第35話

 調査団が森に侵入を開始した。姿を隠して上空から監視を行っていたリダから調査隊が動き出したとセイルは報告を受けた。


「移住希望者以外はお引き取りいただく。それで良いのですね?」


 セイルたちは以前から話し合っていた。敵と味方をどう判断するか。受け入れの基準をどうするか。


 すべてを受け入れるわけにはいかない。そもそもそんなことは最初から考えていない。


 セイルは心優しい男だ。お人好しだと周りから思われていることも確かだ。


 けれど現実が見えていないわけではない。


 現実には悪人がいる。人は善人ばかりでないことをセイルは知っている。


 そもそも神にも善と悪があるのだ。極善から極悪まで存在するのだから、人間がすべて善人のわけがないのだ。


 ただ悪は悪のままかと言うとそうではないことも知っている。セイルが懲らしめた悪人が次に会ったときは真面目に働いていた、と言うことも何度かあった。


 人を信じたいという気持ちはある。けれど疑わなければならないことも知っている。


 だからセイルはチラシを配った。魔法をかけた募集チラシを作ったのだ。


 募集チラシにかけられた魔法。それは相手の善悪を判定する魔法だ。善の心を持つ人間に届くように魔法がかけられている。手にした者の心が悪に寄っていると判断された場合はすぐに別の誰かの手に渡るように設定されている。

 

 ただし心が善の者がチラシを手に取ったとしても絶対に村に来るようにはしていない。手に取り村に興味を示した者が本人の意思で入村を希望しない限りは村にはたどり着けないように魔法がかけてある。


 そして、入村できるのはチラシを持ってきた者だけだ。ただ、リダとミラリエスは例外で、二人とも自力でたどり着き、判定の結果問題なさそうだったので入村させた。


「撃退はしなくていい。ただ、お帰り頂ければ問題ない」


 森に入ってくるのはいいだろう。彼らがおかしなことをしなければ何もしない。


 だが、村には近づかせない。散々道に迷った挙句にお帰り頂ければそれでいいのだ。


 というわけでセイルはアルウェンドラに頼んで森に幻惑魔法をかけてもらった。そうすれば調査隊の者たちは道に迷い諦めて出て行くだろうと考えてだ。


 セイルたちは自分たちが決めた方針に従い調査隊への対応を行った。セイルたちの思惑通り道に彼らは道に迷って勝手に帰っていった。


 ただし、それで諦めてはくれなかった。調査隊は何度か森に侵入し、森の状況を調べて帰っていった。


「諦めはせんと思うぞ。国の近くにこんなわけのわからんものが現れたら怖くもなる」


 まあ、その通りだろうな。とセイルも思う。イスト王国とリゲム王国は警戒しているのだ。突然魔樹の森がよくわからない森に変化したのだ。それに恐怖していると言ってもいいだろう。


 だとするとその恐怖や不安を少しでも和らげる必要がある。


 「こっちはただ平和な村を作りたいだけなんだがなぁ」


 なんとも面倒くさいとは思う。けれど相手が不安に思うのも理解できる。


 なのでセイルは調査隊にチラシを渡すことにした。自分たちに敵意がないこと、この森は全くの無害であることを教えるために、入村者募集のチラシを調査隊に渡したのである。


 もちろんセイルが直接ではない。調査隊が拾うように幻惑魔法で誘導したのだ。


 さて、これで少しは相手も安心してくれるといいが、とセイルは思ったが、うまくいかなかった。と言うかセイルもこんなことで相手が納得してくれるとは思ってもいなかった。少しでも効果があればいいなぁ、ぐらいには思っていたがすべて解決するとは考えてもいない。


 調査隊の規模は少しずつ大きくなっていった。森の外に調査のための拠点が作られ、それが日に日に大きくなっていた。


 セイルたちは皆で話し合った。そこにはリフィたちだけでなく、新しく村に来た者たちも加わった。ティティアにも意見を聴きたかったが、外出中なので不参加だ。意見は聞きたいがいつ戻ってくるかわからないので待ってもいられない。


