第33話
ミラリエスがおかしなことを言い出した。
「血が飲みたいからケンケツ作って!」
「……ケン? なんだ?」
おかしなことを言い出したミラリエスの横で幸多郎が申し訳なさそうにしていた。
「すいません。あの、俺のせいです」
相変わらず調子が悪そうな幸多郎は何があったのかをセイルに説明した。
「俺が異世界のことをいろいろと教えたんです。面白い話をすれば、大人しくしてくれるので」
どうやら異世界人である幸多郎はミラリエスに異世界の面白い話をしたらしい。
「コータローの話面白いの! だから作って!」
「まあ、作れるものは作ってもいいが」
そもそもセイルはそのケンケツと言う物がどう言う物なのかわからない。そこら辺のことを幸多郎から話を聞かなければ話にならない。
「えっとですね、説明するといろいろと長くなるんですが。簡単に言うと血を抜き取る場所のことです」
「そんな恐ろしい場所が異世界にはあるのか?」
「い、いや。これはちゃんとした社会貢献と言うか、医療行為と言うか」
セイルはさらに幸多郎から話を聞き、大体なんとなく大まかなことは理解することができた。
「つまりは相手を殺さず安全に、しかも最小限の傷で血を採取する場所と言うわけだな」
「はい。吸血鬼が血を吸うと、あの、いろいろと大変だと、思いまして」
幸多郎が自分の腕をさする。よく見る彼の首や手にミラリエスが噛みついた跡が残っていた。
どうやらかなり苦労しているようだ。そうなると確かに安全に血を採取する場所は必要なのかもしれない。
と言うことでミラリエスの要望で幸多郎はライラと協力して献血所なる物を建築することとなった。
「他にも異世界の作りたい物があれば言ってくれ」
「い、いいんですか?」
「ああ。異世界から来て苦労してきたんだろう? キミには元の世界にいた時のようにできるだけ快適に暮らしてもらいたい」
「あ、ありがとう。ありがとうございます……」
セイルの言葉に幸多郎はボロボロと涙を流して喜んでいた。
「やっと、やっと俺も、俺も幸せになれる……」
と言って泣いていた。
しかし、それはどうなんだろうとセイルは思う。考えがかなり飛躍しているし、隣にいる吸血鬼が大問題のはずだ。
幸多郎はミラリエスに異世界のことを話してしまった。そしてミラリエスが異世界のことに興味を示してしまった。
「頑張ります! 俺、頑張りますから!」
「あ、ああ。無理はしないでくれよ」
大変だなぁ、とやる気に満ち溢れる幸多郎と上機嫌のミラリエスを眺めながらセイルは思う。おそらく当分の間ミラリエスは幸多郎を離さないだろう。
こうして幸多郎による異世界村の建築が始まった。ただし、幸多郎は魔力を持っておらず、気力も体力も精神力も人並みだったのでライラや他の者たちの協力を得ての作業となる。
「異世界か。わしも興味があるのう」
と言うことでアルウェンドラも協力することとなった。こちらはトート村魔法研究所の建設と同時進行となるが、膨大な魔力と精神力を持つアルウェンドラなら問題ないだろう。
「よしよし、順調だな。……たぶん」
村の敷地は順調に広がっている。まだ入村者はドラゴンと吸血鬼と異世界人しかいないが、ライラが獣人たちを生み出しているおかげで住人は順調に増えており、村は発展し始めている。
農地の様子も問題ない。獣人たちが田畑を耕し、水路を作り、種を蒔いて苗を植え、作物は順調に育っている。どうやら神樹の森は土も特別なようで作物の育つスピードが異様に早かった。シルフィールが農地の環境を作物が育ちやすいように最適化していることも影響しているのだろう。
種や苗は神樹から確保できる。しかし、一度栽培に成功すればそこから種などを採取することができるので、次からは神樹の力を借りなくても農業は可能だろう。
魚の養殖もやってみよう、という提案もあった。これはエリッセルからの提案である。どうやら各地を旅しているときに山間の村で川の側に大きな人工の池を作り、そこで魚を育てている場所があったらしく、それを真似てみようということだ。
セイルやアルウェンドラもその養殖場のような物を見たことがあった。ティティアは、あまりそう言うことに興味がなかったようで憶えていなかった。一応、ティティアも冒険者として各地を旅しているはずなのだが。
「養殖に成功すれば魚を木から採る必要もなくなるな」
そうなれば神樹への依存が更に少なくなる。そもそも木から肉や魚が採れるというのが異常なのだ。
幸いなことに森には川が流れており、今でも飲料水や農業用水として使用している。そこに養殖場を建設すれば魚の養殖も可能だろう。
ただし、問題は川で魚が育つかだ。
「水清ければ魚住まずじゃ。まあ、やって見るしかないじゃろうな」
そう川がキレイすぎるのだ。川には川底に藻や苔が生えてはいるが、生き物は虫一匹見当たらない。どうやら神樹の森に流れている川はキレイすぎて栄養が乏しく、生物が住むのには適していないらしい。
とりあえず最初の魚は神樹から採取して養殖場に放してみることにした。うまく行かなかった場合は改善して、どうしてもうまく行かない場合は森の外から魚を持ってくるなど工夫するしかなさそうだ。
「まあ、川で直接育てるわけではない。水質の調整を行えば何とかなるじゃろう」
と言うのがアルウェンドラの見解だ。その読み通りにうまくいって欲しい。
そして、さらに仲間たちからの要望があった。
「肉が食いてえな。肉」
というティティアの要望にも応えるために牧場地の整備も行い、とりあえず牛や豚やニワトリなどの家畜の飼育を試験的に開始している。これは肉だけでなく牛乳や卵も確保できるので、セイルとしては何とか成功してもらいたいと考えていた。
酒が飲みたいと言う要望もあったが、それはおいおい。神樹から酒が採れるには採れるので、今はそれで我慢してもらおう。
順調だ。順調に村は発展している。
ただし入村者は全く現れない。
「なるべく自分の意思で移住して欲しいんだが……」
とセイルは思い悩んでいた。無理矢理連れてきたり、強引に勧誘するのではなく自分の意思でこの村に来て欲しい。それがセイルの願いであり、ワガママでもあった。
まあ、急ぐ必要もないだろう。受け入れ準備は順調なのだから、ゆっくり待てばいい、とセイルがそう考え始めた時だった。
「移住希望者だす」
待望の、待望の移住希望者が現れた。
しかも。
「一族でだそうじゃ」
どうやら戦争で故郷を追われた避難民のようだった。
「そうか。行くあてがないならぜひ来てほしい」
「うむ。しかし、審査をしてからじゃな。無闇やたらに受け入れるのは危険じゃからのう」
「わかってる。俺もその審査に同行していいか?」
「よいぞ。珍しい種族じゃからな。確認しておくのもいいじゃろう」
と言うことでセイルも入村者審査に参加することになったのだが。
「は、初めまして。オークの、ニニ、です」
セイルは審査会上に現れた相手を見て、相手を見上げて驚いていた。
「お、大きいですね。いろいろと……」
「醜い、ですよね……」
「い、いや、そういうことでは」
それはオークだった。
それはとても大きかった。身長だけでなく、いろいろと。
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