第25話
第三次魔王討伐。それは800年ほど前の出来事だ。二度目の復活を遂げた魔王は魔物たちを率い三度人間たちに戦争を仕掛けた。
「あの時は大変じゃった。魔王はよりによって邪神の一部を目覚めさせてのう。魔王よりもそっちの方に手を焼いた」
800年前の大戦争。そこには魔王や魔物だけでなく邪神の姿も存在していた。そして、その邪神を倒すため人間だけでなくあらゆる種族や神までもが力を合わせて戦った。
「この時も大変じゃったが、この後もいろいろあった。勇者が鬼人族の奴隷になったり、聖女が悪魔族の姫と姉妹になったり、吸血鬼の女王と聖戦士が夫婦になったりと。まあ、いろいろじゃ」
「ちょっと待ってください。なんかすごいこと言ってませんか?」
何かとんでもないことを平然と言っているが、アルウェンドラの様子は全く普通だった。
「んー? 大したことではない。それよりも」
「いや、その大したことじゃない話をしてください。気になるので」
「そうか? まあ、いいじゃろう」
ほかに何か話したいことがあったようだが、アルウェンドラはリフィの要望に応えて大したことのない話をし始めた。
「まず最初は勇者じゃな」
勇者リオウ。第三次魔王討伐の時代、最強とうたわれていた勇者である。彼は光の神に選ばれた勇者で、魔王復活前は鬼人族と日々死闘を繰り広げていた。
しかし、魔王が復活し邪神の一部を蘇らせた際には勇者と鬼人たちは共に戦い、その戦いの中で勇者はその力を使い果たしてしまった。
魔王を倒した後、勇者は生まれ故郷に帰り平和に暮らしていた。だが、その平和は長くは続かず、彼の暮らす町に鬼人が攻めて来た。そして、鬼人は町の住人たちを人質に取り、人質を解放してほしいなら奴隷になれという要求を勇者リオウに突きつけた。
勇者リオウは人質の命と交換に奴隷になることを受け入れた。勇者が鬼人族の奴隷になったのだ。
「ひどい話だわ」
「いや、そうでもないんじゃ。まあ、大変そうではあったがの」
勇者は鬼人族の奴隷となった。その話を聞いたアルウェンドラは勇者リオウに会うために鬼人の国へと向かった。
「まあ、それはそれは可愛がられておったぞ。邪神と戦う勇者の姿に惚れ込んだ鬼人族の娘たちから迫られて、毎晩大変だったそうじゃ。わしが会った時も側に若い娘が何人もいて、本人はげっそりとやつれておった」
可哀そうな話である。しかし、そうは思わない人間がこの場に二人ほどいる。
「うらやましいですねぇ、それは」
「……いいなぁ」
本当にひどい話だ。勇者は町の人々を守るためにかつての敵の奴隷となったのだ。
「次に聖女じゃな。これも勇者の話と似たような話じゃ」
聖女とは勇者と対を成す神に選ばれた存在だ。第三次魔王討伐の時代、クリステラと言う聖女がいた。
聖女クリステラは魔王が復活する以前は悪魔たちと戦っていた。しかし、魔王が復活し邪神の一部が解き放たれた際には聖女と悪魔は共闘し、力を合わせて邪神を封印した。
その際、聖女は勇者と同じように力を使い果たし、戦いが終わった後は神殿で静かに暮らしていた。
そんな穏やかな日々を過ごしていた聖女のところに悪魔族の使者がやって来た。和平交渉のためである。
当時、大陸は魔王や邪神との戦いで荒廃し、人間だけでなく他の種族も疲弊しきっていた。そんな荒れ果てた国を復興するため人間も悪魔も必死で、他国と争いなどしている暇などなかったのだ。
互いに争う気はない。だが長い間戦い続けて来た人間と悪魔がすぐに相手のことを信用できるわけがない。もしかしたら敵が攻めてくるかもしれない、と悪魔も人間も互いに疑心暗鬼だったのだ。
その不安を払拭し復興に全力を尽くすために悪魔は人間と和平を結ぶことにした。そのことを伝えるために悪魔族は人間のところへ使者を送ったのである。
しかし当然タダと言うわけにはいかない。むしろ何か条件を付けなければ逆に疑いを招く。敵だった相手が条件も無しにとなればその裏を疑われて厄介なことになるだろう。
お互いこれ以上血を流す気はない。けれど互いに譲れない部分もある。そのため交渉は難航したが長い話し合いの末、和平は締結。その際、互いの国にとって重要な物を交換すると言うことになった。
