第36話

 男の名はバリガン。冒険者である。


 女の名はセレスティアラ。冒険者である。


「なんでS級が二人もこんなところに来てるんだ!」


 リダがやられた。バリガンにやられた。


 幸い命は無事らしい。片方の翼に穴を空けられたようだが、どうにか逃げることに成功したようだ。そして今はパラテラ鉱山の坑道に逃げ込んでいる。村に直接戻ると相手に村の場所がバレる危険があるため、リダはそのことに配慮してくれたのだろう。おそらく。


 それにしてもバリガンである。セイルはバリガンを知っている。会ったことはないがその名前は知っている。おそらく冒険者ならば誰でも知っているだろう。


 S級冒険者『金剛拳のバリガン』。素手でドラゴンを屠る男である。


 バリガンは竜人だ。竜の血を浴び、竜の毒を克服した冒険者ギルドに所属するもう一人の竜人である。そんな危険人物がイスト王国側の調査拠点に現れた。


 さらにもう一人。こちらもかなり危険な人物だ。


「黒髪に赤いドレスとなると、おそらく『皆殺し姫』ね」

「ヤバいなんてもんじゃないですよ! なんでこんなとこにいるんですか!」


 S級冒険者『皆殺し姫セレスティアラ』。こちらも会ったことはないがセイルは名前を知っていた。そして、バリガンと同じく冒険者なら誰でも知っているだろう。


 そのセレスティアラはリゲム王国側の調査拠点に現れたらしいが、その影響なのか何なのか、調査拠点から彼女以外の人間が消えてしまったらしい。殺したわけではないと思うが、非常に不気味である。


「しかしどうやってリダを。確か隠ぺい魔法で姿を消していたはずだ」

「それが、石で翼を貫かれて、そのまま地面に」

「石? ただの石か?」

「はい。あだすはそう聞いとります」


 調査拠点の監視はライラの配下である獣人たちが行っている。ライラはその獣人たちから何が起こったのか報告を受けていた。


「見えてたのかはわからんだす。でも、確かに石で打ち落としたと」

「デタラメだわ。嫌になるぐらい」


 S級冒険者の数は現在8人。冒険者ギルドに登録している人数は8人で、ティティアもその一人だ


 そんなS級冒険者は全員化け物ぞろいだ。彼らは神に選ばれ神の加護を与えられた勇者と同等の力を持つ神に選ばれなかった者たちだ。つまりは独力で勇者に匹敵するかそれ以上の力を得た人を越えた怪物である。


 特にティティアを含む上位4人は別格の強さを誇っている。そして、その4人の中にバリガンとセレスティアラも含まれている。


「どうしてこんな時にいないんですかあのドラゴン殺しさんは!」

「そんなことを言ってもしょうがないだろう。とにかく対策を考えるんだ」


 どう考えても危険人物だ。なぜそんな奴らがここに来ているのかさっぱりわからない。


 だが、幸いなことにセイルは二人を知っている。その実力を見たことはないが聞いたことはある。


 ただ、知っているからと言って対策ができるかは疑問だ。そもそも対策してどうにかできる相手かも怪しい。


「まずバリガンだ。彼は、単純に強い。とにかく強い。物理にも魔法にも強い」


 ティティアの話によると竜人は異常に体が丈夫で暑さや寒さにも強い。裸で冬の海に飛び込んでも風邪をひかないし、山火事の中に飛び込んでも火傷ひとつしない。


 さらには魔法に対する耐性も持っている。それに加えて呪いや毒、精神攻撃魔法などもまったく効かない。


 ただし倒し方は簡単だ。首を落とせばいい。と言うかそれが竜人を倒す唯一の方法である。彼らは心臓を潰したとしても再生するし、腕や脚ぐらいならすぐに生えてくるので他の部位への攻撃はまったく意味がないと言っていい。


 そしてもう一人の方。おそらくこちらのほうが厄介だろう。


「セレスティアラは……。無理だな」

「そうね。あれはそこにいるだけで危険だわ」


 セレスティアラ。彼女はおそらく人間だ。倒そうと思えば倒すことができるだろう。

 

 だが、彼女に近づくことが難しい。というか近づいただけで死ぬ。呪い殺される。


「近づいただけで死ぬ。声を聞いただけで死ぬ。見ただけで死んだなんて話もある」

「だから調査拠点に人がいなくなったんだすね」


 皆殺し姫セレスティアラ。どこかの王族の出だという噂があるため姫と呼ばれている彼女にはもう一つ別の名前がある。

 

