第18話
さてセイルは故郷に帰ることに決めた。しかし、その道程は険しい。
セイルが滞在していた港町リッセルクは大陸の東側に位置する港だ。セイルの故郷はそこから西に、つまりは大陸の内陸部へと向かうことになる。山を越え森を抜け谷を渡って最低でも半年はかかる道のりだ。
しかし、おそらくその期間ではたどり着けないだろう。
なぜならセイルはお人好しだからだ。
「ありがとうねぇ、助かったよ」
「お礼はいいですよ、おばあさん。また何かあれば言ってくださいね」
旅は順調だった。魔物が出たり盗賊に襲われそうになったりはしたが、勇者とS級冒険者に敵うわけもなく、それらは全く問題にならなかった。
問題はセイルだ。
セイルは本当に今まで通りだった。汚れたり壊れたりしている祠を見つければ掃除や修繕を行い、困っている人を見かければ迷わず手を貸した。
その日も旅の途中で立ち寄った村で、腰を悪くしたおばあさんの手助けをした。亡くなった旦那さんの墓参りに行きたいというおばあさんをお墓に連れて行ったのだ。
それは、まあ、いい事だろう。人助けをしたのだから褒められていい。
問題はセイル自身だ。
「あのなあ、セイル。困ってる人間を見捨てられないのはわかるが、自分でできないことを引き受けるんじゃねえよ」
今日もティティアの小言が始まった。ただし、それはまったく反論できないほどの正論だった。
「お前はもう勇者じゃない、大人でもない。それを自覚しろ」
「わかってる。わかってるんだが……」
セイルは7歳児だ。少し前とは全く能力が違う。魔物と戦う力は持っていないし、力も弱いし体力もない。昔のように人助けができるわけではない。
「別に私はなんにも気にしてないですよ。むしろセイルさんのお役に立ててうれしいぐらいです」
「私も問題ないわ」
「バカ、そうやって甘やかすからダメなんだ。自分の力量を見誤れば死ぬこともあるんだぞ」
セイルの擁護をするリフィとエリッセルをティティアはバッサリと切り捨てる。厳しいとは思うが仕方がない。自分の実力を知らず突っ込む阿呆は真っ先に死ぬのが冒険者業界だ。ティティアはそれを痛いほど知っている。
「あたしだって別に嫌じゃねえよ。ただな、あたしらに頼りきりってのは間違ってる。できること、できないこと、やらなきゃならないことをちゃんと見極めろって言ってんだ」
その通りである。本当にその通りだ。小さくなってしまったセイルは以前のようにはいかないのだ。
けれど、やはりどうしても困っている人を見捨てられない。
「いつどうなるかなんざわからねえ。だから面倒事はなるべく避けたい。あたしの言ってることは間違ってるか?」
「いいや、間違ってない」
「わかってんならちゃんと自覚しろ。あたしらは無敵じゃねえんだ。絶対にお前を守る、なんてことは言いきれない。わかるな?」
「……わかってる」
わかっている。十分わかっているつもりだ。それを理解していなければ一流の冒険者とは言えない。
確かにティティアは強い。エリッセルも強い。リフィも回復術師だが戦闘も十分こなせる力を持っている。
だからと言って無敵ではない。ヘマをすれば、死ぬ。
「わかってんなら、自分が何をすべきかもわかるよな」
厳しい。ティティアは本当に厳しい。ただ、彼女が言っていることは間違ってはいない。
「ま、頑張れ」
そう言うとティティアはどこかへ行ってしまった。まあ、何をしに行ったのかは丸わかりだが。
「ティティア!」
「一緒に遊ぼう!」
「おーし、ガキども。今日も全員ぶっ飛ばしてやるぞ!」
「わーい!」
どこからともなく子供たちの楽しげな声が聞こえてくる。今日もティティアは村の子供たちに大人気なようだ。
「本当に子供好きね」
「セイルさんも一緒に遊んで来たらいいんじゃないですか?」
「バカ言うな」
「子供じゃない、です?」
「違う」
リフィはセイルをからかいながらニヤニヤ笑っているが、セイルはまったく笑っておらずその表情は真剣そのものだった。
「リフィ、エリッセル。少し付き合ってくれ」
「遊びにですか?」
「違う。言われただろう。今やるべきことをやれって」
今やるべきこと。それは明白だ。