 オークたちは数が多いので二二が代表として加わった。その話し合いに参加した面々を見て、セイルは住人が増えたことを嬉しく思っていた。


 そうしてティティア以外の全員で話し合った結果、脅威となりそうな存在が現れない限り対応を変えないことに決まった。ミラリエスがやる気満々だったり、逆にリダが怯えて逃げ腰だったりと少し大変だったがどうにか意見をまとめることができた。


 とりあえず様子を見である。


「まったく、神祖様の土地に土足で踏み入るなど言語道断。神罰を与えなくてはなりませんね」


 とシルフィールがはかなり過激なことを言っていたが、とりあえず様子見である。


「いや待てそもそもここはどこの所有地なんだ?」


 シルフィールが、ここは神祖の土地だ、と言ってはいるが実際はどうなのか定かではない。と言うかそもそもの話、セイルたちは勝手に帰ってきて勝手に森を浄化して廃村になった村を勝手に復興している状態なのだ。


「もしかして、俺たちは不法に土地を占拠してるんじゃないのか?」


 今更である。トート村があった場所に帰ってきて2ヶ月が経過してやっとそのことにセイルは気が付いた。


「確か、俺の住んでいた頃はイスト王国の領地だったはずだ」


 しかし、そのあとはどうだったか、とセイルは思い出そうとする。


 セイルが生まれたトート村は2つの王国の国境から少し離れたところにある。そしてその国境線上にはパラテラ鉱山があり、過去にはイスト王国とリゲム王国が鉱山の所有権をめぐって争っていた。


 しかし、17年前に起きたポイズンマッドによる土壌汚染によりパラテラ鉱山周辺は人が住めない不毛の地となってしまった。それからはイスト王国もリゲム王国も領有権を放棄し、鉱山周辺の村や町の被害の責任賠償やらを押し付け合っていたはずだ。


 毒をまき散らす穢れた土地などいらないと2つの王国はこの土地を棄てた。と言うことは誰の所有物でもないと言うことなのか。


 と不安になったセイルは博識であるアルウェンドラに相談した。


 そのアルウェンドラの答えはこうだった。


「堂々としておれ、セイルよ。ここの主はすでにお主じゃ。おかしなことを言う輩が現れたら力で黙らせればよい」


 ということだ。


「いや、それでいいのか?」

「よい。と言うか今更ここにいる者たちを追い出すわけにもいかんじゃろう。もう手遅れじゃ」


 その通り。もう手遅れ。今更村を捨ててさようならはできないのだ。


「腹をくくるんじゃな、セイル」


 ここはイスト王国とリゲム王国が見捨てた土地だ。利用価値がなくなったからと捨てられた場所なのだ。


 捨てられた物を拾って何が悪い、とアルウェンドラは言いたいのだろう。


「……まあ、今更か」


 そう今更である。


「そう、今更じゃ。ま、正規の手続きを取るにしても相手に舐められぬように力は必要じゃろうて」


 力。つまりは軍事力だ。


 軍事力。


「……十分じゃないのか?」


 セイルはこの村にいる者のことを思い出す。


 元勇者、天才治癒術師、現役上位勇者、S級冒険者、伝説の魔法使い、ドラゴン、吸血鬼、異世界人、風の神に森の守り神にオーク。


「……まあ、油断はせぬことじゃな」


 油断はしない。ただ、イスト王国やリゲム王国を相手にするには少々過剰ではないかとも思う。


「何事にも想定外はある。想定外を想定すれば、十分と言うことは有り得んよ」


 世の中何が起こるかわからない。この戦力でも太刀打ちできない何かが現れる可能性はあるのだ。


 セイルは気を引き締める。何が起きても動じない覚悟を決めた。


 決めた、はずだった。


「リダが、やられただす……」


 危機は予想よりも早く訪れた。


「黒髪に、赤いドレスか……」


 それはイスト王国側とリゲム王国側、両方からやって来た。


 化け物がやってきた。

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