第34話
セイルたちの世界には大陸が四つ存在している。セイルたちの暮らしている大陸は西大陸と呼ばれる場所である。
「アルウェンドラ。オークは初めて見るんだが」
「じゃろうな。南大陸に住んでいる者たちじゃからのう」
と言うことらしい。どうやらアルウェンドラは西大陸だけでなく他の大陸にも移住者を募っていたようだ。
「と言うか南大陸にどうやって」
「転移魔法陣を使ってな」
「南大陸にも行ったことがあるんだな」
「いいや。全部じゃ」
「……全部、ねえ」
さすが800年生きている魔法使いである。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「とりあえず全ての大陸に募集チラシを配っておいた。どうじゃ? 嬉しいじゃろう」
「……うん、まあ。うん」
「なんじゃ? もっと喜べ」
想定外である。まさかアルウェンドラがそんな遠くにまで募集をかけていたとは考えてもいなかった。
まあしかし、来てしまったものは仕方ない。とセイルは気持ちを切り替えてオークの審査に移るのだった。
「それで、どうしてこの村への移住を?」
「はい。私たちは森に暮らしていたのですが、その森から追い出されてしまって」
南大陸に暮らしているオークと呼ばれる亜人種。獣人とはまた違った種族のようで、見た目はそれほど人間と変わりがない。
ただ、でかい。オークの代表者としてやって来たニニと言う女オークは見たところティティアよりも背が高かった。そしていろいろな部分が大きかった。胸もお腹もお尻もだ。顔も肉付きが良い丸顔で、耳も人間に比べると一回りほど大きく、耳の上部が少しとがっている。見たところ健康状態は良さそうだ。
しかし、服装がみすぼらしい。何かの動物の皮を衣服のように身にまとっているがボロボロで、靴は履いていない。濃い茶色の髪は手入れが行き届いておらず何日も洗っていないのだろう。
ただ、体臭は不思議と気にならなかった。と言うかなぜかほんのり甘い匂いがした。おそらく何日も体を洗っていないはずなのにいい匂いがするのだ。
それに太ってはいるが醜くはない。顔つきも可愛らしくどこか愛嬌があり、性格も穏やかそうだった。
「私たちの一族は縄張り争いに負けて、長い間放浪生活をしていました。その途中、どこからか飛んできた移住者募集の葉っぱを見て、こちらに」
「なるほど。事情は分かりました。それで、人数は?」
「私たちの集団は32人です。私の一族はそれで全部です」
「わかりました。アルウェンドラ、すぐにオークたちを村に連れて来てくれ」
「うむ。わかった」
「あ、ありがとうございます」
オークの娘ニニはその場にひれ伏して地面に鼻をこすり付ける。どうやらそれがオークが最大の感謝を示すときの姿勢らしい。
「あなたたちを迎え入れます。ようこそ、トート村へ」
と言うわけで32人のオークが村の住人として加わった。
「で、でかい……」
セイルはアルウェンドラが連れて来たオークの一団を見上げる。本当にオークたちは見上げるほどに大きかった。特に男のオークは大きく、女のオークも男よりも少し背が低いぐらいでやはり大きかった。そんな背の高いオークの中でニニはどうやら小柄なようだがそれでもティティアよりも背が高い。
「我が一族を代表して感謝いたします。森の主様」
ニニがその場に平伏するとその他のオークの一団もその場に平伏する。背を丸めて地面に顔を付けているはずなのだが、それでも男のオークはセイルの身長よりも大きかった。どうやらそんな巨体ばかりのオークの集団の中で一番小柄なニニが集団の長のようだった。
「ライラ、オークたちを居住地に案内してくれ。あと、神樹を操れるかの確認も」
「了解だす。ささ、こちらに」
オークたちはライラの案内で居住地へと向かう。その背中を見送りながら、セイルは今後のことを考える。
「まずは食料だな。絶対にいっぱい食べるだろ、あれは」
オーク。初めて見たが本当に大きい。そうなるとその肉体を維持するためには食料が大量に必要になるだろう。
とりあえずはしばらくは森の木の実でどうにかするが、いずれは自分たちで育てた野菜や家畜で賄えるようにしたい。
となると農地と牧場地を拡大しなくてはならないだろう。今の広さでは足りないかもしれない。
