駆け出し勇者
幼馴染みが魔物に襲われて死んだ。いつか伝説の勇者みたいな立派は男になろうと約束した幼馴染みが殺された。
立派な勇者になる。立派な勇者に、憧れの存在に、それを果たせなかった幼馴染みのためにも。
ランセルはそんな想いを抱いて旅に出た。その旅の中で一人の勇者に出会った。
ランセルはその勇者の仲間になった。勇者の仲間になって経験を積み、自分もいつか勇者になるために。
けれど、その勇者はまったく勇者らしくなかった。
風の勇者セイル。ランセルは彼を軽蔑していた。
セイルはどんな仕事でも引き受けた。時には報酬も受け取らずに仕事をした。
セイルは手入れのされていない祠を見つけると掃除や修繕を行った。時間がある時は必ず、時間がないときは依頼が終わった後に立ち寄ってまで祠の手入れを行った。
セイルはいつもへらへらと笑っていた。誰にでもへこへこと頭を下げ、勇者らしい威厳などどこにもなかった。
ランセルはそんなセイルが大嫌いだった。なんでこんな男が勇者なんだ、と憤っていた。
それでもランセルはセイルについていった。何の実績もない若造の同行を許すような勇者はセイル以外にいなかったからだ。
セイルは本当にお人好しだった。ランセルはそんなセイルを見下していた。
勇者は人類の守護者で、世界を滅ぼす魔王を倒す者だとランセルはそう思っていた。けれど、セイルはランセルの勇者像とかけ離れた存在だった。
こんな勇者には絶対にならない、とランセルは誓った。セイルのような情けない勇者には死んでもならないと。
そんなある日、ランセルは勇者になった。光の勇者に選ばれた。
ひとつのパーティーに勇者は二人もいらない。ランセルとセイルは決闘し、どちらがパーティーのリーダーに相応しいかを決めることとなった。
その決闘にランセルは勝利した。そして、セイルのパーティーを引き継ぎ自分の思い描く理想の勇者の旅へと出発した。
けれど、理想通りとはいかなかった。
「去れ。弱き者よ」
輝鋼竜バスティオン・リダ。光輝く鋼の鱗を持つ上位竜にランセルは遭遇した。
それは偶然だった。滅多に巣を離れないはずのドラゴンがランセルたちの目の前に現れたのだ。
おとぎ話の勇者は憧れるほどに強かった。そんな勇者にランセルもなりたかった。一緒にそんな勇者になろうとランセルは幼馴染と約束したのだ。
おとぎ話のドラゴン討伐伝説。勇者はドラゴンになんか負けない。自分もドラゴンを倒して伝説の勇者に並び立つ勇者になる。それを夢見てランセルは自分の理想を実現するために戦いを挑んだ。
だが、負けた。惨敗だ。命があるだけマシなぐらいだ。
命からがら逃げだしたランセルはとある村に逃げ込んだ。そこで治療を受けしばらく療養することとなった。
「いやいや、こんな村にまた勇者様が来てくださるとは」
その村の村長はランセルたちをあたたかく迎え入れてくれた。以前、この村を訪れた勇者にとてもよくしてもらったからと村長は言っていた。
「魔物退治だけでなく村の掃除や小屋の修繕。そうそう、山の上にある祠の手入れも手伝ってくださいました」
村長はランセルたちにとても良くしてくれた。
「おや、そちらの方は以前にもこちらにいらした方では? いやいや、お久しぶりですなぁ。しかし、あの勇者様はどちらに?」
村長だけでなく村の人々も優しかった。まるで久しぶりに村に帰って来た家族を迎え入れるように受け入れてくれた。
「セイル様はお元気ですかな?」
その村はランセルが仲間になる以前にセイルが訪れた村だった。ランセルは過去のセイルに助けられたのだ。
悔しかった。ランセルは悔しくて仕方がなかった。馬鹿にしていたセイルに助けられたのだ。自分が見下していたセイルの行いにより命を拾ったのだ。
「俺は、間違ってない。俺は正しいんだ……!」
勇者は神に選ばれた勇敢な者のことだ。魔王を倒して世界を救う人類の守護者なのだ。
人を守る。誰かを守る。みんなを、世界を守る。それが勇者の使命。
「なんで、こんな時にあいつの顔が……!」
なぜだかランセルの脳裏にセイルの顔が浮かぶ。
ランセルはセイルの顔を思い出す。すると不思議なことに気が付く。
「なんだよ、馬鹿にしてんのかよ……」
ランセルの頭に浮かぶセイルの顔。その顔はなぜか笑っていた。
「……そう言えばあの人。いつも笑ってたな」
どういうわけかランセルはセイルの笑顔しか思い出せなかった。それはきっとセイルがいつも笑っていたからだろう。
そして、みんな笑っていた。セイルに関わった人たちはみんな笑っていた。
この村の人たちもだ。ランセルたちがセイルの仲間だったと知ると、みんな笑顔になった。
立派な勇者になる。憧れの勇者になる。誰からも尊敬される偉大な勇者になる。
ランセルは考える。セイルは勇者なのかと。
「勇者って、なんなんだろうな」
ランセルは否定する。セイルのような勇者にはならないと。
けれど、こうも思う。
ならないんじゃなくて、なれないんじゃないかと。
「元気に、してんのかな……」
ランセルはぼんやりとセイルの姿を思い浮かべて、なんだか少しだけ寂しくなった。
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