悪魔族は悪魔の国に伝わる秘宝のひとつを渡した。そして、悪魔たちはその交換として魔王討伐の英雄である聖女を差し出すことを要求した。
確かに聖女クリステラは人々にとって重要な存在だった。けれど神殿や国の上層部にとってはすでに力を失ったただの女でしかなく、それを差し出して平和を得られるならと国や神殿は喜んで聖女クリステラを悪魔に譲り渡した。
その話を聞いた聖女クリステラは何の迷いもなく人質になることを受け入れた。自分一人の犠牲で平和が得られるのならと自ら進んで悪魔の国へと向かったのだ。
「なんてひどい。どっちが悪魔だかわかりませんね」
「まあ、そうじゃな。人間と言うのは時に悪魔より残酷になる物じゃ」
こうして聖女は悪魔の国に人質として迎え入れられた。その話を聞いたアルウェンドラは聖女に会うために悪魔の国に向かった。
「あの子もかなり大変そうじゃったな。どうやら邪神との戦いの際、悪魔族の姫を助けたようでのう。その際に気に入られたのかその姫に、お姉さまお姉さまとずいぶん慕われておった」
アルウェンドラが聖女クリステラに会いに行ったとき、彼女は学校の先生をしていたらしい。どうやら貴族の娘たちに人間界のことや貴族としてのマナーを教えており、悪魔貴族の令嬢たちからも、先生やお姉さまと呼ばれてかなり慕われていたという。
「神殿にいた頃よりずっと楽しいと言っていた。まあ、クリステラはいろいろと面倒な立場にいたからのう。そこから解放されてせいせいしておったのじゃろう」
当時、邪神を倒した英雄として聖女クリステラは人々からかなり支持されていたようだ。それを良く思わない勢力と彼女を支持する勢力とで国は内紛状態となり、身の危険を感じた聖女クリステラはずっと神殿の奥に引きこもっていた。
そんな状態から解放されたクリステラは悪魔の国で生き生きと働いていたらしい。人間の中にいるより悪魔の中にいたほうが良いとは皮肉なものである。
「聖女と悪魔の姫は本当に仲が良かった。二人の間に子供ができるぐらいにな」
「ちょ、ちょっと待ってください。悪魔の姫って、女ですよね?」
「そうじゃ。姫じゃからな」
「女同士で子供? ああ、養子ってことですか」
「いいや実子じゃ。正真正銘、聖女と悪魔の姫の子供じゃ」
「……どうなってるんですか、悪魔は」
ちなみにセイルたちのいる大陸には悪魔の国が二つあり、その片方の国を治める悪魔王は聖女クリステラのひ孫にあたる。
「最後は聖戦士じゃな。三人の中で奴が一番悲惨じゃった」
聖戦士。神の加護と聖なる力を得た最強の戦士が聖戦士だ。第三次魔王討伐の時代、最強とうたわれた聖戦士がゴンドロアである。
聖戦士ゴンドロアは吸血鬼に両親を殺された過去があり、その復讐を果たすため聖戦士となった。彼は復讐の鬼と化し、吸血鬼たちと死闘を繰り広げた。
しかし、彼も勇者や聖女と同じように魔王や邪神と戦った際は吸血鬼たちと力を合わせた。そして、他の二人と同じように力を失い、聖戦士ゴンドロアは瀕死の重傷を負ってしまった。
吸血鬼の女王はそんな瀕死の状態のゴンドロアを国へ拉致した。そして、彼を吸血鬼一族を救うために利用した。
当時、吸血鬼たちは少子化に悩んでいた。かなりの長命種である吸血鬼は繁殖能力がとても弱く、なかなか子供に恵まれなかった。人間と同じように生理はあるのだが人間とは違い三年に一度あるかいないかで、タイミングを合わせて行為を行ったとしても妊娠確率は三割にも満たなかった。しかも、吸血鬼一族は圧倒的に女の数が多く万年男不足であり、さらには吸血鬼の女性は行為の際興奮して相手を殺してしまうことが多々あった。
その問題を解決するために吸血鬼の女王は聖なる力を失って瀕死の状態のゴンドロアを拉致して国へ連れ帰った。もちろん彼を種馬にするためだ。
そして、その企みは見事成功。ゴンドロアは吸血鬼の女性を次々と妊娠させ、吸血鬼族の救世主となったのである。
「ゴンドロアは巨人族の血を引いていると噂されるほど頑丈じゃったからな。吸血鬼との行為にも耐えられたのじゃろう」