「俺は全部を失った。いや、自分で手放した。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったが、自分で蒔いた種には違いない」
神祖に渡した勇者の力。それ以外にも持っていかれた魔力と、おそらくは肉体の一部。そのおかげでセイルは子供の姿になり、以前はできたこともできなくなってしまった。
しかし、甘えてはいられない。だからこそできることを増やさなくてはならない。
「まずは、今できる事だ。今の俺に何ができるのかを確認しなくちゃならない。そして、次にできることを増やす。それが今、やるべきことだ」
この体になってもできることはあるだろう。それをまず把握しなくてはならない。
「まずは、料理だな」
料理。セイルは料理が得意だった。手料理を仲間たちに振舞ったこともある。食事の準備なんて勇者のすることじゃないなんて言われたこともあるが、そんな意見は無視するべきなのだ。
セイルは冒険者になってからいろいろな経験をしてきた。その時、痛感したことがある。
食事が不味いと人間は揉める。反対に食事が美味く充実しているだけで人間は機嫌が良くなり揉め事も少なくなる。
村にいた時も母親を手伝って料理をしたことがある。母と一緒に作った手料理を家族みんなで囲んで食べた。その時のことを今でもセイルは覚えている。
美味しい食事を作ってもらうのではなく自分で作って振舞う。他人にあれやこれや注文するより、自分でやったほうが手っ取り早いし何よりも楽しい。美味しい、と言って笑顔になってくれるとそれだけでお腹がいっぱいになるほどに嬉しい。
自分にできる事、子供の姿でもできそうなことを考えたときにセイルは料理が思い浮かんだ。なので試しに食材調達などをエリッセルやリフィに手伝ってもらい、セイルはリフィたち三人に手料理を振舞った。
反応は上々。どうやら体が小さくなっても料理はできるようだった。ただやはり子供の体ですべてを行うというのは大変だった。これから料理を続けようと思うなら、今回のようにリフィたちに手伝ってもらう必要があるだろう。
次に自分の身の回りのことだ。掃除や洗濯などの家事である。これもやはり体力や体格に問題があった。水洗いをして濡れた衣服の入ったカゴは子供には重たく、背の低い子供の体では物干しに洗濯物を干すのも一苦労だ。掃除の場合も高いところには手が届かず、重い物を移動させるのも大変だった。
子供の体と言うのは本当に不便だ。普通の生活をするにも誰かの手を借りないと難しい。
できることとできないこと。セイルは少しずつ自分の今できることを把握していく。
それと同時に未来のことも考える。できることを増やすのだ。
多少でも人の役に立てるように、と考えてはいるのだが。
「……やはり魔法はダメか」
セイルはリフィとエリッセルに手伝ってもらい魔法が使えるかを試した。多少でも魔法を使うことができれば戦いのときにもしかしたら役に立つこともできるだろう。
剣術などははっきり言って無理だ。戦闘に耐えられるようなものではない。確かにセイルは長い間勇者として戦ってきたことで戦闘の経験はそれなりに豊富だが、しかしそれは大人の体があるからこそ真価を発揮できる。子供の体ではいくら経験豊富でもそもそもの筋力が足りていない。
ならば魔法だ。魔法ならば年齢はそれほど関係がない。世の中には10歳で魔法学校を卒業し宮廷魔導士になった者もいるのだ。
けれどもダメだった。やはり魔力は完全に失われてしまっているようで、全く魔法が使えなくなっていた。
「仕方ないですよ、セイルさん。諦めましょう」
「そうね。魔力がないんじゃ、魔法は使えないわ」
それはわかっている。二人が言っていることは正しいし、セイルだって理解している。
だが、それでもだ。少しでも戦いの役に立てるようにならなければならないのだ。
できることを増やす。できることが増えれば自分でも人助けができるようになる。
「そう言えば、神祖はセイルさんに何をプレゼントしたんですかね?」
リフィはふと思い出す。セイルを子供の姿にした張本人である神祖のことを思い出し、セイルが言っていたことに疑問を抱いた。
神祖はセイルに感謝していた。その御礼にセイルに何かを渡した。渡したらしいのだが、それがなんなのかさっぱりわからない。
「神祖が何を司る神なのかわかれば予想もできるのだけれど」
