第17話
旅立つ前にお世話になった人たちに挨拶をと思ったが。
「さすがに、この姿のことをどう説明したらいいか……」
生まれ故郷に帰る。そう決心したセイルは旅立ちの準備を終え明日旅立つ。その前に町の人たちに挨拶をと思ったが、状況が状況だ。挨拶をする相手全員に今のセイルのことを説明していては時間がない。
かと言ってセイルの子供だと説明したら父親はどうしたと言われてしまうだろう。リフィやエリッセルの弟だとか、孤児を拾ったと説明してもやはり疑われてしまう。
なので仕方なく、不義理をするしかない。お世話になった人たちに挨拶もなくセイルは旅立つ。
ただ、それでも一人だけ最後に言葉を交わしたい人がいた。
「……やあ、ガッジ」
「おう、リフィちゃんから話は聞いてる。入りな」
セイルは出発する前にガッジの家へやって来た。事前にリフィに使いを頼み、ガッジに現在のセイルの状況を説明してもらったことで、それほど驚かれることはなかった。
「いやあ、驚いたぜ! 実際に見てみるとホントにガキになっちまったんだな」
前言撤回。ものすごく驚いていた。ガッジもガッジの奥さんも驚いていた。
家に招き入れられたセイルはとりあえずガッジと話をする。ただ、何を話していいのかわからない。
「なあ、ガッジ。少し昔話でも」
「いや、いい。そんなことしなくても、お前がお前だってのはわかるさ」
もしかしたらまだ疑っているかもしれないと考えたセイルは二人の思い出話でもしようとした。二人にしかわからない思い出を話せば子供になってしまったと信じてくれるだろうと思ったからだ。
なんとなくセイルはガッジに疑われたままなのが嫌だった。彼にはどうしても信じてほしかった。
けれど、必要なかったらしい。
「ありがとう、ガッジ」
「いいさ。それより飯食ってけ」
「ああ、いただくよ」
出発前、この町での最後の食事。昼食には少し早いが、セイルたちは用意された料理をガッジと共に楽しんだ。
そして、別れの時が来る。
「……じゃあな、気が向いたらまた来い」
「ああ。次に会う時は酒が飲めるぐらいには」
「何年先だよ」
「さすがに生きてるだろう?」
「さあな。漁師ってのはいつ死ぬかわからねえからな」
別れ際、二人は言葉を交わす。名残惜しそうに別れを惜しむ様に。
「死ぬなよ、ガッジ」
「でかくなれよ、セイル」
「それじゃあ」
「おう」
こうしてセイルとガッジは別れを告げた。再会するのは何年後かわからない。
「さて、出発するか」
宿に戻ったセイルは荷物をまとめて仲間と共に旅立つ。
「仲間と別れたつもりなのに、おかしなもんだ」
雑魚勇者の仲間になりたいなんて言う人間はそうはいない。すでに勇者の力を失ったただの子供の仲間になろうなんて変わった人間なんているはずがない。
そんな変わった奴らがここにいる。
「誰の頭がおかしいって?」
「言ってない言ってない」
「誰かと言われたら、リフィかしらね」
「何言ってんですか、私がこの中で一番まともです。私が一番セイルさんをお慕いしているんですから」
「慕ってるねぇ」
「食べようとしてるの間違いでしょう」
「変なこと言わないでください。まあ、今のセイルさんも小さくてかわいくてぷりぷりで、食べたくなるぐらい美味しそうですけど」
やはり変な奴だ。変な奴しかいない。
「さあ、セイルさん。出発しましょう」
「ああ、そうだな。行こう」
セイルは港町を立つ。短い間にいろいろと忘れられない経験をした港町リッセルクを。
「で、誰の背中に乗ってくんですか?」
「いやいや、歩くに決まってるだろう」
「その足で?」
その足、と言ったリフィは文字通りセイルの足を指さす。セイルの七歳児の小さな足だ。
「まあ、確かに今のセイルじゃ長距離は無理だわな」
「そうね。誰かが背負って行ったほうがいいわね」
「……勝負しましょう」
「そうね」
「あたしは別にどうでもいいが。勝負なんていわれちゃあ、乗らないわけにゃいかねえな」
「……交代でいいだろう、交代で」
もう本当に面倒くさい。セイルにしたら誰の背中でも構わない。正直言うとおんぶされて移動するのは大人の男として本当に情けないとは思うが、体が体だから仕方がないのだ。
諦めるしかない。ここは大人しく頼ろう。
「じゃあ、じゃんけんしましょう。勝った人が最初にセイルさんをおんぶするということで」