もちろんアルウェンドラは聖戦士ゴンドロアにも会いに行き話を聞いた。
ゴンドロアの話によれば彼は邪神との戦いで死にかけて気を失い、気が付くと知らない場所にいて、気が付くと吸血鬼の女王が自分の上にまたがっていて、気が付くと彼女が妊娠していて、気が付くと五つ子の父親になっていたらしい。
「わしが最後に会ったときは百年と少し前じゃったが、たしか子供が二万人を超えておったはずじゃ」
「い、二万!?」
「そ、それは子だくさんというか、なんというか」
「うむ。その女王の他に妾が50人はいるという話じゃった」
「……ちょっと待ってください。百年前?」
「もしかして、まだ聖戦士ゴンドロアは生きているの?」
「うむ。今も生きているじゃろうな。どうやら年を取るたびに若返りの秘薬で若返って、子作りをして、年を取ったらまた若返るを繰り返しているらしい。繰り返しているというか、繰り返させられていると言ったほうがいいかの」
悲惨だ。自分の両親を殺した吸血鬼の子孫繁栄のために利用され、死と言う人の尊厳まで奪われている。これが悲劇と言わずになんと言うのか。
「最後に会った時はかなり疲れておったなぁ。そろそろ交代して欲しいと嘆いておった」
それはそうだろう。アルウェンドラの話からするとゴンドロアは800年間ずっと働き続けているのだ。元聖戦士で体力があり年を取ったら若返ることができるとは言え800年である。普通の人間なら心を病んでもおかしくない。
ちなみに現在、ゴンドロアのいる吸血鬼の国は順調に人口を増やしている。ゴンドロアの血を受け継いだ子供たちは純粋な吸血鬼よりも繁殖力が強く、さらには日の光に弱いという吸血鬼の弱点を克服し、加えて吸血鬼は闇属性の魔法しか使えなかったがゴンドロアの血を受け継いだ影響か、彼の子供やその子孫たちは闇属性と光属性の魔法の両方を扱うことができるようになっていた。
まさにゴンドロアは吸血鬼たちの救世主であり、名実ともに国父として吸血鬼たちから崇められ、絶倫王として吸血鬼の男たちから尊敬され、ゴンドロアのおかげで吸血鬼たちは大陸最強の種族となることができたのである。
「まあ、三人の話はこんなところじゃな。どうじゃ? 大した話ではなかったじゃろう」
「いや、大した話ですよ」
「そうか? よくある話じゃと思うがのう」
よくある話なわけがない。少なくともリフィたちはそんな話など聞いたことが無い。
「まあ、この話は人間たちの間ではあまり知られておらんようじゃからのう」
「そうです。私は知りませんでした」
「私も知らなかったわ」
「あたしはゴンドロアの噂ぐらいは聞いたことがあるが」
どうやら人間の国では三人の逸話は有名ではないようだ。
「知らなくとも無理はない。人間にとっては不名誉な話じゃからな。おそらく当時の神殿の奴らが話を広めないようにしたのじゃろう」
神に選ばれた者たちが人間の敵である種族に力を貸した。そんな噂が広まると都合の悪い者たちがいるのだ。
特にゴンドロアの話はかなりよろしくない。人間の敵である吸血鬼の繁栄を助けたのが、神に力を与えられた聖戦士だったなどと言う話が広まるのは不味いだろう。特に神殿勢力だ。神に選ばれた男が人間の敵に回ったとなれば神を崇め奉る神殿の存在意義にもかかわる重大事件である。
「神殿てのはいつの時代も腐ってんだな」
「まあ、否定はできんな。程度によるが、ああいうでかい組織は腐りやすいものじゃ」
と、一通り話を終えたアルウェンドラはふうっと一息つくとセイルの方に目を向ける。
「どうじゃ? 眠たくなったか」
「そんなわけないだろう」
「なんじゃ。せっかくよく眠れるように昔話をしてやったと言うのに」
「いやいやいや、眠れるわけがないだろう」
まだ起きているセイルを見たアルウェンドラは少し不満そうだった。
「なら、もっと眠くなる話をしてやろう。これはわしがまだ子供の頃、空から降って来た謎の魔物が――」
アルウェンドラの昔話は続く。どうやらまだまだセイルは眠ることができないようだった。
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