第24話

 ティティアは警戒心を隠そうともせずアルウェンドラを鋭く睨みつけていた。


「アルウェンドラじゃ。アニーでもアルでもドラ坊でも好きに呼ぶがよい」


 北の森から戻るとすっかり日が傾いていた。ティティアはセイルたちの帰りが遅いので心配して待っていたが、そこにセイルたちがアルウェンドラを連れて帰ってきた。


「アルウェンドラねぇ。伝説の魔法使い様と同じ名前とは、なかなかお前の親は豪胆だな」

「うむ。しかもわしは魔法使いじゃ」

「そいつは大変だ。で、何もんなんだ、お前は」


 ティティアは勘が鋭い。何かを感じとったのだろう。


「魔力を抑えてるみてえだが、あたしは誤魔化せねえぞ」

「おお、なかなか良い目をしておるな。面白い」


 やはり見破っているようだ。アルウェンドラは自分の魔力を制御して一般的な魔法使い程度に抑えているが、それをティティアは看破したようである。


「まあ、何者かと言われてもわしはわしじゃ。アルウェンドラはアルウェンドラじゃ」

「……マジで本物なのか?」

「ああ、おそらく、たぶんな」


 確かめる方法がない以上は本人の言っていることを一応信じるしかない。それにアルウェンドラの魔力量や実力から察するに彼女がかなりの実力者であることは確かである。


 それに風の神と知り合いだった。それだけで十分アルウェンドラの実力が本物である証拠となるだろう。


「まあいい。このパーティーのリーダーはセイルだ。お前が仲間にするってんならあたしは反対しない」


 と言うことで正式にアルウェンドラはセイルのパーティーに迎え入れられたのである。


「さて、そんじゃあ飯にするか。もう日が暮れちまう」

「なんじゃ? わしはすぐにでも出立するつもりじゃったが」

「ああ? 何言ってやがんだ。夜になっちまうぞ」

「問題ない。で、どこへ向かうんじゃ?」


 本当に何言ってんだ? とティティアはいぶかし気な顔で腕を組んでいる。常識を知らないのかこいつは、と言いたそうな顔だ。


「俺が目指しているのはトート村というところだ。もう村があるかはわからないが」

「トート村? たしかパラテラ鉱山の近くにそんな村があったのう」

「そうだ。良く知ってるな。もうとっくの昔に閉山してるが、確かに近くにそんな名前の鉱山がある」

「なるほど。そこへ行けばよいのか」


 アルウェンドラは顎に手を当ててしばらく何かを考えていたが、突然何もないところから長い杖を取り出してこう言った。


「確か近くに転移陣を設置しておいたはずじゃ。どれどれ」


 本当に何を言っているんだこいつは? と言いたげな顔をセイルたちはアルウェンドラに向ける。だが、そんな疑いの目など意に介すことなくアルウェンドラは魔法を発動し始めた。


「おい、本当に何考えて」

「荷物のことなら心配するな。一緒に転移させておく」


 アルウェンドラはセイルたちの制止も聞かずに魔法を発動した。


 光がセイルたちを包み込む。一瞬目がくらんで何も見えなくなる。しばらくするとその光が晴れ、セイルたちは目を開く。


 しかし、何も見えない。目を開けているはずなのだが真っ暗だった。


 そんな暗闇の中、ぽうっ、と明かりが灯る。


「うむ、成功じゃな」


 空中に浮かぶ明かりがその場所を照らしている。そこはどうやらどこかの地下室のようで、壁も天井も床もすべて石で作られていた。


「ほ、本当に転移してる……」


 セイルたちの足元には魔法陣が描かれていた。おそらくそれがアルウェンドラの設置したという転移陣なのだろう。


「荷物もある。どうやったんだ?」

「んー? 縁を辿ったんじゃ。人と物には繋がりができるものじゃからな」


 セイルたちの周りに全員の所持品が置かれていた。ティティアの大剣やそれぞれの荷物が入った袋などである。


「ったく、無茶苦茶だな。で、どこなんだここは?」

「トート村の近くの町のはずじゃ」


 アルウェンドラは部屋の中を明かりをもう一つ生み出して部屋の壁の方へと歩き出す。そして、壁際まで来るとその壁に手を置いた。


 扉が現れた。アルウェンドラが触れた壁に扉が現れ、アルウェンドラはその扉を開いて外へ出て行った。


「外の様子を見てくるでの。待っておれ」


 そう言い残してアルウェンドラは部屋の外へ出ると扉がぱたんと閉じられた。


 残されたセイルたちはアルウェンドラが残した明かりの中で互いに顔を見合わせていた。


「……転移魔法、ですか」

「簡単な魔法じゃないはず、よね」

 

 大魔法使いアルウェンドラ。本当に彼女がそうなのかとまだ少し疑ってはいるが、味方である限りは頼りになりそうだ。


「で、ここはどこなんだよ」

「トート村の近くの町と言っていたけれど。セイル、心当たりは?」

「ノノアラだと思う。近くの町というとそれぐらいだ」


 セイルは過去の記憶から周辺の地理を思い返し、自分たちが今いる場所を予想する。セイルが生まれたトート村の南に片道半日ほど歩いたところにノノアラと言う町があったはずだ。


「そういや、セイルの生まれ故郷ってのはどんなところなんだ?」

「小さな村だよ。大昔は鉱山のおかげで賑わってたらしいが、俺が生まれた頃にはもう見る影もなかった」


 トート村。近くにあるパラテラ鉱山のおかげでかつてはそれなりに栄えていた村だ。だが、鉱山から鉱石が採れなくなり次第に寂れ、閉山したことでどんどんと人が流出して、セイルが生まれた頃にはかつての繁栄の残骸が残るだけだった。


