エリッセルの想い
エリッセルは天才だった。貴族の家に生まれ、魔法を学び、勇者に選ばれた。
すべてが順調だった。なんの不自由もなく、ただ前を向いているだけで進んで行けた。
彼女は才能に溺れることなく努力もした。昔の戦争で魔法使いとして武勲を成した先祖の血を受け継いだエリッセルは、その魔法の才を存分に磨き続けた。
剣術や格闘術も学んだ。エリッセルはそれらにも天才的な才能を発揮した。
もちろん勉学においても優秀だった。エリッセルは誰もがうらやむ完璧な存在だった。
そんな彼女が勇者に選ばれた。勇者になっても彼女は優秀で、あっという間に上位勇者の仲間入りを果たした。
けれど、そんなエリッセルはいつもひとりだった。彼女は孤独だった。
彼女は何でもできた。何の苦労もなく何でもこなせた。
だから他人がなぜ苦労するのかわからなかった。どうしてこんな簡単なことができないのかといつも不思議に思っていた。
そして、ある時気が付いた。周りの人間は自分よりも劣っているのだと。
そして絶望した。本当の自分を理解してくれる人は誰もいないのだと。
エリッセルはひとりだった。横に並び立つ者は誰もおらず、皆自分の後ろをついてくるだけだった。
ずっとずっとそうだった。自分が先頭で周りの者はいつも後ろ。前を行く人間はほとんどいなくて、隣には誰もいない。
けれどそれでも平気だった。エリッセルはひとりに慣れていた。孤独が友達のようなものだった。
そんなエリッセルに仲間ができた。勇者になって初めて組んだパーティー。その中にロイという男がいた。
ロイは魔法使いだった。けれど魔法使いのくせにエリッセルよりも魔法の腕は劣っていた。
ロイはずっと一緒だった。他の仲間がパーティーを抜けて行ってもロイだけはエリッセルのもとを離れなかった。
ある時、エリッセルは同じ勇者に出会った。風の勇者セイルと出会った。
「お前、もっと仲間を大切にしろ。周りをよく見ろ。そんなんじゃいつかひとりぼっちになるぞ」
セイルは説教臭い男だった。自分のやり方に文句をつけてくる変な奴だ、とエリッセルは思っていた。そんなセイルに少しだけ苛立ってもいた。
結果さえ残せばいい。その際の手段はなんでもいい。死人が出なければ何も問題ない。エリッセルはそう考えていた。
そんなエリッセルの考えをセイルは真正面から否定した。仲間を大事にしろだの人の気持ちを考えろだの面倒なことばかりを言ってきた。
本当に面倒な奴だ、とエリッセルは思っていた。けれど、少しだけ嬉しくもあった。
そんなことを言ってくれる人は周りに誰もいなかったから。
エリッセルはどういうわけかセイルのことが忘れられなかった。セイルの口にしたどうでもいいような説教が耳から離れなかった。
そして数年後、セイルの言葉は現実となった。
「最後までご一緒できず、本当に申し訳ありません」
エリッセルは暗黒竜と戦った。そして敗北した。
何とか撃退することは出来た。襲われそうになっていた村を守ることもできた。
だが仲間を失った。エリッセルのもとを仲間たちが去っていった。
「僕がもっと強ければ……」
ロイも冒険者をやめなくてはならないほどの重傷を負った。
エリッセルはひとりになってしまった。そこで初めて気が付いた。
「ごめんなさい、ロイ。あなたを守れなくて……」
周りなんて見ていなかった。ずっと前だけ向いていた。それでいいと思っていた。自分はひとりなのだとそう思っていた。
けれど、違ったのだ。隣ではないけれど少し後ろにいたのだ。
「泣かないでください、エリッセル様。悪いのは僕なんですから」
違う。自分が悪い。自分がもっと周りを見ていたらこんなことにはならなかった。
エリッセルは悔いた。自分の行いを、自分の今までのことを後悔した。
「さようなら、エリッセル様。気が向いたらパンでも食べに来てください」
エリッセルはロイと別れた。彼を故郷に送り届けて、エリッセルは旅を再開した。
ひとりの旅を、ひとりぼっちの旅を。
ひとりは平気なはずだった。なのにとても寂しかった。
寂しくて寂しくて、孤独なんて平気だったはずなのに、平気だと思っていたのに。
「……無様ね、本当に」
言う通りになってしまった。セイルの言った通りにひとりになってしまった。
笑われるだろうか、とエリッセルは思った。それとも呆れられるだろうか。
どんな顔をするだろうか。何を言われるだろうか。
会いたい。エリッセルはそう思った。エリッセルはセイルに会いたくなっていた。
理由はわからない。でも会いたい。
エリッセルは旅を続けた。そして、辿り着いた港町。
「……どんな顔、すればいいんだろう」
何を言えばいいんだろう。何を話せばいいんだろう。どうして少し怖いんだろう。
彼はなんて言うだろう。
いろんな想いがエリッセルの中を駆け巡る。たくさんの想いを抱えながら彼の前に出る。
「……久しぶりだな、エリッセル」
セイルは笑顔でエリッセルを迎えてくれた。少し顔が引きつっていたけれど。
その顔を見てエリッセルは少しだけホッとした。
「久しぶりね」
セイルは変わっていなかった。以前のまま、そのままだった。
そんなセイルを見てエリッセルは思った。この人と旅をしたいと。いつかきっと来る別れの瞬間まで、その時まで一緒にいたいとエリッセルは思ったのだった。
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