勇者は神の加護を持っている。その加護を与えるのは大体の場合秩序の六大神だ。
六大神はそれぞれ風、火、土、水、光、闇を司っている。そのため風の神なら風の力、火の神なら火の神なら火の力と、その神が何を司っているかわかれば加護が与える力が何なのかも大体わかるのだ。
けれど神祖が何を司るどんな神なのかセイルたちは全く知らない。
「神祖は原初の二大神の上。原初の二大神はすべての根源、この世界のあらゆる存在の素となる『素子』を司っている。じゃあ、その上って、なに?」
リフィは頭をひねる。セイルたちも考える。しかし、全くわからない。
神話では原初の二大神がすべての素となる物を生み出したと言われている。しかし原初の二大神はそれを生み出しただけで、そこに法則も秩序も与えなかった。これが『原初の混沌』と呼ばれる状態である。
そこに時間と言う法則を与えたのが時の三女神で、混沌としていた素子に秩序を与え世界を創りだしたのが秩序の六大神だ。そして、この世界に魔法を広めたのが十三魔神である。
「そう言えばこの村は魔神を祀ってるんですよね。珍しいです」
この村ではいくつかの神が信仰の対象となっている。複数の神の祠や社を建てて祀るのは普通のことだ。
その祀られている神の中に魔神がいた。
魔神とは人々に魔法を広めた神だ。それを祀るとしたら魔法使いか魔法に関わる仕事をしている者たちだろう。普通の村で祀っている祠があるというのはとても珍しい。
「知らないの? ここは大魔法使いアルウェンドラの生まれ故郷よ」
「アルウェンドラって誰ですか?」
「……本当に知らないのね」
首をかしげるリフィにエリッセルは呆れたようにため息をつく。というか本当に呆れている。
「魔法を志す人間なら知っていて当然の名前のはずだけれど?」
「別に私は魔法が好きなわけじゃありませんから。セイルさんの役に立ちそうだか魔法や治癒術を学んだだけです」
「まあまあ、勘弁してやってくれ。リフィの治癒術や魔法は独学なんだ。正式な授業を受けたわけじゃない」
「独学、なの?」
「まあ、師匠みたいな人はいましたけどね。何人か」
エリッセルは驚いた顔をしている。そんな驚いているエリッセルを見てリフィは自慢げに胸を張る。
「なんというか私は天才らしいですよ。天才。まあ、治癒術に関してはですけど」
「天才、ねえ」
「あ、疑ってますねセイルさん」
「まあ、リフィの実力が確かなのは事実だが……」
天才、と言われるとなんとなく納得できない。
確かにリフィの治癒術は天才的だ。ちぎれた腕をつなげ、腹に空いた大穴をふさいだこともある。大岩の下敷きになり右半身が潰れた人間を元に戻したこともある。
もちろんそれは普通ではない。確かにそう考えるとエリッセルは治癒術の天才と言えるのだが、気分的に納得できないし認めるのにも抵抗がある。
「リフィのことなんてどうでもいいわ。今はセイルのことよ」
「どうでもいいってなんですか。まあ、セイルさんのことが重要なのはその通りですけど」
リフィは天才治癒術師。そう考えると今のセイルのパーティーは規格外と言うか、竜人のS級冒険者に上位勇者と言う、小国の軍隊なら圧倒できる実力があるとんでもないパーティーだ
そんな人間を里帰りにつき合わせていいのだろうか、とセイルは少し不安になる。不安になるが、付いてくるなと言ってもおそらく付いてくるだろう。
「とにかく神祖ですよ神祖。神祖がセイルさんにどんな力を渡したのか考えないと」
神祖。現代に伝わる神話には登場しない謎の神。その神が何を司りどんな力を持っていたのか。
もし神祖の力を使えるようになれば皆の役に立てるかもしれない。
「なあ、エリッセル。神話を教えてくれないか。俺もすべてを知ってるわけじゃない。もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれない」
「わかったわ。なら、十三魔神のことを話しましょう。ちょうどこの村に祀られいるのだし」
力が欲しい。とにかく力が欲しい。
皆の役に立てるように、足手まといにならないように。
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