第23話
目を覚ますとそこはまだあの不思議な家の広間だった。
「セイルさん! 大丈夫ですか!」
「……大丈夫?」
リフィが何やら深刻な顔でセイルに声をかけている。エリッセルのほうも黙ってはいるが不安そうな顔をしている。
「別に、何ともないが」
セイルは体を起こし、自分の体を確かめる。リフィたちは心配しているようだが特に何か変化があるわけでもなさそうだ。
とセイルが自分の体を確認していると突然エリッセルがセイルに抱き着いてきた。
「お、おい、どうしたんだ」
「……どこにも行かないで」
「どこって、どこに行くんだよ」
「行かないで。約束して」
エリッセルはセイルの体に顔をうずめている。その姿は親に縋りつく子供のようで、どこか頼りなく弱々しかった。
「……お願い」
「ああ、どこにも行かないよ。約束する。だから、離れてくれるか? ちょっと、苦しい」
セイルの言葉に反応下のかエリッセルの力が少し緩む。けれどエリッセルはセイルを離そうとはしなかった。
「その者は感じ取ったのじゃろう。お主の変化を」
と言ったのはアルウェンドラだった。彼女も目を覚ましたようだ。
「お主、気分はどうじゃ?」
「悪くはない。特に変化はなさそうだ」
「そうか。一時的に死んでいたようじゃが問題はないらしい」
「……死んでいた?」
セイルは自分の体をもう一度確認する。その体にはどこにも外傷は見られないし、寝る前と何も変わらないように見える。
「ほ、本当か?」
「はい。ほんの一瞬でしたけど確かに心臓と呼吸が止まっていました」
「……何があったんだ? 俺に」
本当に死んでいたとしたらただ事ではない。それに理由もなく突然人間が死ぬはずがない。死んでいたとしたら何か理由があるはずだ。
「おそらくシルフィールがお主の魂を弄った際、一時的にすべての活動を停止させたのじゃろう。動かしたままだとやりにくいからの」
アルウェンドラは平然としているがセイルにとっては大問題だ。シルフィールに管理を任せるとは言ったが、死ぬなんて聞いていない。
「問題ない問題ない。生き返る前提の死じゃ」
「問題あるわ! 死んでいたのよ!」
セイルから顔を離したエリッセルは珍しく声を荒げる。その表情には怒りと目には涙が浮かんでいた。
「それにシルフィールって誰! 何者! どこの女!」
「違う違う。女じゃないし人間でもない」
「そうじゃ。シルフィールは神じゃ。お主も知っておる風の神じゃよ」
「……風の、神?」
エリッセルはぽかんと口を開けている。
「あの、なんだ。会ったんだ、風の神に。それで、契約して、いろいろとな」
どうやって説明しようか、とセイルは頭を悩ませる。話すとかなり長くなるし、エリッセルが納得するかもわからない。
「とにかく俺は風の神シルフィールと再契約をしたんだ。それで、その、えっと」
「セイルは力を取り戻したのじゃ。まあ、おそらくはな」
「どうして二人ともあやふやなんですか?」
リフィの指摘にセイルは言葉を詰まらせる。確かに再契約のようなものを行ったのだが、実際にどこがどう変わったのか今のところ何もわからないからだ。
「ま、まあ、心配するな。俺は生きているし、どこにもいかない。だから、機嫌を直してくれ、エリッセル」
「……わかったわ」
エリッセルはセイルから離れる。その表情にはまだ少し不安が残っているが、先ほどまでの怒りは消えていた。
「でも本当になんともないの?」
「ああ、特に何も感じない」
「でも、少し、背が伸びたような」
「背?」
エリッセルに指摘されたセイルは立ち上がってみる。
「まあ、確かに、伸びたような」
「いやいやいや、確実に大きくなってますね。いい具合に、ぐひひ」
「……よだれが出てるぞ、リフィ」
エリッセルも立ち上がりセイルと向かい合う。するとちょうどセイルの頭がエリッセルの胸のあたりにくる。以前はお腹のあたりだったはずだ。
「十歳ぐらいに成長しましたね。うんうん、ちょうどいいちょうどいい」
「どういう意味だ?」
「いい感じに少年って感じですよ。うひひ」
じゅるり、とリフィは口元を拭う。何を考えているのかセイルにはわからないが、どうせロクでもないことだろう。
「おそらくシルフィールの調整の影響じゃろう。体調に変化がなければ特に問題はないはずじゃ」
「つまり、気にするな、ということか?」
「そう言うことじゃ」
なんとも適当な。しかし、そんな風に考えないとやっていけないのかもしれない。
神が何をするかはわからない。何を考えているのかそのすべてを理解するのは難しい。なら、特に問題がなさそうならそのまま受け入れてしまったほうがいいのかもしれない。
いいのかもしれないが、不安である。本当に良いのかと疑問にも思う。
「力の流れが正常に調整されて肉体が成長したのじゃ。おそらくは中身も変化しておるはずじゃが。それはまあ、おいおい確認していけばよいじゃろう」
そう言うとアルウェンドラは腰を上げる。
「さて、行くかの」
「行くって、どこへ?」
「ん? ああ、そうじゃな。一応、確認だけしておくか」
何をだろう、とセイルは首をかしげる。
「わしもお主についていく。その方がお主も安心じゃろう?」
どうやらアルウェンドラはセイルの仲間になりたいようだ。
「お主は非常に面白い。興味深い。研究対象としてとても魅力的じゃ」
「研究対象って」
「セイルは実験動物じゃないわ」
「ああ、わかっておる。ただ側にいて観察させて欲しいだけじゃ」
警戒心を抱いたエリッセルはセイルを守るように抱きしめる。
「え、エリッセル」
「大丈夫よ、私が守るから」
「ち、違う。胸が、息が」
「ご、ごめんなさい」
エリッセルは慌ててセイルから離れる。セイルは少しだけ顔が赤くなっていた。
「仲がいいのう。それよりも、どうじゃセイルよ。わしを仲間にせんか?」
「そう、だな。わかった。一緒に来てくれ」
セイルはそれほど迷うことなくアルウェンドラの申し出を受け入れた。優秀な、しかも伝説の魔法使いが側にいてくれるというのだ。これほど心強いことはない。何か体調に変化が起きたときにもすぐに対応してくれるだろう。おそらく。
「よろしく、アルウェンドラさん」
「アニーでよい」
「じゃあ、アニー」
「うむ。それでよい」
こうして伝説の魔法使いアルウェンドラがセイルの仲間になったのである。
「なかなか面白い、面白い奴じゃ。ぬふっ」
彼女が何を企んでいるかは知らないが、とりあえずセイルは彼女を仲間として受け入れたのだった。
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