「うむ、オークは力が強くて性格も穏やかじゃ。すぐにこの村にも馴染むじゃろう」
とアルウェンドラは考えているようだ。おそらくはオークのことを良く知っているのだろう。
「そう言えば南大陸にはオークの他にどんな種族が暮らしてるんだ?」
「エルフとダークエルフじゃな。もともとオークたちと同じように森に棲んでいたのじゃが……」
「なにかあったのか?」
いつもはあまり表情の変わらないアルウェンドラの表情が曇る。
「エルフたちは森を捨て、森を切り、森を焼いた。魔法におぼれた阿呆なエルフがな、戦争で南の大陸を不毛の地に変えてしまったのじゃ。残ったのはわずかな森と荒れ地だけ。大体300年前の話じゃな」
「そんな話は」
「聞いたことがなくとも無理はない。その当時の者はほとんど死に絶えておる。それに今生きている者たちは海を渡る力がない。高度な魔法技術も失われ、そもそも生きていくだけでも精一杯じゃ。緑の大陸と呼ばれておった南大陸は戦争で土地が荒れて、今では凶暴な魔物どもの巣窟になってしまっておるからな」
セイルたちが暮らしている大陸と南大陸は全く交流がない。もしかしたら300年前にはあったかもしれないが、今では大陸があると言うことだけが伝わっている程度だ。そもそも南大陸に渡る海路には様々な難所があり、セイルが知っている限りでは生きて帰って来た者はいないはずである。
「よくそんな環境でオークは生きていられたな」
「あ奴らは雑食じゃからな。そこらの石や土も消化して血肉にする」
「ああ、だからあんなに」
「太っておる」
「いや、そうじゃなくて。その、豊かと言うか、豊満と言うか……」
セイルは、太っている、と口にするのは何か失礼な気がしていた。ニニが自分の容姿を気にしているような様子だったので尚更だ。
「気遣ってやってくれ、セイルよ。オークたちはエルフ共にその容姿を見下されて蔑まれておる。おそらくあのニニというオークも、エルフたちに馬鹿にされてきたのだろうよ」
「……わかった」
南の大陸の事情はセイルにはわからない。だが、セイルはオークたちの容姿を侮辱するつもりはないし、太っているからと言って差別するつもりなどまったくない。
「昔はそんな馬鹿ではなかったのじゃがな。もう、賢いエルフはどこにもおらんのかもしれん」
そう語るアルウェンドラは少し残念そうだった。おそらく昔の南大陸を知っているのだろう。そして、今と昔の違いを嘆いているのだ。
「ま、昔は昔、今は今じゃ。南大陸の問題はそこに住む者がどうにかするべき問題じゃ。わしが手を出すことではない」
そう口では言っているが割り切れない部分もあるのだろう。いつもは飄々としていて捉えどころのないアルウェンドラだが、南大陸のことを語る彼女はどこか少し寂しそうだった。
「それよりもじゃ、さっそく試したいことがあるんじゃが」
「変なことはしないでくれよ」
「信用がないのう」
信用はしている。アルウェンドラの魔法の実力や知識は疑うべくもない。ただ、その思考や行動を少しばかり警戒していると言うだけだ。
「献血じゃ、献血。オークは丈夫じゃから、多少血を抜いても問題ない」
「ちょっとそれはひどいんじゃないか? 彼らは実験に利用されるために来たんじゃないんだ」
「わかっておるわかっておる。ちゃんと許可は取るし、健康診断もする」
「健康診断?」
「うむ。あちらの献血所と言うのは健康状態を見てから採血をするようじゃ。無理はさせんし、彼らの状態を確かめるのも重要じゃろう?」
「まあ、そうだが。本当におかしなことはするなよ? と言うかそもそも到着してすぐに血を抜かれると言うのはどうなんだ? おかしいだろ」
「……まあ、そうじゃな。なら後日と言うことにするかの」
当たり前である。移住初日に移住者の血を抜く村がどこにあるというのか。
「それに試すなら最初は俺たちだろ。オークたちはそのあとだ」
「わかった。なら今すぐ試してみるか」
「え? 今?」
「うむ。では行こうかの」
こうしてセイルは新しくできた献血所に連れていかれた。しかし。
「あ、献血は16歳からです」
「……32なんだがな」
肉体が10歳児のセイルはあっさりと拒否されたのだった。
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