第20話
村の北の森。そこに魔神がもともと安置されていた祠があるという。
「立派な参道だな。しかし、人が誰もいない」
森、と言うか山の中だ。セイルたちは緩やかな傾斜の曲がりくねった石段を登って行く。その石段を登り切ったところには古い木造の門があった。そして、その門をくぐると広い石畳の参道が木々の間を真っ直ぐ貫いていた。
「なんだかすごいところですね。静かですけど、すごい力を感じるというか」
「森の中にかなり強い魔力が満ちているわ。でも嫌な感じじゃない」
石畳の参道の両脇には太い木々が立ち並んでいる。大人の男が三人がかりでも抱えきれないほどの大木がまっすぐ天に伸びずらりと立ち並んでいる。ただ、不思議なことに先ほどまでは晴れていたのに、今は森の中に霧が立ち込め参道の先が見通せないほどだった。
「……本当に行くんですか?」
「行くしかないだろう」
セイルは目を閉じて耳を澄ませる。
「聞こえるんだ。何かが呼ぶ声が」
声。本当に声なのかはわからない。ただ何かに呼ばれているのはわかる。セイルはその声に従い参道を進み始める。
「大丈夫ですか、セイルさん。疲れてませんか?」
「まあ、大丈夫だ。まだ」
「無理なら言いなさいね。子供を背負うぐらいどうと言うことはないのだから」
「さすが勇者ですね。疲れ知らずのバカ力」
「バカにしてるの?」
「褒めてますよ?」
「そうは思えないのだけれど」
三人は並んで参道を進む。セイルは二人の口ゲンカをやめさせようかとも思ったが、やめておいた。いつもの調子の二人がこの状況では心の癒しだったからだ。
セイルは振り返る。感覚的にはかなり歩いたつもりだったのだが、振り返ると自分たちがくぐって来た門が百歩も歩けばたどり着けそうな距離に存在していた。
「……魔法、ですか」
「そうかもしれないわね」
「本当にこのまま進むんですか?」
「まあ、正直に言うと不安になってきた」
セイルたちは前を向いて歩く。そしてしばらく歩いてから再び後ろを振り返る。
「……まったく進んでませんね」
セイルたちは本当にかなり歩いたつもりなのに先ほどと同じ場所にいた。すぐ近くに門があり、帰ろうと思えばすぐ帰れる距離しか進んでいなかったのだ。
「おそらく魔法か何かだと思う。でも、どんな魔法かわからないわ」
さて、どうするか。とセイルは考える。状況的には拒絶されているようなのだが、確かにセイルには何かが呼ぶ声が聞こえているのだ。
「つまり、この状況をどうにかして来いってことか」
三人は周囲を見渡す。特に先ほどと変わらない。
きれいに整備された広い石畳の道、両脇にそびえる天に向かって真っすぐ伸びる太く立派な木々たち、先が見えないほどの濃い霧。
セイルはその霧の向こうに目を凝らす。
「魔法で吹き飛ばしますか、この霧」
「やめておいた方がいいだろう。何が起こるかわからない」
とにかく進むしかない。
「まるで悪い夢の中にいるみたいだな」
「そうですねぇ。でも、夢なら退屈な夢ですね」
三人の足取りがだんだんと重くなっていく。勇者であるエリッセルは疲労や空腹をほとんど感じないが、そうではないリフィや特にセイルはだんだんと疲れがはっきりと見えて来た。
「大丈夫ですか?」
「正直、辛くなってきた」
「子供の体力だとここら辺が限界でしょうか」
セイルは立ち止まって膝に手をついて息をつく。以前ならばいくらでも歩き続けられたが、もうセイルは勇者ではない。ただの子供でしかない。
「帰りますか?」
「いや、なにか、もう少し進もう」
セイルは顔を上げて前を見る。確かに疲れていはいるのだが、帰るにはまだ早いような気がする。
「何か、何かわかりそうなんだ。何か――」
セイルは目を閉じてもう一度耳を澄ませる。周囲の音に聞き耳を立てる。
そして、気が付いた。
「声が、後ろから?」
セイルはずっと何かに呼ばれているような気がしていた。その声に従い前に進んでいた。