 それが『呪殺人形』だ。セレスティアラは感情を全く表に出さず表情も変えないため、その姿がまるで人を呪い殺す人形のようだと言うことでそう呼ばれている。


「その者は呪いを得意としておるのか?」

「わからない。ただ、話によると呪いか呪いに近い何かだと言うことらしいが」

「うむ。ならわしが様子を見に行こう。わしなら大抵の呪いは無効化できるでのう」


 と言うことでセレスティアラの対応はアルウェンドラに任せることにした。


「とにかく敵対はしたくない。幸い、リダはやられたが死んではいないみたいだし、なんとかなるだろう」


 死者がいない。これは喜ぶべきことだ。死人が一人でも出てしまえば双方とも後に引けなくなる。


「ライラ。リダを見守っててくれ。何かあれば報告を」

「はいだす」


 パラテラ鉱山に逃げ込んだリダのことは心配だが、翼に穴を空けられた程度なら問題ないと思いたい。とりあえずライラに見張っていてもらうとして、セイルたちはバリガンにどう対応するかを考えることにした。


「でも、どうして二人がここにいるのかしら? あの二人がギルドの要請を受けてここに来たとは思えない」


 エリッセルの疑問。それは二人が現れた理由だ。それさえわかれば対応の幅も広がる。


「その二人はどんな奴らなのじゃ?」

「一言で言えば厄介者ね。一応、ギルドに所属はしているけれど、それは監視の意味が強いわ」


 バリガンとセレスティアラ。二人は冒険者ギルドに所属するS級冒険者だ。しかし、ギルドはこの二人に滅多に仕事を依頼しないし、したとしても二人がそれを受けることはほとんどないだろう。


 ではなぜ二人がギルドに所属しているのかと言うと二人の位置を把握するためだ。彼らに支給されている道具類には位置特定の魔法が施されているため、二人がどこにいるのかを知ることができる。


 そもそもの話、二人は自分からギルドに所属したわけではない。バリガンもセレスティアラも存在自体が脅威であるため、その被害を最小限に抑えるためにギルドのほうから彼らを勧誘し、頼み込んでギルドに登録してもらったのである。二人の居場所を把握しておかないと災害級の被害が出かねないからだ。


「正直、あの二人は存在しているだけで危ないわ。特にセレスティアラは」

「同じ空気を吸っただけで死ぬ、って噂も聞きますけど……」

 

 確かに噂は聞く。彼女自体が人の形をした呪いだと言う者までいるほどだ。


 となるとセイルたちではどうにもならない。呪いや魔法に詳しいアルウェンドラに任せた方が無難だろう。


 話し合いの結果、エリッセルとリフィに加えオーク数名とライラの配下の獣人がバリガンの対処を、セレスティアラはアルウェンドラに任せると言うことで決まった。


 セイルもどちらかに参加しようとしたが拒否された。あなたは役に立たないんだから留守番してなさい、と言うことである。


 それは仕方がない。今のセイルは見た目は10歳児体力も10歳児で魔法も何も使えない。中身は32歳だがそんな物はまったく意味がないのだ。


 そう言うわけでセイルはシルフィールやライラと留守番だ。


 そして、更に話し合いを行い、すぐに行動に移した。


「わたくしが様子を見に行ってきましょうか?」


 とシルフィールに提案されたが、さすがに神様に偵察を頼むわけにもいかず、シルフィールの力を使ってバリガンのところへ送り届けてもらうだけにとどめた。神様が姿を現したらそれこそ大騒ぎになりかねないと言う問題もある。


 そして準備を整え、シルフィールの力を借りてそれぞれのところへ向かったのである。


 さて、ここでひとつセイルたちは見落としていたことがあった。突然のことで慌てていたと言うこともあるだろう。


 それに気が付いたのは幸多郎だった。


「……ミラリエスはどこ行ったんだ?」


 ミラリエスがいない。そう言えば話し合いに参加していたけど妙に大人しかった、と幸多郎は今更ながらに気が付きた。


「おーい、ミラリエス。どこだー?」 


 幸多郎はミラリエスを探して村中を歩き回った。けれどミラリエスはどこにもいなかった。


 

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