幕間
吸血鬼の国から
一人の吸血鬼の少女がいた。少女と言っても齢120歳に迫るほどだが吸血鬼としてはまだ年若い女の子だった。
彼女の名前はミラリエス。吸血鬼の国の長である永世女王ミラグレイスの20341番目の子供である。つまり吸血鬼の国のお姫様だ。
そんなミラリエスが20年と言う長い眠りから目を覚ました。母であるミラグレイスによりバラバラにされ、一部は犬のエサに、一部は灰にされながらもどうにか完全復活することに成功した。
「もう、お母様ったらやることが乱暴なんだから。それにしても、ここはどこかしら?」
ミラリエスはあたりをきょろきょろと見渡す。そこはどこかの岩山の上のようで、眼下には森が広がり、そして少し遠くに目をやると町の姿が見て取れた。
「うーん、どうしよう。お母様きっとまだ怒ってるだろうなぁ。今帰ったらまた殺されちゃうわね」
ミラリエスはちょっとだけ困っていた。本当にちょっとだけである。
吸血鬼にとって死は本当の死ではない。ただ少しだけ長い眠りにつくというだけだ。だから母に殺されたとしても、それは少しばかり強く叱られた程度でしかない。
だが、本当に死ぬこともある。この世界から肉の一片、骨のひとかけら、血の一滴、そして魂の残滓まですべて消し去られた場合のみ、吸血鬼は滅び二度と生き返ることはない。
「お父様との子供が欲しい、って言っただけなのに」
吸血鬼の倫理観というのは少々狂っている。人間とは明らかに感覚が違う。
当然、ミラリエスも人間とかなり感覚がずれている。自分の父親の子供が欲しいと平気で母親に告げ、実際にその寝所に忍び込んで夜這いをかけようとした程度には狂っている。
ちょっと種を貰おうとしただけ、というのがミラリエスの言い分だった。けれど、許可もなくそんなことをしたミラリエスを母であるミラグレイスは許さなかった。
そして殺してバラバラにして犬のエサにして燃やして捨てた。そこから20年をかけてミラリエスは復活し、人の国で目を覚ました。
「まあ、いっか。お父様がダメならほかにいい男を見つければいいのだし。ちょうど人間の臭いもするし。ふふん」
人間。かつてそれは吸血鬼にとってただのエサでしかなかった。脆く弱く、そして美味しい食べ物でしかなかった。
それが変わったのは800年前だ。ミラリエスの父であるゴンドロアが吸血鬼の国にやって来たときから、吸血鬼にとって人間はただの美味しいエサと言うだけでなく、優秀な子供を産むための道具という重要な意味を持つようになったのだ。
ミラリエスの父であるゴンドロアは聖戦士と呼ばれてた。そして、過去に何度も母であるミラグレイスを殺した。吸血鬼族の長い歴史の中で最強無比と言われていたミラグレイスを何度も殺した大戦士、それがゴンドロアだ。
ミラリエスはそんな父が大好きだった。彼の子供が欲しいと思うほどにである。
ただ、ゴンドロアは自分を受け入れてはくれなかった。それが人間の倫理なのだと説明されてもミラリエスには理解できなかった。
実際、ゴンドロアは自分の子供とは子をなしていない。おそらくそれがゴンドロアが人としての正気を保つための意地なのだろうが、ミラリエスにはそれがまったく理解できなかった。
嫌われていないのはわかる。愛されているのも理解できる。なら子供を作ってもいいじゃないか。何がダメなのかさっぱりわからない。
だがしかし、わからなくてもダメならどうしようもない。母の怒りを買ってしまったのだから、もうどうしようもない。
いつか母を殺せるほどに強くなることができれば問題ないのだが、今は全く歯が立たない。ならば、当分お預けだ。父が死なない限りはいつでも子をなすことはできるのだ。
「人間、人間。強い人間はいるかしら。私より強かったらいいなぁ」
ミラリエスは楽しそうに踊る。鼻歌を歌い、牙をむき出して笑う。
「待ってて未来の旦那様。私より、お父様より強い人」
その日、町が一つ消えた。一人の吸血鬼の少女に町の住人たちは無残にも食いちぎられ、引き裂かれ、踏みつぶされ、蹂躙され、死んでいった。
ミラリエスは化け物だった。狂った吸血鬼の中でもさらに狂った吸血鬼だった。
それは生まれる前からだった。ミラリエスは五つ子として生まれる予定だったが、誕生の際ミラリエスは腹の中で姉や妹たちを食い殺し、ミラグレイスの腹を食い破って生まれて来た。この世に生まれ出る前から尋常ならざる力を持ち、それは年を重ねるごとに強くなっていった。
そんなミラリエスを母であるミラグレイスは徹底にしつけた。そして、何とか吸血鬼の姫として恥ずかしくないようにある程度は矯正することに成功している。けれど、それでもミラリエスはイカレた吸血鬼には変わりがない。
「うーん、ここにはいなかったみたい。次はどこに行こうかなぁ」
一人の吸血鬼の少女が世に放たれた。美味しい食事を堪能するため、そして理想の王子様を見つけるために、彼女は次の町へと飛び立っていった。
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