 それでも人々は生きていた。過疎が進み、若者が次々と村を離れて行っても、そこには人の営みが続いていたのだ。


「寂れた村だが、いい村だったよ。少なくとも俺にとってはそうだった。まあ、そんな村を俺は捨てたんだがな」


 立派な勇者になる。歴史に名を残す男になる。そんな夢を見てセイルは村を飛び出した。


「……どうにかしたかったんだ。死んでいく村を、俺が冒険者になって一旗揚げて、豊かとはいかないまでも、なんとか、なんとかしたかったんだ」


 セイルはその場に座り込んで祈るように両手を組んで下を向く。苦しそうに、悔しそうに、うめくように言葉を絞り出す。


「俺は、救いたかったんだ。勇者になれば、有名になれば、金さえあれば、救えると思っていたんだ」


 貧しい村だった。希望なんてどこにもなかった。けれど、嫌いではなかった。貧しい中にも笑顔があったのだ。寂れていても人の心は荒んでいなかったのだ。


「……もう、全部なくなってしまった。上手く行かないな、世の中ってのは」


 笑うしかなかった。助けたいと思っていた大事なものは自分だけを残してどこかへ行ってしまった。もう二度と戻ってこないかもしれない。


「セイルさん、まだ村がなくなったと決まったわけじゃ」

「ポイズンマッドだ、俺の村を襲ったのは」


 セイルを励まそうとしたリフィは言葉を詰まらせる。


「さっき言ってただろう? 近くに鉱山があるんだ。どうやらそこの鉱毒を喰らったスライムが変異したらしい」


 スライム。粘体状の雑食性の魔物だ。そしてセイルの村を襲ったポイズンマッドはスライムの変異種だ。毒性のある物を体内に取り込んで変化したスライムである。


「ポイズンマッドは毒をまき散らす。鉱山からあふれ出した奴らが村を襲ったんだ」


 スライムは雑食性の魔物だ。何でも食べて、食べた物によって性質を変化させる。毒を食べれば毒性を持つようになる。


「普通のスライムなら火に弱い。燃やせばいい。でも、ポイズンマッドは燃やすと毒煙を出す。そんな奴らが大量発生だ」


 ポイズンマッドは触れた物を毒で汚染する。人体はもちろん植物や土壌も毒に侵され、奴らが通った後は雑草ひとつ生えない死の土地に変わり果てる。


「……セイルさん」


 リフィは掛ける言葉が見つからなかった。エリッセルもティティアもうなだれるセイルをただ黙ってみているしかできなかった。


 そんな時だ。外の様子を見に行っていたアルウェンドラが戻って来た。


「……少々厄介なことになっておった」

「どうしたんだ? 何があった?」


 うなだれていたセイルは腰を上げて帰って来たアルウェンドラの話を聞く。


「ディオディオンが大繁殖しておった」

「ディオディオン?」

「それって魔樹のことかしら?」


 ディオディオン。それは魔樹とも呼ばれる植物性の魔物である。


「一面真っ赤じゃったよ、トート村があった場所は」


 ディオディオンは血のように赤い葉を茂らせる。しかし、見た目が毒々しいだけでディオディオン自体に毒があるわけでも、動くわけでも人を襲うわけでもない。


 問題はその繁殖力である。ディオディオンの種が一粒でも根付くと数日で町を森に変えてしまうほどに繁殖力が強いのだ。


 さらにディオディオンが厄介なのは除去が難しいことだ。その表皮は鉄のように固くしかも火に強く燃えにくい。切り倒したとしても切り株からすぐに再生をはじめ、根を掘り出したとしても少しでも根が残っていればそこから数日で大木が生えてくる。なのでディオディオンの除去には専用の道具と特殊な薬剤が必要で、大繁殖した場合、完全に除去するのに数年から数十年かかる場合があるのだ。


 そんな厄介な物がトート村を覆いつくしている。村が無事だとは思えない。


「村は」

「絶望的じゃな。あれが繁殖していてはどうしようもない」


 セイルは天を仰ぐ。言葉もなく石の天井を見つめる。


「町もダメになっておった。幸い、ディオディオンの拡大は止まっているようじゃが。いったん戻るか? 外に出るのはもう少し周囲を確認してからのほうがいい」

「……いや、ここにいるよ。一晩ぐらいなら、平気だ」


 アルウェンドラの言葉にそう答えたセイルは部屋の隅に移動してその場に腰を下ろして壁に背を預ける。


「朝になったら起こしてくれ」


 セイルは目を閉じる。先ほど寝てしまったからすぐには眠れそうにないが、それでも黙って目を閉じた。


「お主たちはどうする? 戻るか?」

「私も残ります。セイルさんの側にいます」

「私も」

「ならあたしも残るよ。石の上だろうが針の上だろうが関係なく眠れるからな」

「そうか。ならわしは帰るとするか」

「な! おい、テメエだけズリぃぞ!」

「冗談じゃ。わしもここに残るとしよう」


 重たい空気が部屋の中に満ちている。そんなことなど気にしてもいないのか、アルウェンドラは床に座ると杖で空中に何かを描き始めた。


「なにしてるんですか?」

「んー? こんな狭苦しい部屋で一晩なんぞつまらんじゃろう。ほれ」


 アルウェンドラは杖をゆらゆら揺らす。すると何もないはずの空中にどこかの景色が浮かび上がって来た。


「これは?」

「わしの記憶じゃ。ちょうど第三次魔王討伐の時のな」


 アルウェンドラは空中に浮かぶ映像を杖で弄りながらちらりとセイルの方に視線を向ける。


「老人の話は眠くなると相場が決まっておる。ま、子守歌にでもしてくれ」


 そう言うとアルウェンドラは映像を交えながら自分の過去を語り始めた。

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