだって!」

「ミラリエス、彼女の言葉がわかるのか?」

「わかんないの?」


 どうやらミラリエスはセレスティアラの言いたいことがわかるようだ。セレスティアラは本当に無表情であり言葉もうまく話せないのに、どういうわけかミラリエスにだけは彼女の意思が伝わるようだ。


「おー……」

「ふーん、そっか。ねえ、村を案内していい?」

「あ、ああ。迷惑をかけないのなら」

「わかった!」


 とりあえずセレスティアラが村にやって来たが誰も死んではいない。ということはアルウェンドラの言う通り彼女の呪いはどうにかなっているのだろう。


 なっていて欲しい。絶対に。


「まあ、しばらく村で様子見じゃ。外に出しても危険じゃからのう」


 その通り。ミラリエスと同じだ。外に出したらどうなるかわかったものじゃない。


「できれば村に住まわせてやりたいが。いいかの?」

「ああ。俺はいいと思うが」

「うむ。皆と相談じゃな」


 こうしてセレスティアラがトート村に仮入村することとなった。


「少々厄介ではあるが、放ってもおけんでのう……」


 どうにか一旦は落ち着きそうだが、問題はまだまだ続きそうだった。

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