第2章

第28話

 イスト王国にはかつてトート村と言う小さな村があった。そこは昔、近くにあるパラテラ鉱山のおかげでそれなりに栄えていた村だった。


 けれど鉱山の閉鎖と共に徐々に衰退し、最後は毒に侵されて死んだ。


 セイルはそんな小さな寂れた村に生まれた。そこで生まれ、そこで成長し、15歳の時に村を飛び出し、長い間村へ戻ることはなかった。


 その旅の間に村はなくなってしまった。17年ぶりに村に戻って来た時にはもう誰も住んでおらず、村自体も森の中に沈んでしまっていた。


 そんな消滅したはずの村が再び蘇った。今はまだ名前だけだけれど。


「もう一度、ここに村を作りたい。それが俺の望みだ」


 村は無くなってしまった。村の仲間たちは誰もいなかった。家も畑も何もかもが森に変わってしまった。


 そんな場所にもう一度村を作りたい。トート村を復興したい。村に住む人々が平和に心穏やかに暮らせる、そんな村をここに築きたいとセイルは思ったのだ。


 そう、平和に、心穏やかに暮らせる村。それがセイルの望みだった。


 のだけれどもそんな望みは速攻で粉々に打ち砕かれたのである。


「たすけてえええええええええええええ!!」


 セイルがトート村があった場所に来てから三日ほど経った頃だった。どうやってここに村を作るかと皆で話し合っていたところだった。


「だじげでぐだざああああああああああああああああい!」


 遥か空の彼方から誰かが助けを呼ぶ声が聞こえて来た。


「きゃははは! 待て待て待て待てーーー!!」


 と、そんな楽しそうな声も聞こえて来た。


「あれは、ドラゴンじゃな」


 セイルたちは空を見た。声のする方に視線を向けると大きな翼を広げた白銀のドラゴンが凄まじい速度で飛んでいるのが見えた。


「あの小さい影は人のようですね」


 巨大なドラゴンの後ろには小さな影があった。どうやらそれがドラゴンを追いかけているらしい。


「どうすんだ、セイル? リーダーはお前なんだから」

「いや、どうするって……」


 白銀のドラゴンと小さな人影がものすごい速さで追いかけっこをしている。その巻き起こす風がセイルたちのいる神樹の森を激しく揺さぶる。


「このまま放ってはおけないわ」

「そうですよセイルさん! あれがどこかの町にでも落ちたら大変です!」

「……そうだな。どうにかするか」


 何をしているのかさっぱりわからない。一見すると追いかけっこをしているようにも見えるが、ドラゴンの叫び声は命の危険を感じているような悲痛なものだった。


「しかし、どうするんだ? あれを止めるとなると」

「では、わたくしがどうにかしましょう」


 どうにかする、と宣言して風の神シルフィールが飛び立っていった。そして、シルフィールは激しく飛び回るドラゴンと人影の間に入り込むと、ドラゴンを追い回す人影の前に立ちはだかった。


「おやめなさい、怯えているのがわかりませんか?」

「なにおばさん? なんかよう?」

「……死になさい」


 まあ、何とかなった。


「……シルフィール様」

「だってだって、この小娘はわたくしをおばさんと言ったのですよ! わたくしはまだそんな年ではありません!」

「ほほう、ならばいくつなのじゃ?」

「神に年齢を聞くのは失礼ですよ?」


 まあ、いい。いいとしよう。とにかくドラゴンを助けることができた。


「ありがとうであります! 助かったであります! このご恩は一生忘れないであります!」


 ドラゴンが地面に平伏してお礼を言っている。その体躯は見上げるほどで、立ち上がり頭を上げると城壁など軽く越えるほどに巨大だ。そんなドラゴンが地面にひれ伏して何度も感謝の言葉をセイルに伝えていた。

 

 それに対してドラゴンを追いかけていた人影はと言うと。


「なにこれすごーい! ぜんぜんとれない! おもしろーい!」


 ドラゴンを追いかけていた人影は木の根っこでぐるぐる巻きにされ地面に転がり、その木の根をほどこうとして楽しそうに暴れていた。


「お主、吸血鬼じゃな」


 木の根っこでぐるぐる巻きにされた人影は女の子だった。14歳か15歳ぐらいの美少女だ。そんな美少女を一目見てアルウェンドラはその子が吸血鬼であると見抜いた。


 見抜く、と言っても吸血鬼の特徴を知っていればすぐに見分けがつく。その少女は真っ赤な目をしていて、肌が異様に白く、口の中にはびっしりと鋭い牙が並んでいた。そして、その長い髪は満月が放つ月光のような金髪をしていて、そのどれもが彼女が吸血鬼であることを示していた。


「うん、そうだよ。吸血鬼。で、あなた誰? ここどこ? これ何? そこのおばさん何者?」

「……死になさ」

「まてまてまて、待ってくれシルフィール様」

「でも」

「話が進まないから落ち着いてください」


 セイルは風の神をなだめながら吸血鬼の少女から話を聞く。


「キミはどうしてドラゴンを追い回していたんだ?」

「美味しそうだったらだよ?」

「……食べるつもりだったの?」

「うん!」


 吸血鬼の少女は元気よくうなずく。


「でも、もういいかな。だってもっと美味しそうなの見つけたから」


 そう言って吸血鬼の少女はセイルを見ていた。


「ねえ、あなた。強い?」

「……いや、弱い。悪いが期待には応えられないと思うぞ」

「そうなの? うーん、じゃあいっか」


 吸血鬼の少女はセイルからドラゴンの方へと視線を向ける。


「ヒィッ」


 ドラゴンは小さな悲鳴を上げ巨体を丸めて縮こまりガタガタ震え始める。


「この怯え様。この娘、相当な実力者のようじゃな。となると、ミラグレイスの血縁か」

「お母様のこと知ってるの?」


 ミラグレイスと言う名前を聞いた吸血鬼の少女はアルウェンドラに顔を向ける。


「お主、ミラグレイスの娘か?」

「うん。あなたはお母様の何?」

「お母様と言うよりゴンドロアの知り合いじゃな」

「お父様! あなたお父様のお友達なのね!」


 吸血鬼の少女は興奮し始める。


「うむ、やはりあの女王の娘か」

「なに感心してるんですか! ヤバいですよこの子!」


 吸血鬼の少女に巻き付いている木の根がミシミシと音を立てて千切れていく。ドラゴンの牙でも噛み切るのが難しいほどの強度を持つ神樹の根を少女は引き千切ろうとしているのだ。


「ねえ、あなた強い? なら私の旦那様になって!」

「悪いがわしは女じゃ」

「えー、なんだつまんない。ああ、でもおうちに帰れば性別を変える薬があるから大丈夫ね」

「まったく大丈夫ではないが。しかし、厄介な奴が来たものじゃ」


 ドラゴンに吸血鬼。神樹の森にやって来たこの世界でも指折りの化け物たち。


「た、助けてほしいであります。なんでもするであります」 

「ねえ、お腹空いた。なんか食べる物ない?」


 平和で平穏な村を目指すトート村に平和や平穏とは程遠い物がやって来たのだった。

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