第31話
トート村があるのはイスト王国とリゲム王国の国境付近だ。
「両国に動きが見受けられたであります」
どうやら森へ調査隊の派遣が準備されているようだ。森の外が慌ただしくなっているらしい。
「とりあえず見回りを続けるでありますが」
「頼む。ああ、姿は消していけるか? あまり怖がらせるとこの村の印象が悪くなるかもしれない」
「わかったであります。魔法で姿を隠すであります」
イスト王国とリゲム王国が動き始めた。しかし、それは予想の範疇だ。
「敵対するつもりはない。だが、あちらから危害を加えてくるなら……」
とりあえず様子見である。それよりもいろいろとやることがある。
「居住地の準備は?」
「問題ないだす。100人くらいは余裕だす」
「農業用地の整備は?」
「大丈夫だす。農具の準備も十分。獣人たちもしっかり働いとります。ああ、それとアルウェンドラ様の魔法研究所用の敷地も準備できとりますが。建設の方は?」
「それはアルウェンドラに任せておけばいいだろう。というか、勝手にやるだろうさ」
「わかりました。では、放置で」
居住地の確保はできているし、農地の整備も進んでいる。獣人たちが田畑を耕しているようで、種まきなどもすでに終わっているようだ。
入村者の受け入れ準備は順調。あとは入村希望者がどれだけ集まるかだ。
アルウェンドラの魔法研究所のことは気になるが、変なことはしないだろう。おそらく、たぶん。信じるしかない。
そんな風にいろいろと準備をしているとさっそく入村者が現れた。
「神凪幸多郎です。えっと、その、日本から来ました。たぶん、異世界です」
入村者募集のチラシをリフィたちに配ってもらっていた。アルウェンドラの転移魔法を使っていろいろな場所に移動し、いろいろな町にチラシをばらまいた。
ちなみにこのチラシには魔法がかけられている。神樹の葉を成長させて作った葉っぱのチラシには読んだ人間が村人にふさわしいか判定する魔法がかけられているのだ。
まあ、その基準はシルフィールやアルウェンドラに任せている。一応、セイルも要望は伝えているが、今のセイルは魔法が使えないので二人にお任せだ。
とりあえず幸多郎と名乗った青年を審査し、問題なさそうなので村に受け入れることにした。異世界人と言う普通ではない人間だったが、シルフィールの見立てでは能力的には普通の人間と大差ないようで、何か問題があってもねじ伏せられるから大丈夫、と言うことだった。
そんな幸多郎はものすごく不運だった。
「きゃはは、変な顔! ねえ、あなた人間?」
幸多郎は審査に合格して入村した初日にミラリエスに目を付けられたのだ。
「に、人間だよ。なんなんだよ」
「人間なんだ。じゃあ強い? 美味しい? 食べていい? あ、でも殺しちゃいけないんだった。なら、子供作れる? あ、なんか変なニオイする! 面白そうなニオイ! 面白そう!」
本当に幸多郎は不運だった。入村初日にミラリエスに目を付けられ、食われた。
「嫌だああ! 助けて! 誰か助けて!」
「なんで逃げるの? もっとちょうだいよー」
可哀そうな幸多郎。しかし、セイルたちには都合がよかった。ミラリエスと言う問題児の相手をしてくれているのだ。
尊い犠牲、必要な犠牲である。幸多郎には悪いがこれからも頑張ってもらいたい。
「異世界人と言うのは頑丈なのですね。能力はパッとしませんけれど」
と言うのがシルフィールの感想だ。どうやら過去には異世界から人を召喚することもあったらしいが、召喚に手間がかかるわりには能力値的にいまいちだったらしく、次第に異世界召喚は廃れていったようだ。
「あ奴の話を聞くに、どうやら過去に使用されておった召喚魔法陣が誤作動でも起こしたのじゃろう。運の悪い男じゃ」
と言うのがアルウェンドラの見立てだった。幸多郎の話を聞いて判断したようだが、だとすると幸多郎は本当に運が悪い。
「つーかまえた。さ、お部屋いこう」
「嫌だああああああああああ!!」
今日も村に幸多郎の悲痛な叫びが響き渡る。しかし、助ける者は誰もいない。
「ま、死にはせんじゃろ」
少々心は痛むが、これが彼の、神凪幸多郎の村での仕事と言うことにしてセイルは無理矢理納得することにした。
そんな幸多郎を見てセイルは思う。
「……大人になるのはやめておこう」
明日は我が身。ミラリエスに家に連れ込まれる幸多郎を見てセイルはそう思った。
「それにしても不思議な奴じゃ。異世界から召喚されたら何かしらの力をもっているはずなのじゃが」
異世界。セイルたちのいる世界の外には様々な世界が存在している。しかし、世界と世界の壁は厚く、それを越えて移動することは容易ではない。
その壁を越える魔法が異世界召喚魔法である。この魔法を使うことで世界と世界を分ける障害を少しだけ突破しやすくすることができるらしい。
ただし、ごくごくたまに召喚魔法を使わずにこちらに迷い込んでくる者もいる。それが転移者と呼ばれる者たちだ。
おそらく幸太郎は転移者ではなくただの召喚でやって来た異世界人だろう。しかし、それにしても普通の人間だ。
普通の人間。普通はそれが有り得ないのだ。
「世界の壁を越えて来た者は壁を越える際に『何か』が変化する。法則の違う世界に合わせて肉体、魂、存在自体が調整され『何か』に変化する。それは絶対の法則じゃ」
世界の法則。セイルたちのいる世界と他の世界では法則が違う場合がある。
例えばセイルたちの世界では木からリンゴが落ちれば地面に落下する。だが、他の世界ではリンゴが空へと飛んでいくかもしれない。
世界の法則が違えばそこに存在する者たちも違ってくる。そのため異世界からやって来た者はその世界の法則に合わせるために存在が調整された際、予期せぬ変化が起こるらしい。
それが異世界人たちが持つ特別な力、『ギフト』と呼ばれる物だ。
異世界からやって来た者たちは例外なくギフトを持っている。しかし、どういうわけか幸多郎はそれを持っている気配がない。シルフィールが神の力で幸太郎を鑑定したらしいのだが、特別何か不思議な力を持っている様子はなかったというのだ。
「普通だが普通ではない。一応、警戒しておけ、セイルよ」
神凪幸太郎。異世界からやって来た男。
「いやああああああああああああああ!!」
そんな幸多郎の悲鳴がミラリエスの屋敷の方から聞こえてくるのだった。
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