こうして三人のじゃんけんが始まり、ティティアが勝った。
「よっと」
「た、高いな」
じゃんけんに勝ったティティアはセイルを抱き上げると背中ではなく肩に乗せる。体の大きなティティアの肩は分厚い筋肉に覆われており、座り心地はなかなか良かった。
「いいなぁ、おしり」
「……うらやましい」
物欲しそうな目でセイルを見上げてくるリフィとエリッセルを無視し、セイルは改めて出発の合図を出す。
「もたもたしてたら日が暮れる。さっさと行くぞ」
こうしてやっとセイルは旅立った。もうなくなっているかもしれない自分の故郷を目指して。
目指して、旅立ったのだが。
「おい」
「なんだ?」
「なんで祠の掃除なんだ?」
町を旅立ってしばらく歩いていると祠を見つけた。街道脇の大木の陰に隠れた小さな祠だ。
「まあ、木の陰に隠れてたんだろう。しばらくほったらかしになってたみたいだ」
「いやだから、なんであたしらが掃除すんだよ」
「ティティアさん。ダメです。セイルさんはこういう人なんです」
大きな木の陰に隠れていた小さな祠。よくよく探さなくては見つけられない小さな木製のお堂が木の陰にポツンと置かれていた。
「いつものことです、諦めてください。何度言っても聞きませんよこの人は」
いつものこと。いつものことなのだ。セイルはいつもこんなことばかりをしている。
「本当にいつもなのか?」
「はい。だから呆れて何人も仲間が去って行きました。まあ、セイルさんの人柄がいいのですぐに仲間は集まってくるんですけど」
旅の途中、さびれた祠を見つけるとセイルはいつも掃除をしていた。勇者がそんなことしなくてもいいと、何度指摘されてもやめなかった。
今もセイルは変わらない。子供になった今でも当然変わるわけがない。
「なんだか、俺を見てるみたいでほっとけないんだよ」
「どういうことかしら?」
祠の掃除を手伝いながらエリッセルはセイルの言葉の意味を質問する。
「昔はこの祠もみんなに敬われていたはずだ。でも、今は忘れ去られそうになってる。俺も似たようなもんでさ。勇者様勇者様って持ち上げられても、いずれは忘れ去られて、朽ち果てる。この祠と同じだ。だから、なんとなく見捨てられないんだよ」
勇者は人の救い主だ。人間を守るのが使命だ。
けれど、歴史に名を残す勇者の数は少ない。大半は勇者に選ばれたとしてもいずれは歴史の中に消えていく。勇者だ救世主だと持ち上げられていたとしても、時間の流れには逆らえないのだ。いずれは忘れ去られ、存在していたかどうかもわからなくなる。
勇者は祠と同じ。人々を守るために力を尽くしても、いずれは忘れ去られ朽ちて果てる。人目につく祠ならいつまでも人々に敬われ愛されるかもしれないが、そんな祠ばかりではない。
「これでよし。さて、お祈りしてから出発しよう」
「祈りねぇ。あたしは大嫌いなんだがな」
掃除を終えたセイルたちは祠の前で両手を組み祈りを捧げる。しかし、勇者も神殿も神も大嫌いなティティアは渋っていた。けれど、手を合わせるセイルたちを見たティティアは仕方なく嫌々ながらもセイルたちに合わせて手を組んだ。
お堂の中に刻まれた紋章が淡い光を放つ。その光がお堂の扉や壁や天井板の隙間から外に溢れてくる。
「……行こうか」
祈りを捧げたセイルたちは祠に一礼すると再び歩き出した。
「でも、どうしてあそこに祠があるって気づいたんですか?」
「んー? なんとなくだ。なんとなく、呼ばれたような気がしてな」
セイルはティティアの肩に乗りながら後ろを振り返る。
「ったく、呼ばれてもホイホイ行くんじゃねえよ。こんな調子じゃいつまで経っても故郷になんて帰れねえぞ」
「仕方ないですよ、ティティアさん。祠掃除はセイルさんの趣味みたいなもんですから」
リフィはため息をつく。セイルのパーティーに加わってからの三年間、いくつもの祠を掃除して来て、そのたびにセイルに注意して、何度注意してもセイルは変わることがなかった。なのでもうリフィは完全に諦めていた。
「ま、この先に寂れた祠がないことを祈るしかないですよ」
「そいつは、絶望的だな」
セイルは前を向く。するとその小さな背に語り掛けるように、祠の方から柔らかく温かい風が吹いてきたような、そんな気がした。
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