けれど、よくよく耳を澄ませてみるとその声は後ろから聞こえているようだった。つまり、セイルたちは声の方へと向かっていたはずなのにどんどん遠ざかっていたことになる。
「どうやらこの霧は魔法の霧のようね」
「解読完了ですか?」
「気づいてたの?」
「はい。途中から一言もしゃべっていませんでしたから」
セイルたちはどうやら魔法をかけられていたらしい。その魔法をエリッセルは解読できたようだ。
「魔法としては方向感覚を狂わせる単純な物よ。ただ効果は単純なのに術式が複雑で、解除するにはもう少し時間がいると思うわ」
「そうか、ありがとうな。だが、必要ない」
セイルは目を閉じて視覚を遮断し聴覚に集中し、声のする方向へ歩き出す。
「待ってくださいよ」
「ああ、そうか。二人には聞こえていないのか」
セイルは足を止めて二人に手を差し伸べる。
「ほら手をつなぐぞ。そうすればはぐれることもないだろう」
リフィとエリッセルは顔を見合わせる。そしてなぜか二人ともニヤニヤと笑顔を浮かべる。
「やっと素直になりましたねぇ。お姉ちゃんは嬉しいです」
「何を言ってるんだ。ほら、さっさとしろ」
三人は手をつなぐ。リフィはセイルの右手、エリッセルは左手だ。
セイルは目を閉じたまま二人の手を引いて歩きだす。時折、どちらかが別の方向へと行きそうなところを強く引っ張って修正し、声のする方向へと進んでいった。
「セイルさん、見えてきましたよ」
セイルは目を閉じたまま進んでいる。どうやら目を開けているリフィとエリッセルには何かが見えてきたようだ。
「もう大丈夫ですよ、開けてください」
セイルはリフィの声に従い目を開ける。
セイルの視界に映った物。それは立派な大樹のウロの中に安置された小さな祠だった。
「これが魔人の祠……」
セイルは祠を真っ直ぐ見つめる。本当に小さな祠で、街道などに置かれている物と大して変わらない大きさだった。
ただしその祠からは強い力を感じる。静かで穏やかだが力強い魔力を。
セイルはその祠に近づこうと足を踏み出す。
その時だった。
「人間がここに来るのは久方ぶりじゃ」
どこからか声が聞こえて来た。
「誰!?」
「セイルさん、私の後ろに!」
周囲にはまだ濃い霧が立ち込めている。そのせいで声はするがその声の主の姿はどこにも見当たらない。
「そう身構えるな。危害を加えるつもりはない」
何者かがそう言うと次第に霧が晴れていく。そして、あたりを日の光が照らしだした頃、その声の主が姿を現した。
それは少女だった。リフィよりも年下の身の丈の二倍はありそうな長い木の杖を持った女の子だ。
「よくぞ参った。歓迎しよう」
三人は少女を確認する。そして少女から敵意を感じないことを認めると警戒を解いた。
「ここに辿り着けると言うことはそれなりの実力者と見たが。なるほど、なるほど」
謎の少女がセイルたちの方に歩み寄ってくる。そして、少女は自分の杖を振れば届きそうな距離まで来るとセイルたちの顔を見渡し、ニヤリと笑った。
「あなたは、一体」
「んー? わしか? ただの魔法使いじゃよ。そんなことよりも疲れたじゃろう。茶を用意するからゆっくりしていけ」
少女は背を向けて歩き出す。どうやらセイルたちをどこかに案内するつもりらしい。
「どうします?」
「まあ、ここまで来たら行くしかないだろう」
「そうね。最悪、力づくで逃げればいいわ」
「……できますか?」
セイルたちは顔を見合わせ、それから先へ進む少女の背中に目を向ける。
見える。三人には見えていた。その少女からあふれ出る膨大な魔力が。
「なんなんですか、あれ」
「神、じゃないよな」
「そうかもしれないわね」
「おーい、何をしておる。さっさとついてまいれ」
少女は立ち止まってセイルたちの方へ振り返る。その姿はどう見ても女の子なのだが、彼女が放つ魔力はまるで神を前にしていると錯覚するほど強大なものだった。
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